72.京都論議
========== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
戸部(神代)チエ・・・京都府警警視。東山署勤務だが、京都市各所に出没する。戸部は亡き母の旧姓、詰まり、通称。
神代宗佑警視正・・・京都府警東山署署長。チエの父。
船越栄二・・・東山署副署長。チエを「お嬢」と呼んでいる。
茂原太助・・・東山署生活安全課警部補。
白鳥純一郎・・・チエの許嫁。京都府警勤務の巡査。実は、大前田警視正の息子。母の旧姓を名乗っている。
中町巡査・・・茂原の交代要員だったが、そのまま勤務している巡査。
楠田巡査・・・チエの相棒。
大前田警視正・・・京都府警本部長。白鳥の父。
船越紅葉・・・副署長の娘。巡査。結婚していたが、離婚して復職。
=====================================
午後1時。東山署。会議室。
弓矢が、ひょっこり顔を出した。
「お邪魔しますぅ。警視殿。実は、お願いがあって・・・。」と、言いながら弓矢は署長をチラ見した。
「根回しは済んでるみたいやな。で、案件は?」
「先日、東山署管内で起こった、殺人事件。ガイシャが京大の元教授で、半グレの顧問やってはったんです。マスコミには、『会社役員』って発表してますけど、政界にも顔が広い人です。」
「敵は多いわなあ。」
「京都駅で、教授と外国人の女性が言い争っていた目撃情報があるんです。事件当日。この人らしいんですわ。」
「アメリカ人かな?」「はい。で、駅ビルで買物してはったんで、『事情聴取』してると、怒りだしたらしいんですわ。」
「ですわですわ・・・あ、一課の案件でしょ。アンタ、四課ちゃうの?」
「はあ。お前、警視と仲エエから、頼んで来いって・・・。」
「パシリか。お義父さん・・・やない、大前田本部長は?」
「それがええ、って。」
チエは父親でもある署長を睨み付けて、「通訳がいるんやな。ほな、行くわ。」と応えた。
そして、弓矢を連れて出て行った。
「ひげそり、あげたんが羨ましい奴らがいるみたいですな。」
「栄ちゃん、ジェラシーか?ひげそりで。」
船越は署長に深く頷いた。
午後2時。京都府警取調室。
チエは、スラング混じりの英語を何とか通訳した。
だが、時々、耳が聞こえないらしく手話で話した。
チエは、手話もある程度できる。手話の部分も通訳した。
大前田は、チエを呼んだのは、外国語にも手話にも対応出来るからだったのだ。
「すると、山下教授と口論したのは事実で、原因は『京都の美観』ですか。」
「康夫ちゃんも、既成事実が先にあったからビル建設中止、なかなか出来へんかったからなあ。」
康夫ちゃん、とは、作家兼タレントだった時代の名残で、京都府民は親しみを持ってニックネームで呼ぶ。
「キャシーさんは、根っからの京都オタクやから、知らん間に高層ビルが増えたのが気に入らんかった。で、事件当日は、盲腸炎で入院した、と言っている。」
廊下に出たチエは、「お義父さん、何かおかしいわ。カンやけど。」と言った。
大前田本部長の息子の白鳥警部補とはまだ婚約中だが、『事実上の夫婦』なので、時々舅に当たる本部長に、お義父さんと呼ぶ。
他に人がいない時に。
「意外と根が深いんか、チエちゃん。ナンボでも人出すで。」と、大前田は嫁に言う様に言った。
午後3時。東山署。
食堂。楠田と紅葉とチエは、ピザを食べていた。
「先輩、何か臭うんですか、ガイジンのオンナ。」
そこに茂原が帰って来た。
「うん。臭いな。このピザ、上手いな。あ、ばらさんも食うか?代子さんとこから、差し入れや。」
「ほな、ちょっと。大掛かりな事件になりそうですか、お嬢。」
「かもな。府警では、取り敢えず、目撃情報の裏取りや。それで、引き揚げてきた。」
「ガイシャの教授、お嬢は習ったことあるんですか?」
「ない。客員教授や。まあ、正社員違うてバイトやな。あ・・・気にせんでええで、皆。」
チエは、以前、卒業した大学の教授をお縄にした。
実際に手錠をかけたのは茂原だが、逮捕しに行ったのだ。
出来れば、出頭して欲しかった。
でも、教授は拒んだ。
チエに逮捕されることを望んだ。
逮捕は「歩合」ではない。
逮捕した数だけ給料がアップする訳でもないが、一般には知られていない。
チエには判っていた。
『偽りの動機』も『真の動機』も。
でも、どうすることも出来なかった。
学生時代、初めて小鳥遊に会った時、こう尋ねた。「形而上学って、何ですか?」
小鳥遊は「形而上学」を教えていた。
だから、単純な殺人事件である筈が無かった。
裁判で真相が暴かれた後も、彼は『罪と罰』を背負った。
この客員教授は、小鳥遊と較べれば、月とスッポンだった。
チエが卒業あいた後の客員教授だったが、黒い噂は聞いていた。
この教授の科目は「社会学」。『一般教養』の部で、誰でも教えられる。
午後5時。
チエが待機中の皆に声を掛け、解散しようとしたその時、弓矢から電話があった。
「警視殿。レンタカー屋で目撃情報が出ました。ガイジン女、日本語しゃべれまっせ。事件の3日前。清水さん近くで『当て逃げ事故』があり、その車両がレンタカー屋の車両で、擦った跡と毛髪が見つかり、府警に届け出ました。その毛髪が金髪やからひょっとしたら、と思い、調べ室で落ちてた毛髪と照合しました。すると・・・。」
「一致か。エエ子や。カミソリの替え刃、買うてやるさかいな。」
「おおきに。それで、清水さんで目撃されたガイジン女は、一ノ瀬会の幹部と連れだってたそうです。ガサ入れ、行きます?」
「行くに決まってるわ。皆、残業や。」
午後6時。一ノ瀬会事務所。
暴れん坊小町は、有名になったらしい。
幹部の一人が平伏して言った。
「俺らはチャカの輸入しているサンピンです。キャシーさんは、アメリカマフイアの女ボスです。教授を殺した、いきさつは知りません。お願いします、小町の親分さん、助けて下さい。」
「解散する予定は延期してたんやな、大下。」と、弓矢が凄んだ。
「日本のヤクザは正直モンやな、アメ公の〇〇〇と違って。」と、チエは言った。
午後7時半。東山署。
府警から移送されたキャシーは、取り調べ室に入ったら、何か喚いていたが、大人しくなった。
今夜は、紅葉が婦人用大人用オムツを持って入った。
午後8時。弓矢と白鳥が府警から引き取りに来た。
午後10時。神代家。
「前代未聞やな。わしも大前田も腹くくらなアカンかもな。」
そう言いながら、夕食のお茶漬けを片づけた。
「ちゃん、お風呂沸いてるで。」
丸裸のチエが誘いに来た。
「寝る前は、きっと『桃太郎』を読まされるな。」と、言いながら神代も風呂に向かった。
―完―




