71.アナログ高齢者Vsデジタル高齢者
========== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
戸部(神代)チエ・・・京都府警警視。東山署勤務だが、京都市各所に出没する。戸部は亡き母の旧姓、詰まり、通称。
神代宗佑警視正・・・京都府警東山署署長。チエの父。
船越栄二・・・東山署副署長。チエを「お嬢」と呼んでいる。
茂原太助・・・東山署生活安全課警部補。
小雪(嵐山小雪)・・・チエの小学校同級生。舞妓を経て、芸者をしている。
白鳥純一郎・・・チエの許嫁。京都府警勤務の巡査。実は、大前田警視正の息子。母の旧姓を名乗っている。
中町巡査・・・茂原の交代要員だったが、そのまま勤務している巡査。
楠田巡査・・・チエの相棒。
大前田警視正・・・京都府警本部長。白鳥の父。
橘[島]代子・・・仕事上、通称の島代子で通している。「有限会社芸者ネットワーク代表」改め「Geikoネットワーク代表」。元芸者。元プログラマー。
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午後1時。東山署。会議室。
警邏に出ていたチエは、午後の休憩が済んだ頃、小雪からスマホに電話がかかって来た。
「チエちゃん、強盗事件やわ。」
山科区。古い一軒家の高齢者が被害者だった。
「ウチのご贔屓の東条さんの知り合いの宅食便の女の子が発見者。この子。電話でオロオロしてるから、取り敢えず、私が110番したの。」
チエ達に遅れてやって来た、小雪が説明した。
玄関前に宅食便用のボックスがある。よしずを立ててあるので、外からは見にくい。
その配達員園子の話では、弁当を入れ替えようとしたら、前回の弁当がある。
ふと見ると、玄関引き戸の前に土が付いている。
玄関は開いていた。不審に思って、中に声をかけたが、返事がない。隣家の夫人に頼んで中に入ったら、廊下で、この家の中家忠太が血を流して倒れている。
園子も夫人も初めての経験だ。
園子は、奮える手で小雪に電話した。
園子からの聞き取りに、現場検証を始めたチエは、インターホンのランプに気づいた。
画像は残らないが、写真が記録されるタイプだ。
いくつもの写真が表示されたが、顔が映っていない。
故意に顔を隠したか、インターホンの仕組みが分かっていないかのどちらかだろう。
中町が、留守番電話のランプが点灯しているので、再生してみた。15件程着信があったが、記録された録音メッセージは無かった。
PCが台所にあったが、パスワードがないと起動しても意味がないと思ったが、思い直してチエはGeikoネットワークの代子に電話してみた。
「電源入れてみた?」「入れてみるわ。」
被害者が作業途中で被害に遭ったなら、スリープ状態だが、電源ボタンを押すと、初期起動をした。案の定、パスワード入力画面だ。
「パスワード、分からへんから、無理かな?」
電話の向こうの代子は冷静に、「座って目の届く範囲にメモない?」と尋ねた。
チエは付箋を見付けた。「エス・オー・エヌ・オー・ケイ・オー。これかな?」
「チエちゃん、園子ちゃんがパスワードや。」と、小雪が叫んだ。
「代子さん、ありがとう。あったわ、パスワード。」
「セキュリティー言うても無頓着な人は、そんなもんよ。」
電話を切ったチエは、急いでパスワードを入力した。
クイック起動の中に、メールアプリがあった。
それを見付けたのは、白鳥だった。
メールアプリが起動すると、夥しい数の着信確認があった。
「この相手の数が多いな。」1つずつ確認したが、数個で諦めた。
中身がないのである。
「分かるのは、発信者のメールアドレスのみ。別名でも登録してれば名前分かるのに。」と、白鳥が呟いた。
「ダーリン、押収して府警で調べて。『ゲソコン』も残ってるし、手掛かりはある。」
「OK。じゃ、先に帰るね。」白鳥はPCの電源ケーブルを抜き、PCと一緒に持ち帰った。ゲソコンとは『下足痕跡』のことで、警察用語としてよく知られている。
「お嬢。」
茂原が隣家の夫人を連れて来た。
「何回か訪れる人を見たそうです。」と茂原が言い、夫人は「インターホン押した時にあっち向いてるから、顔はよう分からへんかったんどす。でも、タイミング悪いなあ、っていつも思うてました。午前中は、お医者行ってること多いんです。それで、夕方はスーパーに買物行ってはること多い。で、『いつ来てもおらんなあ』言うて。晩に来たらええのに。仕事もうしてはらへんのやから、大概いてはりますよ。回覧とか町内会費とかで寄して貰う時は、ウチら晩にしますねん。」と隣家の夫人は言った。
「楠田。ケータイ・スマホの電話帳調べて。」「了解しました。」
中町は、「玄関引き戸のゲソコン、やはり、この家のモノだと鑑識さんは言っています。昨夜雨が降ったので、ゴミ捨て場横の土も濡れていたそうです。そこの土です。」と言った。
茂原と中町は卒業名簿が見つかったので、被害者の日樫雪人の交遊関係を調べに散った。
指紋は、残念ながら見つからなかった。犯人は指紋隠しではなく、防寒の手袋をしていたに違い無かった。昨夜から今朝は冷えたのだ。生憎ゴミの収集日では無かったので、早朝の目撃者はいなかった。
後に分かったことだが、日樫は近所のコンビニに、切らしたパンをを仕入れに行っている。日樫が帰宅したタイミングで、犯人、いや、被疑者は押し入った。隣家の夫人が目撃した人物だ。
午後3時。東山署。
チエは、楠田と一緒に一旦署に帰って、父である署長に報告した。
「チエ。この案件な。白鳥君がシラベしたいそうや。たまには、亭主孝行するか?」
「まだ、亭主ちゃうけど。法律上は。ちゃん、ダーリンは何か考えがあるん?」
「それは、いつか寝物語で聞かせて貰え。今、茂原達にも連絡した。捜査資料、府警に持って行ってくれ。」
「何や。確認せんでも手エ回してるやん。」
午後4時。
チエは、楠田と共に、とんぼ返りをした。
茂原と中町も帰ってきていた。
同じ頃。大阪府警。捜査一課横の第一取り調べ室。
被疑者は既に出頭してきていた。
市丸圭介は、中学以来の仲良しグループの一人で、被害者の日樫と特に仲が良かった。
ところが、30代半ばの頃、日樫は市丸と一方的に絶交した。
市丸は、高校の頃からギャンブル好きで、特に競馬の依存症だった。
有るとき、日樫は市丸に体よく『パシリ』させられている事に気づき、別れたのだ。
それから30数年。
市丸は、廃品回収業を自営で始め、生計を立てていた。
事件の朝は、「幾ら連絡してもいないから」と言って押しかけた。
居留守して居たわけではないことを日樫は説明したが、市丸は自分がバカにされていると思い込んで揉み合いになった。
宅配食は、日樫が別の友人宅に泊まり、朝帰りしたため、事件の昼食に食べる予定だった。そのことは、聞き込みに回った茂原が、泊まらせた友人から証言を得た。
「さて、事件の経緯は分かりましたが、私はね、日樫さんのファンとして、貴方に教えておきたかったのですよ。まず、貴方は協力をして貰っていたと言う馬券の件。使い込みをしたので無く、宅配便で送り返しています。配達途上でどっか行ったのかなあ。手紙、絶交状、ちゃんと読みました?日樫さんのPCにデータが残って居ましたよ、ワープロの。彼は、自分もギャンブルから足を洗っていたから、貴方に止めて欲しかったのですよ。そして、ケータイの件。ケータイ会社に確認しました。彼は、留守番電話サービスに加入していました。通常の無料留守番電話サービスではなく、有料の留守番電話サービスです。これは、彼がプログラマをしていた頃、病院などの公共施設内にいる時に電源オフになっていると仕事が取れなくなるから、『保険』をかけていたからです。派遣労働者の仕事は『早い者勝ち』だったそうです。貴方のケータイ、機種変更した時、どういう連絡をしましたか?彼が泊まった白鴎さんの話ですと、『この着信履歴の番号に変更した』と留守番電話に入れたそうですね。でも、折り悪しく、彼は病院内に居たため、電源はオフになっていました。さっき言った有料留守番電話サービスに繋がった為、彼のケータイには着信履歴が残らなかったんです。無料の留守番電話サービスなら、すぐ折り返し電話できたのにね、貴方は長い間、自分を無視した、と思い込んでいた。次に、家の固定電話の方の留守番電話。これも貴方の勘違いがありましたね。留守番電話の録音は、留守通知メッセージが流れた後、応答メッセージに切り替わるんです。マイクロテープの時代から、ICに変わってからも同じ理屈です。貴方が留守通知メッセージの間に話したことは録音されて無駄に終るんです。通知メッセージの途中で相手に伝わるのは、貴方が嫌がる『居留守』野場合、つまり、在宅している場合です。最後に、隣家の奥さんから聞き込みした捜査員によると、貴方は、顔を隠すような角度からインターホンに話していたそうですね。調べたところ、インターホンは写真を記録する形式でした。録画じゃありません。何月何日何時何分に『誰か』が訪れたらしい、という記録しか残らないんです。彼は、老後の趣味として、Web小説ライターをしていました。私は、彼の作品のファンでした。色んな符号が一致するので、私が読んでいた作品の作者のアカウント名、つまり、ペンネームで本名を教えて貰いました。日樫さんでした。日樫さんは、ご自分の作品の中で、失敗談や黒歴史も書いていました。恐らくは貴方らしき人物も出てきました。貴方に誤解されたまま亡くなったのは、最後の黒歴史になりました。残りの人生で彼に詫びて下さい。以上です。」
取り調べ室の外に嗚咽が響いた。
今のチエは全貌を知る由も無かった。
午後9時。神代家。
長い長い、取り調べの様子は、白鳥によって簡潔に神代親子に伝わった。
「市丸は、心の『独居老人』やな。」
「流石、将来の夫婦や、同じこと言うてる。」「ホンマに?」「ああ。大前田からも聞いたんや。」
「風呂上がりに、愛巣バー、食べような。」
―完―




