Cadenza 私の、私達の…皆の歩んできた道 13
「美味であると、俺が評価するとな、困る奴らがいる」
困る奴らって…奥様、とか?いや妃様が料理するわけないから、宮廷料理人かな?
そっか、王様って、そう言う柵があって言えない言葉ってあるんだ。
「だが、敢えて言わせてもらおう、美味しかった」
それでも、彼は褒めてくれた、私達の胃袋を満たし続けてくれているおばちゃんの料理を
それも、少しだけ口角を上げて目じりも柔らかく微笑んでいるから、きっと本音だと思う。
それだけで、私は彼の言葉を信じたくなる。
「それは良かった」
自分事のように嬉しく胸が熱くなる。
だから…つい、私は口を滑らせてしまう、馬鹿な私が…
「また、その、そう!宰相みたいに食べに来てください」
また、何処かで一緒に食事がしたいなんて、王様に言ってはいけない言葉なのに
そして…私にはもう、その機会が永遠にこないのに…
「ほう、あやつめ…視察という名の息抜きを楽しんでいたか、まぁよい、許そう」
…あ、これは違う意味で、失言してしまったかもしれない。
余り知らない、関わりのない宰相を巻き込んでしまった、どうやって弁明すればよいのだろうか?
「えっと、その」
何とか話題を変えたり、先ほどの失言を有耶無耶に出来ないかと考えはしたものの…馬鹿な私では何も思い浮かばない
右や左、上や下をグルグルと眼球を動かし、どうしたらいいのかと狼狽えていると
「気にするな心優しき宝石よ、先の発言は冗談だ、許せよ。食事を何処でとろうがその程度、何も問題ない。だが、しかしだ…ふふ、すまない」
何故か笑われてしまう?何か間違ったのだろうか?
「お前という宝石を知れて良かったよ。あ奴の判断は私情だけではなかったという事だ。お前を旗に掲げようとする不届き者が現れなかったのが幸いだな」
旗に?
言葉の意味がわからない、でも、似たようなことを言われたことがある。
確か、そんな事を姫様が何処かで言ってたような気がするけど
首を傾げていると
「お前は…王政、政には不向きだ」
ふふっと小さく笑われてから、手に持っているワイングラスを一気に飲み干して、立ち上がる。
そのまま、ゆっくりと何処かに歩いていくのでお手洗いかと思ったら、此方に向かって歩いてくる?
「だが、危険なのは貴族の旗とは限らぬ。もしも、教会の御旗として…無垢なりし者、穢れ無き鉱石であれば、輝き、眩く太陽のようなその輝きによって民を満たすであろうな。いや、それだけではないか、その美貌、その容姿、その血筋であれば、教会にも貴族にも民にも、響き渡ろう」
近づいてきた彼がそっと私の頬を撫でてくる、心臓が跳ねてしまう。
そのまま、彼は私を見下ろして
「美しいな、アレがお前のことになると熱を帯びるのも頷けるというものだ」
彼の瞳が真っすぐに私を見つめ彼の世界に吸い込まれてしまいそう…だけど、彼の瞳に吸い込まれることはない、常に現実へと引っ張られる、痛みによって。
だって背中から伝わってくる痛みが私を恋の世界に引き込まれないようにしてくる。
たとえ、彼が近づいて私を見つめようとも、私が恋の世界に入ることはない。
ずっとずっと…背中から伝わってくる痛みがあるから!
抓られているの!背中を!…私何か悪いことしてるのかなぁ?
理由の解らない痛みに耐えながら目の前の男性を見つめ続けていると、痛みを感じなくなってくる。
…でも、だんだんと、痛みに慣れてきちゃったのか、徐々に私の視線は目の前にいる男性に吸い寄せられていく…彼の瞳から目を離すことが出来ない。
不思議と、好きだった人の瞳に似ている瞳から目が離せないでいると
「今宵は思いがけぬ経験をさせてもらった、礼をいう」
甘い声が近づいてくる…
腰をかがめ頬に小さく彼の唇が触れ耳元で、楽しかったぞっと囁かれてしまう。
甘い囁きの後、すれ違う様に彼が離れて行く
「ではな、明日、我が輝きによって何人足りとも宝石に触れさせぬよう、我が身、全てを輝かせ働かせてもらおう」
私から離れて行く彼の姿を振り返り追いかけてしまいそうになる…だって、儚げに何処かに消えてしまいそうだと、そう…見えてしまったから。
彼を追いかけることは出来ない、彼もそれを望んではいないだろうから。
子供の私は大人の覚悟を受け取る、出来ることは静かに見送るだけ、彼の背に向けて手を振り続ける。
食堂のドアが開かれ、離れて行く彼の後ろを見守り続けていると、彼について来た5人が足音を響かせないように気をつけながらも彼に駆け寄り…後ろをついていく。
彼が見えなくなるまで…去っていくのを手を振って見送る。
彼らが居なくなってから、私の手が私の意思とは関係なく鋭く素早く動き叩き落す。
そう、ずっと伝わってくる背中の痛みに対して!!
「痛いですぅ!ひどい!暴力ですぅ!暴力をふるう人ですぅ」
おばちゃんが皿洗いをする音だけが聞こえていた食堂に小さく響く、その程度で背中を抓り続ける駄々っ子をはたき落しただけだっていうのに、大袈裟なリアクションが返ってくる。
「私の方が痛かったと思うんだけど?」
姫様がときおりするように張り付けた笑顔で振り返ってみると、メイドちゃんが顔を手で覆い隠し泣く真似をしているので、姿勢を下げ彼女を下から覗き込むようにし、メイドちゃんを見つけ続けていると
「いじわる、ですぅ」
根負けしたのか、覆い隠していた手をどけると、照れた顔で離れて行き
「あと、さっきのは謝りませんからね!団長が空気を読めないのが悪いんですぅー!」
舌をだして姫様のようにあっかんべーしながら手の届かない場所へと逃げていき、そのまま食堂を出ようとドアへと向かっていく。
追いかけるように私も付いていく
メイドちゃんがドアを通り抜け、私もドアの前に立ち、ドアを開けて…外へ出る前に
「今まで、ご飯ありがとうございました!美味しかったです!」
長年、私達にご飯を作り続けてくれた女性に感謝の言葉を投げ、私は食堂を出る。
あれから、ほんの僅かな時間しかたっていないのに、私の心は空っぽだったのに
今は満たされている、些細な出来事でも、私は満たされている。
そう、恋は何時だって、何処にだって、ある。
まだまだ、人生はこれから!戦いを終え、皆でわらいあって、わらい、あって…
私は…
もっと、生きたかったな…
あの子、の、ぶんまで、もっと…
生きたかった
建物の外に出て空を見上げると
月が私、私達を見つめ続けてくれる
何時だって、どんな時でも月は変わらない
不変なるもの
清浄なる光によって夜道を照らし
私達に良き未来を、明日を照らし
明日が来るまでの間、見守り導いてくれる
清浄なる月
その月の光が今夜だけは、いつも以上に柔らかく見守ってくれているような気がした。
─ 月の光に照らされた広場
一人の男性が月を見上げ、己を鼓舞するかのように声を漏らしていく…
「愛とは」
愛、その様な物はない
形無きモノに縋るな
「人とは」
ただ、利用するべき物質
己が価値を見出せぬ愚物
「王とは」
愚物を取りまとめるだけの愚者
私利私欲に獣として生きろ
「民とは」
愚者を愚者として機能させるだけの愚物
心を忘れ貪欲に己が欲を満たせ
幼い時から俺の心に居座り居残り消えることが無い煩わしい音
この街に来てから、聞こえなくなった音
「っは!…俺はこのような世迷言に汚染されていたのか」
この街に来てから煩わしい耳鳴りが消え、俺を汚染する呪詛も消えた。
何故消えたのか、俺は得たからだ。
俺の中にある遷ろい彷徨い、みつけることのできない、答えを得たからだ
愛を知った
穢れ無き二人の悲痛な叫び、アレこそが愛だ
人という者に俺は触れたぞ
俺が求めるものは、ここにあった。
あの椅子の上ではなく、ここにあったのだと、今宵、確信を得た。
王とは愚者の代表である
これに間違いはない
だからこそ、愚者を、愚者として扱う、そこに間違いはない。
だが、答えを得る前の俺の考えは間違っていた
愚者として何も恐れず、輝ける明日を生きれる王都へと作り替えていかなければいけなかった
俺は間違っていた。
今この時になって、あいつの言う事が正しかったのだと理解した。
覇道ではなく王道を歩め、この言葉、ようやく、心に溶け込んだ。
すまんな、俺の落とし子よ、父としてお前には何も残せそうもない
俺は、愚者だ。
世迷言に汚染された愚者だ
その愚者の言葉、お前に残らないようにだけ
それだけが、父としてお前に出来る最後の事となろう
「良いモノであった」
近くにいる執事長が頷き我を称える
「人は、暖かい」
近くにいる侍女長が頷き我を称える
「人は生きねばならない」
近くにいる隠者達が頷き我を称える
「お前たちは、我の勇姿をその目に刻み、我の声を…伝えてくれ」
俺がすべきことは
獣共から、宝石を守り
人という輝ける鉱石を鋭き牙から解放する
「王としての責務を果たそう、俺に明日は要らぬ、未来を請わぬ、輝ける日々はもう、俺の後ろにある」
月を睨みつけ俺は叫ぶ
「我こそが月の使者なり、次代の始祖として、俺を認めよ!」
瞳をつぶり、今は見えぬ太陽に叫ぶ
「俺こそが!白き黄金の太陽!この大地を刻みし破壊の権化!」
瞳を開き虚空を睨みつける
「月よ!聖女よ!太陽よ!黄金の騎士よ!俺こそが、救世を成す!」
愚者の王は叫び続ける
無力で無策で…負け続けてきた愚者が吠える
獣共から王都を救った始祖ではない
戦乱の世を治め導いた聖女ではない
月が欠けその怒りによって大地を裂いた白き黄金の太陽ではない
愚者の王は叫び続ける
己が弱さを否定するために…




