軍司令官ヒューゴ
【ヒューゴ視点】
吾輩は、かつての衛兵隊長から、オーロラハイドの軍司令官に格上げされた。
功績の大半は、ゼファー様が持つ貴族の権能によるものだが、それでも給料は倍になり、立派な屋敷、そして相棒の白馬『ブリッツ』まで与えられたのだ。かつて雑魚寝した衛兵宿舎とは、天と地ほどの差がある。
「吾輩ごときが、このような好待遇を受けてもいいのだろうか? いや、だからこそ、その分働かねばならん!」
朝、城壁の上で冷たい風を受けながら、吾輩は愛馬ブリッツにまたがる。森の香りを胸いっぱいに吸い込み、川沿いの小道を駆け抜けると、川面に映る山並みが揺れる。
「ふう、この未開の地は一体どこまで広がっているというのだ?」
森林、険しい山道、果てしない海岸線……この領地は、まだまだ開拓の余地がある。鹿の群れが茂みから飛び出し、猪が藪を掻き分ける。遠くには熊の姿も見え、時には狼の足音に警戒しながら、吾輩は昼過ぎまで巡察を続けた。
午後は、市場へ向かう。ゼファー様が推進した移住政策のおかげで、街は活気に満ち溢れている。その賑わいの中、吾輩は酔った兵士同士の小競り合いを仲裁する。
「お前たち、仲良くしろとは言わんが、これ以上はやめておけ」
冷えたエールと熱々のシチューが自慢の酒場の主人は、元軍の料理人だ。吾輩の頼みで、兵士たちには時折、サービスしてくれるらしい。おかげで、喧嘩もすぐに収まる。街の荒くれ者たちも、今では吾輩を見かけると敬礼し、酒をおごってくれるほどになった。
夕刻、屋敷に戻ったところで、慌ただしい声が廊下を駆け抜けた。
「ヒュ、ヒューゴさぁぁぁぁぁん! 森で出ましたー!」
門番から話を聞いた住民が、息を切らし、震える声で続ける。
「ゴ、ゴブリンです!」
吾輩の額に、ピクリと青筋が浮かぶ。
(再びか……)
吾輩はただちに、ゼファー様の執務室へと向かった。領主の屋敷は、以前はゴブリンが使っていたのだろう。動物の頭蓋骨がズラリと並んでいた悪趣味な部屋だったが、今はそれらも取り払われ、壁には花が活けられている。春の日差しが、部屋に緑を添えていた。
そこで報告すると、ゼファー様は腕を組み、地図を睨みつけた。
「なるほど、森へ春の薬草とキノコを採りに行った住民が、ゴブリンと遭遇した、と……」
ゼファー様は、眉を寄せたまま考え込んでいる。地図には、森の外周が薄く赤く縁取られていた。怪しい箇所をチェックしているのだろう。
「リリー、悪いけどシドも呼んできてくれ。対策会議をしよう」
「はい、ゼファー様」
リリーの澄んだ声が響き、すぐに駆け去っていく。しばらくして、シドと共に戻ってきた。執務室に、緊張が張りつめる。
緊急の対策会議では、森の奥に潜むゴブリンの動向、住民の安全確保、交易や補給ルートの見直し、そして討伐隊の編成などが話し合われるだろう。
吾輩の胸に浮かぶのは、ただ一つ。ゼファー様は、この危機をどう乗り越えるおつもりなのか。
剣を手に討伐か、それとも……また、あの貴族の権能を使うのか……。
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