Cadenza 私の、私達の…皆の歩んできた道 3
─ 月明りに照らされた病棟へと通じる小道
そこには、奥様三名が先ほどまで旧知の仲として最後の会話をしていた。
戦士でもなく、女でもなく、同じ苦悩や苦難を歩んだであろう三人の友として、母として。
最後の井戸端会議をしていた。
「私も、その仲間入りするなんて思いも…しなかったわね」
もう一人の私にも言い聞かせるようにしてみても、反応が返ってくることが無い。
先ほどの会議で感情を昂らせたのが疲れたのか、それとも、私達に興味がないのか。
あいつは何時だって自由気ままってことね。
そういう部分が姫ちゃんと似てるのよねーこいつ…
それゆえ、かしら?もう一人の私の事を疎ましいと感じていても憎み切れないのよね。
月明りのその先、遠い遠い場所
この目だからこそ暗くても見えるその先に、彼女たちは進んでいった。
最愛の家族が待つ場所へ。
女将のやつも、乙女ちゃんも、各々が愛する家族のもとへと向かっていったわ。
私も、最後の…愛する娘と過ごしたい。のだけれど、穏やかに過ごせれるとは思えれないのね。
彼女にはどうしても確認しておきたいことがどうしてもあるのよね。嫌だけど!絶対に衝突するから嫌だけどぉ!確認しないと、一生後悔しそうなのよねぇ…
物凄く嫌だけど、足を一歩前へ出す。
足を進めるのがとても重く全身甲冑を身に着けて槍を掲げているみたいに重い、けども!
それとこれは一旦忘れましょう、そういうのはその、ひとまず!忘れて、私は医療班!そう!医療班として姫ちゃんのいる病室へと向かおうと歩いているのだけれど、ちょっとね、真っすぐ向かわずに少し寄り道をしてしまったのよね。
決して!少しでも回り道をして先延ばしにしようとしてるわけじゃないのよ?
仕方ないじゃない、見えてしまったんだもの。
女将たちと話をしている時に、視界にちらっと見えたのよ団長が何処かに走っていくのを…
女将や乙女ちゃん、二人と別れた後も、団長が何処に向かって走って行ったのか、どうしても気になって彼女が駆けて行った方へと気配を消しながら近づいてみたら
母としても、女としても、近づいてはいけない場面だったわ。
あの子、ちゃんと勇気を出したのね。
偉いじゃないの…
結果は見えてる。
それはあの子も理解している。
それでもあの子は前へと踏み出した。
だから、私もあの子の勇気を貰い踏み出させてもらう。
姫ちゃんと、最後の…衝突するかもしれない
そんなが最後何て物凄く嫌よ?
それでも、私は彼女に聞かないといけない。
重く泥濘に突っ込んでしまったような足を前へ前へと持ち上げて進み続ける。
普段なら何も思わない階段一段一段を登る足が重く、彼女との最後を拒む様に…
全身が重かった
それでも、あの子が勇気を示したように私も勇気を出し
この何年?何十年?…愛した娘との最後の別れへと進み続ける
私の、私達の歩んだ道
その最後、終着へと…
病室の重いドアを開けると
小娘が死んだような表情で天井を眺め続けている
ドアの開かれる音に気が付いているでしょうに
今にも崩れ落ちて消えてしまいそうな小娘の表情を見てなのか、少し、心に余裕が出来
恋の伝道師としての最悪で最高なアドバイスが浮かんでしまう。
本当は、小娘にこんな助言なんてしたくもないし、する義務もない。
でも…今回ばかりは、私の都合もある、この場に貴女は邪魔なのよ。
「小娘」
「何ですか垂れ下がったオバさん」
垂れ下がってないわよ!ちゃんと運動してるわ!むしろ!今はパンパンに張ってるわよ!!
「悪態をついて私に憂さ晴らしをしても何も解決しないわよ」
「・・・あなたにはわかりません」
そうね、貴女の素性や生い立ち何て知らないわよ、知る気も無いわよ
「いいの?ここにいても」
「はい、私は姫様のメイドです」
天井を見上げて、敬愛する雇い主に一瞥すらしないじゃない。
「今は何もすることないじゃない」
「いいえ、あります、姫様が起きられた時に私が居ないのはダメです」
淡々と、仕事ですからって言うじゃない。
それならもっと飄々ともっと淡々と、感情を殺しなさいな
隠しきれてないわよ?感情が声に乗ってるわよ。
「貴女…あの子の事、何処が好きなの?」
「あなたには・・・関係ありません、恋愛脳さん」
茶化されるのが嫌、私に弱いところを見せるのが嫌ってところかしら?
「美しさに惚れたの?彼女がもつ才能に惚れたの?」
「はい、そうですよ。私は…使命がありますから」
生い立ちは、詳しく詳細を知らないけれど、ある程度は知ってるわよ。
そこから、貴女がこの大陸で何をしないといけないのかなんて、誰かに説明されなくても推察できてしまう。
「使命だけで彼を欲したの?」
「はい」
天井を見上げている彼女の頬を涙が伝って落ちていく。
感情は正直じゃない
「なら、もういいじゃない、その使命はもう無いのでしょう?」
「・・・」
下唇を噛んで血が滲み始めている。
「それでもなお、貴女の心に彼女が居るのでしょう?」
「・・・」
どす黒い赤が垂れていき、零れ落ちていく
「始まりは植え付けられたかもしれないわ、でも、途中は、今はそうじゃないでしょう?」
「・・・」
脆く儚げな少女が視線を下げると、輝く雫が赤に混ざっていく。
「打算的な貴女が今動かないでどうするの?」
「・・・」
眉間に大きな皺を作って鼻をすする音が聞こえてくる
「あの子は最後を…自分の中にある物語を終わらせた」
「・・・」
すすり泣く音が強くなる
「物語が終われば新しい物語を始めましょう、貴女の物語はまだ終わっていないのでしょう?」
「・・・」
心が耐えきれていないのか大粒の涙が溢れ出ている
「明日になれば、あの子は、この子達は…帰ってこない。わかるでしょう?この、いま、この瞬間が最後でもう二度と、ないのよ?」
「だからです!!!
私は!純粋に彼の事を好きになったんじゃないんです!
彼の肉体を見た時に、本能が求めたんです!
あの種を国へと持ち帰れって!
私は…歪なんです。間違ってるんです。人じゃないんです。
そう、私は…獣です、調教された獣です。
植え付けられた命令でしか動けない哀れな脳の無い獣なんです
私に与えられた名前は華…華の頂…
はは、おかしな話ですよ
華が人に恋するなんて、人が華に恋するなんて無いんです。
美しいモノをその手で掴み穢したいのが人
その欲望を受け止める為に私は華となる
ひとじゃない、わたしは、モノただの、もの・・・」
私の前では感情をぶつけてこない小娘がこんなにも取り乱すなんてね。
皆、もう、会えないっという強烈な重圧…ストレスで心が限界に近いのかもしれないわね。私も含め、ね。
それでも、私達は進まないといけない、私は後悔なんてしたくない。あの時もそうだったように。
「でも、今は違う。貴女がただのモノであれば、あんなにも…彼女達に心を許したりしないでしょう」
「はい…
その通りです、彼女達と過ごし、私の心は彼女達へと繋がり開かれました。
だからこそ、私は
あんなにも美しいイノセントを穢したくないんです。
私という毒の華が触れてはいけないんです」
丸めた紙みたいに、顔をくしゃくしゃにして、表情を崩すのが嫌いな貴女がね。
「毒?っは、わかってないわね、毒はね薬になるのよ、華はね…貴女の言う通り綺麗だけじゃない、毒だって棘だって持っている種がいるわね」
「それがわかるなら!彼女を愛する人を傷つけたくないのが分からない人じゃないでしょ!貴女は!」
俯いたまま語尾を強め苛立ちをぶつけてくる。
この程度で怯んでいたら母なんてやれないわね。
「それが何だって言うの!触れたら傷つく?それもまた、お互いを求めあった結果じゃない、怪我なんていっぱいするものよ、穢してはいけない?自分の色に染めてこそ…いいえ、お互いの色が混ざるからこそ、特別になるんじゃないの。貴女こそ、こういうの全てわかってるでしょう?」
「・・・」
言葉で言い返すことが出来ないからって目で文句を言うっていうのは負けを見ているのと一緒よ?
「睨むんじゃないわよ、自分だって今が最も好機だってわかってるのに踏み出せない、そんな自分に酔ってるだけよ、自分は報われない悲劇の主人公。舞台劇でも夢見ているのかしら?これだから、小娘は、ダメね」
「・・・」
歯が軋む音が一瞬だけ聞こえた。
「私を睨む力があるなら足にでも力を込めたらどう?感情を殺しても何も良い事なんて無いわよ。この日を永遠の後悔としないように、動きなさい。たとえ、これが舞台劇だとしても幕が下ろされるまで私達は、貴女の舞台を見届けないといけないのよ。この意味がわかるわよね?」
突如、睨むをの止め視線を下げ、敬愛する雇い主を見て何かに気が付いたのか目を大きく見開き
「そういう…ことだったのですね…わかりました。遊んできます。私は道化です、貴女様の道化です。紐に繋がれて踊る人形…マリオネットです、でも、私はそれが心地いいんです」
静かに寝ている彼女が敬愛する人物に慈愛に満ちた?いいえ、悟りというのかしらね。
とても清々しい顔で敬愛する姫様に会釈をしてから、医療班の怒鳴りんジジイに怒られても構わないと言わんばかりに外へと駆け出て行った。
小娘のスカートが風で舞い上がろうとしているのを見送り、当初の予定通り。
部屋は二人っきりになり、寝息とは違うリズムになっている悪だくみが大好きな悪女に向けて
「貴女も大変ね」
「恋の伝承者ほどでもないよ、にひひ」
声を掛けると、しっかりと返事が返ってきた。
っさ、次は私が勇気を出す番ね。




