ファリーナの朝
【熱砂の姫君 ファリーナちゃん14歳視点】
『リヴァンティア歴208年、5月22日 朝』
妾はダブルサイズのベッドでうっすらと目をさます。
朝は弱いほうだったが、泉の浄化をするようになってからは、起きれるようになった。
それでも朝が苦手なのは変わらず、ぼんやりとベッドの天蓋を眺める。
天蓋には、サラーブ川をモチーフにした、リヴァンティア王家の紋章が掘られていた。
(サラーブ川のおかげで、リヴァンティアでは水が手に入るのじゃ……でも砂だらけで飲める水ではないからのう……今日も泉を浄化しにいこうかの……)
正直、退屈な毎日だった。
毎朝起きては、泉の浄化……それ以外は何もやらせてもらえない。
妾は女王じゃが、いまだに『熱砂の姫君』と、姫呼ばわりされておる。
国政を、宰相で兄のラシームがやってくれるのはありがたい。
ありがたいのだが、全部を兄がやってしまう。
(少しは妾も政治をやってみたいのだがの……)
いまだ眠い眼を覚ますために、ベッドの横にある空の洗面器に、権能を使って水を出す。
青い光と共に、透き通ったキレイで冷たい水が洗面器に満たされる。
洗面器に両手を入れると、ちょっと乱雑に顔を洗い、髪を整え、体を拭く。
(水はもったいないからのう……)
自分の体を洗った水を再び浄化する。
こうしておくと、いつでも奇麗な水が使える。
『コンコンコンッ』
「ファリーナ、入るぞ」
兄のラシームの声だ。
「どうぞ」
あくびをしながら、兄を部屋に招き入れる。
部屋に入ってきた兄は、顔を洗って髪を整えていたようだった。
兄も水の権能を使えるのだ。
まあ、兄妹なのだから、同じ権能を使えても不思議は無い。
正直兄が王になればよいとも思う。
だが、血筋がどうのこうので、妾が女王になっている。
(そろそろ、姫君ではなくて、女王と呼んで欲しいものじゃがの……)
兄は手に一枚の羊皮紙を持っていた。
「昨日の赤髪のレオンという男子についての報告書だ。ざっと目を通してくれ」
「ありがと、ラシーム兄」
報告書を受け取り読むと、不思議な事が色々と書かれていた。
まず、出身地は『オーロラハイド』となっているが、これはどこにある異国なのだろう?
知らない国だ。
メルヴ総督の『狐のハッサン』の息子、『ラクダのサイード』のキャラバンでやって来たと言うのは分かる。
メルヴは東の果てにある交易都市だ。
なるほど、メルヴ総督の息子と何かつながりがあると言うことなのだろうか?
あとは、バザールの広間で『ペンネ』なる異国の食べ物を実演販売していると書いてある。
報告書にはペンネの絵が描かれていた。
円筒形で斜めにカットされている。
たくさんのお湯で11分かけて茹でる食べ物?
麦から作られているらしい?
ここリヴァンティアでは麦自体が珍しい。
どうにも味が想像できない。
ペンネとやらを買うためには、行列ができて並ぶほど人気らしい。
「ねえ、兄ぃ。このペンネっていうのを食べてみたいのじゃ! 誰か列に並ばせておいてほしいのじゃ!」
妾はうるうるとした瞳で、兄を見つめた。
兄は妾のこの顔に弱い。
大抵の事は聞いてくれる。
「ふふっ、ファリーナがそう言うと思い、すでに手配してある、心配するな。護衛の準備も済ませた」
「じゃあ、じゃあ、妾が行っても問題ないのじゃな?」
妾とラシーム兄は、時々お忍びで街へ出る。
これは自慢なのじゃが、リヴァンティアの交易品は色々あり、街で知らないモノを探すのが楽しみになっていた。
「それも朝の勤めを果たしてからだ。泉へ行くぞ」
「分かったのじゃ……」
妾は気のない返事をすると、踊り子の羽衣を持った。
宮殿に隣接している泉には、今日も多くの水を求める観客が集まっていた。
その先頭に、赤髪の男子……レオンを見つける。
妾の顔が『パアアアアッ』と明るくなるのが、自分でも分かった。
(踊れる! 今日はもっと踊れる!)
なぜか彼を見ていると、心が晴れやかになる。
彼の優しい視線に目を合わせてから、妾は踊り始めた……
視線が合うと、体が軽くなるのを感じた。




