sinθ≒0.829
2週間の短くて長い戦いは火蓋を切った。
材料の購入の際には、必要な食材や調味料を大量に買い込むだけでなく、何故かこれ入れたら美味しそう!というだけで隠し味を買おうとするのを止めたり。その大量の荷物を持たされたり。もちろん、調理道具もないのでそれも買っているためとても重い。
練習する中で、調理過程ではありえない爆発が起こったり。これ入れたら美味しそう!という理由だけで隠し味入れようとしたり。だから!隠し味を入れようとするな!
見た目は綺麗にできたのにどうやったらこの味になるのかと言うくらい不思議な味に出来上がったり、逆に見た目ぐちゃぐちゃなのにとても美味しくできたり。どっちかしか出来ないのかお前は。
平日の夜や土日を返上し何度も何度も作り練習した琴葉のティラミスは遂にバレンタインデー前日まで完成することは無かった。
「なぜこんな簡単なレシピで上手くいかないんだ…。」
「おかしい…。ちゃんとレシピ通り作ってるのに…。こんなのおかしいよ!」
俺が作れば早い。完成品はすぐでき上がる。しかし、それを琴葉は許さない。自分で作ったものを自分の手でたつ兄に渡す。そういう意地というか覚悟があるからだ。俺としてはもう3年はティラミスを食べなくていい。いや、逆に完璧なティラミスが食べたい。失敗作しか食べてないからな。
「今日が最後だ。覚悟を決めろ。全力を出せ!お前ならできる!!」
もう最後は気合と根性だ。
「分かった!私頑張る!」
張り切らせすぎたかな。こういう時はから回る場合が多い。頼む。どうにか。俺はもう運だけに頼ることにした。
翌日。完成させたティラミスをたつ兄の家に持っていく。今年のバレンタインデーは日曜日のため、学校で渡すことが出来ない。逆に、自由登校のこの時期に学校に確実にいる保証はないため良かったのかもしれない。土日は部屋に篭もりゲームをしているたつ兄は確実に家にいる。渡すだけなら一人でいいんだろうが、ゲーム中のたつ兄を部屋から出すために手助けをしなければいけないので俺もついてきた。
「上手くいったのか?」
「たぶん?」
何故そこにクエスチョンがでるんだ。自信を持ちなさい!あなたは私の元で修行した成果を見せる時なのですよ!!
チャイムを鳴らす。たつ兄の家族はもちろん俺たちのことを知っている。たつ兄の部屋まで行き、息を潜めて中の音を聞く。ゲーム中ということは、どんなゲームかは分からないが必ず間がある。その間をつく事で邪魔をせずにたつ兄を外に出すことが出来る。
よし!今だ!いけ!琴葉!!
背中を押し、勢いよく扉を開ける。何故か俺たちの来訪を予感していたかのように、ゲーミングチェアを回転させ、足を組んで扉側を見ているたつ兄がいた。
「そろそろだと思ったぜ。」
どこのラスボスだよ。というツッコミは心の中に留めておく。
「どこのラスボスだよ!」
留めておけなかった人もいるらしい。
「たつ兄。バレンタインなんだけど…。見た目ブサイクかもしれないけど食べてください!」
ありがとう。と笑顔で受け取るたつ兄。頼む!上手くいっててくれ!
琴葉の作ったティラミスは、少し崩れて確かに見た目はブサイクになっていた。しかしながら、今まで作ってきたものの中でもっと酷い見た目のものはあった。そして見た目が酷いものは味は美味しかった。
「ちょうど頭使うゲームしてて、甘いものが食べたかったんだよ。」
そう言うと、たつ兄はティラミスを頬張る。普通はフォークで食べるのだろうが、気にせず丸ごと食べる。琴葉は固唾を飲んで見守る。
「うん!美味しい!ありがとうな。琴葉。」
良かった。ほんとに良かった。
帰ったあと、余り物のティラミスをもらったのでたべたら、とてもしょっぱくて美味しいものでは無かった。
たつ兄は演技力も抜群です。女の子を悲しませるようなことはしません。




