早朝の水汲み
【レオンくん15歳視点】
『リベルタス歴17年、フェリカ歴136年、5月22日 早朝』
僕たちはリヴァンティアの宿に泊まっている。
高級でもなければ安宿でもない。
ほどほどのランクの宿だ。
僕とセリウスくんは同じ部屋、サイードさんは別の部屋に泊まっていた。
「セリウスくん、セリウスくん、起きてよ」
僕は寝ているセリウスくんの肩を揺さぶる。
セリウスくんは、毛布をかぶり嫌そうにしていた。
「ううっ、うう~、おはよう……あ、朝?……」
彼は顔をしかめながらも上半身を起こす。
セリウスくんとは、長旅をしてきたわけだけど、彼の寝起きは普通だ。
僕のように寝起きが良いわけでは無い。
かと言って悪いわけでも無いと思う。
リヴァンティアについた当日は、さすがに疲れて、僕もセリウスくんもサイードさんも、宿に転がり込むと水を飲んでから大爆睡した。
次の日の朝から、泉に水をもらいに行くために早起き作戦が開始された。
早く起きて一番前に並ぶと『熱砂の姫君ファリーナさん』の踊りが見れるという。
僕はワクワクしながら早起きをしたけど、セリウスくんがなかなか起きなくて苦労したっけ。
サイードさんは前もって「興味無い」と言っていたので、二人で暗いうちから泉へ向かった。
ここは砂漠の街リヴァンティアだ。
途中に立ち寄ったフェリカ国のロヴァニアのように、水が高いのかと思ったけど、意外にも水は無料だった。
ただし、泉の水は午前中の早い時間に汲まないと、だんだん濁ってくると言う。
僕はショートパスタの一種である『ペンネ』の実演販売をしたかったので、水が手に入るかどうかは、商売に関わることだった。
僕は『ぐずる』セリウスくんをなんとか起こすと、二人で一つずつ水瓶を背負って泉へ向かう。
リヴァンティアでは、この水を転売するだけでも、そこそこの暮らしができるようだが、滞在中は自分たちで使う予定だ。
転売は論外だった。
必ずしも午前中にリヴァンティアに到着する旅人や商人ばかりではないので、午後から到着する人には売れるだろう。
砂岩づくりの街並みを二人で歩く。
「ほら、セリウスくん。どうやら今日も一番乗りらしいよ」
泉にはまだ他の人はいなかった。
強いて言えば、槍を持った警備の兵隊さんが立っているくらいだ。
外はまだ暗い。
「レオンくんはホント寝起きがいいよね。感心しちゃうよ」
セリウスくんはまだちょっと眠そうだった。
「ははっ、そうでもないよ。昨日はファリーナさんと少しお話できて良かったよ」
リヴァンティアの宮殿には、謁見願いも出しているのだが、なんと半年待ちという状態だった。
そのため、リヴァンティアには長期滞在することが決定していた。
サイードさんは「時間がもったいない」というので、一度メルヴへ戻り、またショートパスタを運んでくる手筈となっていた。
(今度はショートパスタの種類が増えているといいな。グラナリアから職人さんが来てくれているといいなぁ)
(砂漠の朝は冷えるんだよね。昼間はあんなに暑いのになぁ)
僕とセリウスくんは、幸いにも寒いオーロラハイド出身なので、寒さには強かった。
ただし、昼間は暑いため、寒暖差で体力を奪われる。
ペンネを茹でる以外に、自分たちが飲むためにも、キレイな水は必要だった。
(それにしても、水を操る権能なんてあるんだなぁ。世の中は広いよね。砂漠にピッタリな権能じゃないか!)
夜が明けてきた。
東のオーロラハイドやメルヴがある方角の空がうっすらと色づき始める。
この時間帯になると、リヴァンティアの街で水屋をやっている人たちが集まり始める。
「おっ、熱砂の姫君のお気に入りの赤髪のボウヤじゃないか!」
「ペンネってのを売ってるらしいな! 今度食いにいくぜ!」
「今日も最前列か? 感心、感心!」
集まった水屋さんたちが、僕たちに声をかける。
僕は「あ、どうも!」とか「おはようございます!」と元気に挨拶する。
やがて日が昇ると、宮殿から兵隊さんがいっぱい出てきた。
そろそろ『熱砂の姫君』ファリーナさんの登場だ。
兵隊さんが整列すると、青と赤のセパレート服に、半透明の羽衣を着たファリーナさんが静かに歩いてくる。
とても神秘的な雰囲気だ。
ファリーナさんは僕の方を見る。
視線を合わせると、僕はニコッと微笑んだ。
だが彼女は、ちょっと恥ずかしそうに目を背ける。
ファリーナさんはやや褐色色の肌をしていたが、それでも顔が赤くなっているのが分かった。
(まあ、僕の権能だと、相手の気持ちというか、雰囲気が分かっちゃうんだけどね)
あんな半透明の羽衣に踊り子さんみたいな服だから、恥ずかしいのかな?
そんな事を考えていると、砂漠の国の弦楽器の旋律と、ドラムの音と共に、彼女の情熱的なダンスが始まる。
ドラムがドンと音を出すと、彼女も大地を踏みしめるかのようなステップを踏む。
弦楽器の演奏に合わせて、水の流れるような動きも見せた。
時々こちらを見て視線が合うのは、偶然ではない。
僕はお父さんと同じ権能のせいで、好意の視線が向けられているのは分かってしまう。
同じくらいの年頃の人が、僕たちだけだからなのかな?
権能があっても、好意を向けられている理由までは分からない。
(これなら今日も拍手して、ひとこと声をかけるくらいなら大丈夫そうだね! 今日はなんて声をかけようかな!)
やがて踊りはクライマックスに達し、昨日と同じく泉が青く輝き、透き通った水を湛える。
空気は澄んでおり、泉の神秘的な光景と相まって、程よい寒さが身を引き締める。
朝焼け特有の色を放つ太陽が、僕たちを優しく包み込むようだった。




