レオンとファリーナ
【レオンくん15歳視点】
『リベルタス歴17年、フェリカ歴136年、5月22日 朝』
熱砂の姫君ファリーナさんの踊りが終わり、泉の水が浄化される。
昨日と同じく見物人や水屋の人たちが一斉に跪く。
僕だけは『パチパチ』と拍手しながら立っていた。
彼女と必然的に目が合う。
「今日も見事でした、ファリーナ様」
僕はニコニコしていた。
彼女の水を操る権能は、実際すごいと思うし、みんなの生活の役に立っている。
(ファリーナちゃん自身の権能の力が強いんだよね。毎日使っているからなのかな? 僕も鍛えなくちゃ!)
そう思い、権能で彼女の気持ちを見ようとしたとき、ふとお父さんの教えを思い出す。
(権能に頼っているようでは一人前になれないぞ……だったね)
確かに権能の効かない相手がいた場合、頼れるのは僕自身の人を見る目だ。
僕は権能を使うのを控える。
「ふんっ!」
ファリーナちゃんは、頬を膨らませてそっぽを向くと、ツカツカと宮殿のほうへ向かって歩き出した。
(あれれっ? 何か失礼しちゃったかな? やっぱり跪こうかな?)
僕が跪こうとしたとき、ファリーナちゃんがくるっとこちらを振り返った。
「食べにいくからの……」
それだけを言うと、彼女は宮殿へと『トテテテッ』と走り出す。
護衛の兵士たちが、慌ててあとを追って行った。
ファリーナちゃんが去ると、僕は水屋さんたちに囲まれる。
「おいっ、赤髪のお前やるな!」
「熱砂の姫君がお忍びで街へ来るぞ!」
「俺の店の品物、磨かないとな!」
「おいっ、あまり騒ぎにはするなよ」
「ああ、騒ぐと姫君が逃げちまうからな!」
僕は『バンバン』と、水屋さんたちから背中やら肩やらを叩かれる。
(そうか、街の人たちは静かにファリーナちゃんを出迎えるんだね。僕もそうしよう!)
「セリウスくん! 水を汲んだらさっそく準備しよう!」
「う、うん。それがいいと思う!」
僕とセリウスくんは、キレイになった泉の水を瓶いっぱいに入れる。
背負った水瓶は重かったが、足取りは軽かった。
いったん宿屋へ戻ると、起きてきたサイードさんが1階の食堂にいた。
「よお、レオンにセリウス。水汲みご苦労さん」
サイードさんは軽く右手を上げてこちらを見る。
店内では他の宿泊客たちも食事をしていた。
砂漠の昼は暑いので、必然的に早朝の行動が多くなる。
僕は静かにあまり目立たないようにサイードさんへ近づく。
「サイードさん、どうやら熱砂の姫君が、ペンネを食べに来るみたい」
こっそりと彼の耳元でささやく。
「な、なんだって!」
サイードさんが、勢いよく立ち上がる。
テーブルの上のタマネギスープが少しこぼれた。
「し~っ、サイードさん、声が大きいよ!」
「あっ、わりぃ。チクショウ、今日の商談が無ければ、お前の実演販売のほうへ行きたかったぜ!」
僕がサイードさんの向かいに座ると、サイードさんとセリウスくんも座った。
三人で小さなテーブルの中央に顔を寄せる。
「サイードさん、ペンネは売らないでとっておいてくれないかな? もしかしたらファリーナさんへの贈り物にするかも知れないから」
「分かった! ペンネは全部お前にやる。俺は別の品物を仕入れることにしよう」
三人で少し打ち合わせをしたあと、軽くタマネギスープを食べる。
僕たちは少し興奮していた。
サイードさんは、自身の商談へ向かう。
セリウスくんは、ペンネを茹でるための燃料とソースの材料を買いに行く。
僕自身は、バザールの広間に場所を取るために外へ出る。
外の空気はまだひんやりとしていたが『これから暑くなるぞ』と予告するように、陽が登りつつあった。