sinθ≒0.743
185cm。俺の身長であり、今さっき飛び越えたバーの高さでもある。もちろん自己ベストであるため、これ以上の高さを跳んだことがない。俺に跳べるのか?さっきはけつがバーに掠った。つまり、次は基本的に跳べない。さてどうしようか。係員の生徒が190cmの高さに調整している間。少しの間だが、今できることはなんだろう。いや、自分を超えるしかないか…。バレー部の彼が跳べないことに期待することはかっこ悪いしな。仮に跳べなかったとしても、その後はさっき跳んだ185cmから1cmずつ高くしてどちらかが跳べなくなるまで続く。たった1cmだろうと、掠った俺よりしっかり跳べた彼の方が高く跳んでいた事は間違いがなく、確実に不利であることは明確である。まぁ、頑張るしかないか…。
「負けるのか?凛太郎。」
なんだよたつ兄。今来るなんて。
「負けないよ。」
「仕方ねぇ。手伝ってやるよ。」
手伝うとは??超能力で体を浮かすなんてことはたつ兄でもさすがに出来ないだろう。
「ほら。早く位置につけ。」
気づいたら、バーの調整は終わっており、俺の準備を待っていた。1回は失敗できる。そこで何かを掴むしかない。そう思って助走を始めようとしたら、たつ兄が頭上で手を重ねた。手拍子を始めたのだ。たつ兄が観客を煽る。まるで自分が跳んだ時のように。
苦手だ。人にリズムを作られること。多くの人が俺を見ている。つまり目立っていることが。多くの生徒たちの期待が浴びせられていることも。
しかし、時間は待ってくれない。助走を始める。バーに近づくほどに手拍子が速くなる。競技場全体から浴びせられる手拍子の音に背中を押される。思ったよりも心地よいことに今気づいた。踏み切る足に力を込める。その直前に視界の端に琴葉がうつる。琴葉は手拍子をせずカメラを構えている。俺が跳ぶと確信してくれているのだ。
「りんくんも。そっち側の人間なんだね。」
「お前も、翼を生やせるんだな。」
体が軽い。まるで背中から翼が生えて飛び立つ鳥のように。さっきは掠ったバーも今回は掠る気配もなく。俺は、190cmを跳んだ。




