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58.疑惑

「京都府警東山署。神代チエです。先ほど、弁護人から『違法な取り調べ』を指摘されましたが、録音データは既に提出しております。本件は、複雑な案件でした。」

 ========== この物語はあくまでもフィクションです =========

 ============== 主な登場人物 ================

 戸部(神代)チエ・・・京都府警警視。東山署勤務だが、京都市各所に出没する。戸部は亡き母の旧姓、詰まり、通称。

 神代宗佑警視正・・・京都府警東山署署長。チエの父。

 茂原太助・・・東山署生活安全課警部補。

 小雪(嵐山小雪)・・・チエの小学校同級生。舞妓を経て、芸者をしている。


 中町巡査・・・茂原の交代要員だったが、そのまま勤務している巡査。


 弓矢哲夫・・・京都府警捜査四課刑事。警部。ひげ面で有名。

 大前田弘警視正・・・京都府警警視正。大きな事件では本部長を勤める。

 白鳥純一郎・・・チエの許嫁。京都府警勤務の巡査。実は、大前田警視正の息子。母の旧姓を名乗っている。

 遊佐圭祐・・・チエの幼なじみ。大学同級生。CATV『きょうとのテレビ』の広報課課長。



 =====================================



 午後1時。京都地裁。第一法廷。

「では、神代警視。どうぞ。」

「京都府警東山署。神代チエです。先ほど、弁護人から『違法な取り調べ』を指摘されましたが、録音データは既に提出しております。本件は、複雑な案件でした。」

 チエは、検察に引き継ぐ迄の捜査の経緯を話し始めた。


 2週間前。午後8時。下京区の路上。

 2人の男が英語で喧嘩しているのを、通りがかった大学生が見た。

 男達は、揉み合う内、1人の男が、もう1人をナイフで切りつけた。

 大学生達は大声を出し、すぐに110番をした。

 気配に気づいた、ナイフ男は逃走した。

 すぐに救急車とパトカーがやってきた。

 府警は殺人未遂事件として捜査を開始したが、片言の英語しか話せないようだった。

 そこで、通訳の出来る人材を探すよりも、とチエが派遣され、東山署が担当することになった。

 茂原を伴い、救急病院でチエは根気よく、那珂国国籍の男から事情を聴取した。

 “Can you speak English?” (英語なら話せるのよね)

 チエは、刺した男の『にんてい(人相・風体)』を聞き出した後、事件の推移を聞き出した。

 男の名前はイー・シャンテン。イーは、京都駅近くのラーメン屋で食事した後、予約していたホテルに向かう途中、『偽日本人め!』と怒鳴って殴ってきた。

 揉み合う途中でナイフを取り出し、切りつけた、という。

 イーは、顔見知りでないと最初に言っていたが、顔見知りでないというのは嘘だと謝ってきた。

 イーは、イギリスに友人4人と連れだって遊びに行った時に、『自称日本人』で押し通し、レストランその他で迷惑行為を繰り返した、と言う。

 襲ってきた外国人は、そのレストランで『日本人ならそんなことしない。嘘をつくな』と注意した男だった。イー達は、金を投げつけ、レストランから飛び出した。

 日本人と名乗れば、大抵のことは免除される、というデマを信じていたのだ。

 だが、イギリスと言えば、日本と縁遠い国ではない。親日家も多い。

 逃げた男は身長が1メートル75センチくらいでめがねをかけ、白のTシャツを着ていたことは、通報した大学生が証言している。ただ、それ以上は分からなかった。

「自業自得やないですか。」「確かにな。『自称日本人』と言った彼らの態度に男は腹を立てていたんやろ。でも、傷害は行きすぎや。」「分かってます。」

 チエは、珍しく茂原に説諭した。

 だが、事件はまだ序章に過ぎないのだった。

 翌日、京都府警向日町署は、長岡京市の会社員の男を逮捕した。

 男は前日の午後9時頃、知人女性を後部座席からナイフで切りつけた。自動車は迷走、電柱に衝突して止まった。

 事の重大さに気づいた男は、119番をした。そして、事情を聞いた救急隊員から警察に連絡が行った。被疑者の男は「死んでくれと思って刺した」と供述しているという。

 向日町署の調べに、被疑者の男、増田虎吉は淡々と語った。

 虎吉は、友人の岡田虎之助の妻葉子と懇ろになり、岡田虎之助の方は、虎吉の妻峰子と出来てしまった。4人とも阪神タイガースファンで、お互いの家をよく往復し、時には雑魚寝をしていた。

 ダブル不倫は自然の成り行きだった。虎吉は、ダブル不倫に疲れた、と言った。

 しかし、取り調べに当たった、向日町署の香川俊喜巡査部長は、不自然なことが多いと気が付いた。

 まず、葉子の傷が浅い。自動車のタイヤ痕等が一定ではない。

 何より、40代、働き盛りの増田も岡田も無職だった。

 向日町署の捜査記録を府警ネットワークで読んでいたチエは、閃いて、府警4課の弓矢に電話した。

「警視殿が直々にご指名ですか。」

「ああ。あんたらの『お座敷』は、裏取ってからやな。この頃、反社の金の動きで妙な事は?」

「東京から流行ってきた、ちゅうオンカジの件ですかね。」

「おんかじ?どこの火事?」

「もう、知ってて惚けるんやからなあ、負けるわ、やっぱり、警視には。オンラインカジノです。東京で芸能人が『あげられた』類いの案件。」

「実は、京都駅の事件と向日町署の事件、繋がってると思う。両方とも、明日が退院日や。明日中に『お座敷』やな。」

「了解。将来の警視正はんは、人使い荒うおすな。」弓矢はわざと京都弁で嫌味を言った。

 翌日。午後4時。向日市。向日神社。

「お礼参りどすか。えらい信心深いんどすなあ、元半グレさん達は。」

 どこからか、スピーカーを通して声がする。

 小雪である。例によって、遊佐の会社のスタッフの協力で、目立たない樹の枝に設置してあるスピーカーだ。

 集団は、ぎょっとした。

 禰宜も巫女も、警察官の変装だった。

「にんていは、捜査本部で行います。雨でのうて良かったな。」

 一同は、両手を挙げるしか無かった。

 午後6時。東山署。取り調べ室。

 今日は、署長である神代警視正と、府警本部長である大前田警視正が立ち会っている。

「イーさん。退院すぐでゴメンやで。ちょっとこれ、読んでくれる?」

 “Why?“

 数秒後、チエは机を、ドン、と叩いた。

 彼の目の前の紙が宙に浮かんだ。

 神代署長が掴んだ紙には、こう書いてあった。

『明日は、3月1日は日曜日で祝日、晴れの日です。』

「今、目エで追ったよね。那珂国人やったら、途中で放り出すわな。あんたは読めるわな。日本人やサカイ。おってまえきよしさん。」

「半グレやめて、帰化して、また母国に帰る為にオンラインカジノに手エ出して。借金した、ばあさん殺して、オンカジ仲間を巻き込んで。終ってるな。あんたを襲ったのは、仲間の虎之助やな。ラーメン屋で仲良く食べてた、お仲間の。おまっとうさん、お義父さん。後は好きにして。」

 チエは、言い捨てると出て行った。

「おまっとうさんは、ええけど、お義父さんはまだ早いで。」と、大前田は口角を上げた。

 取り調べ室外。

「今日は、ホンマにオムツ要らんのですか、お嬢。」

 飲んでいた缶コーヒーを口から外して茂原が尋ねた。

「ああ。これから府警行って、一課、二課、三課、四課、お楽しみはこれからや。」

 チエの言葉に、小雪も遊佐も茂原も楠田も白鳥も悪寒が走った。


 京都地裁。第一法廷。

「机をドン、と叩くのが暴力だとでも?痛いって声、聞こえませんでしたで。」

 チエは平然として言った。

 ―完―





「ああ。これから府警行って、一課、二課、三課、四課、お楽しみはこれからや。」

チエの言葉に、小雪も遊佐も茂原も楠田も白鳥も悪寒が走った。


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