熱砂の姫君
【熱砂の姫君 ファリーナちゃん14歳視点】
『リヴァンティア歴208年、5月21日 朝』
妾は、踊り子のようなセパレートの服を着て、シルクのような羽衣を上から羽織る。
セパレートは上が青で、下が赤だ。
羽衣は下の服がほんのり見えるくらいの透明感がある。
そして、今日も濁った泉の前で踊りだす。
(はあ、本当はこんな踊りをせずとも、水の権能で泉を浄化できるのだがのう……)
なんでも、兄で宰相のラシームが言うには『この方がありがたみが出る』らしい。
(権能を持っている妾にはよくわからん感覚だのう……)
そんな事より、水を汲む列の先頭にいる、赤髪で同じくらいの年齢の男子が気になった。
(この街で赤い髪とは珍しいの。となりの金色の髪の男子も変わっている。妾は黒髪だしの)
妾は踊りながら、チラチラと赤髪の男子を見た。
一瞬、男子と目が合った気がする。
(なんか、恥ずかしい……)
気分がいつもと違う。
つい激しく踊ってしまう。
腕はいつもより高く、早く上げるし、脚だってリズムが速くなる。
赤髪の男子に見せつけるように踊りながら、泉を指さし、そっと権能を発動させる。
泉が淡い青色に輝くと、茶色く濁った水が澄んだ透明な色に変わる。
泉が澄みわたるその瞬間、まるで命の歌が砂漠に響いたかのようだった。
列に並んでいた観客たちが『おおおっ!』と歓声をあげて跪く。
(またか……権能を使っただけじゃと言うのに、つまらんのう……)
じゃが、先頭の赤髪の男子だけは変わった反応をしていた。
彼だけは立ったままだ。
(なんじゃ失礼な! そなたはなぜ跪ずかぬのじゃ?)
そう、声に出して言おうとしたら、先に赤髪の男子のが『パチパチ』と拍手をしながら話しかけてきた。
「わあっ、すごくキレイな権能だね! とても珍しいよ!」
こんな反応は初めてだった。
街の皆は、この泉の浄化を『リヴァンティア王家の奇跡』と信じている。
じゃが、この赤髪の男子はハッキリと『権能』と言った。
(こやつ、もしかしてどこぞの貴族か? 権能持ちにならバレても仕方なかろう)
「そこの赤髪の、名は?」
(はうっ、思わず話しかけてしもうた!)
聞かずにはいられなかった。
「ぼく? 僕はレオンだよ! となりの金髪の人はセリウスくん!」
セリウスとやらは、跪いて深く頭をたれていた。
だがレオンとやらは、立ったまま嬉しそうな表情をしている。
彼のはじけるような笑顔がまぶしかった。
砂漠の照り付けるようなキツい太陽ではなく、もっと異国を感じさせる優しい日差しのようだ。
「わっ、妾はファリーナじゃ! 熱砂の姫君と呼ばれておる! そなたなぜ跪かぬ!」
(ちがう、こんなこと言いたいんじゃない。ただ、おしゃべりしてみたいだけなのに……)
「これはファリーナ様、失礼をいたしました。どうかご容赦ください」
レオンは優雅な姿勢で跪く。
腰は低く、頭も低く、だが早すぎず遅すぎず。
完璧なタイミングである。
その様を見て確信した。
洗練された動き、柔らかな物腰、王族を相手にひるまぬ態度、権能への知識……
(こやつ、タダ者ではないな……)
しかし、彼を見ていると体が熱くなる。
本当に不思議な感覚だ。
「ふんっ!」
妾はそれだけを言って、砂岩でできた宮殿の方へ走る。
宮殿の前では、様子を見ていたであろう、兄のラシームが待っていた。
「ラシーム兄……あの赤髪の男子を探るのじゃ!」
ラシームは身長180センチに浅黒い肌の、スラリとした長身だ。
妾より年上で20歳だが、妾の子だったため、王位を継げなかった。
しかし、良くしてくれる兄だ。
頭もいいし、宰相として後見人のような立場にいる。
「様子は見ていた。ハッキリ権能と言っていたな。分かった、調査しよう」
急いで宮殿の門をくぐる。
妾は廊下を走り、涼しい自室へ戻ると『ぽふん』とベッドに寝ころぶ。
お気に入りの枕をギュッと抱きしめる。
頭から、赤髪のレオンの笑顔が消えなかった。