Cadenza 想いを背負って空気に熱を 4
「あー!想像しちまったけど、そう言う意味も含まれてるってことかい!?そういうことってことかい!あたい達は…あのトカゲみてぇのに、幾度となく何度も何度も、見逃されていたってぇ事かい?あの獣共に?あたいらに対して温情?命がけの戦士達を舐められてる?あたいたちはあの獣共から、何度もぶっ殺してやった獣共から一欠けらも!!あたいたちのことがトカゲに届きうる脅威だって微塵も思われていなかったってぇ事かい!?」
迸る殺気によって彼女の震えが止まった。
戦士としてのプライドによってなのか彼女の震えが止まったのはいいんだけど、次は、肩が小さく震え始めて殺気を抑えきれなくなってる。
「…吾輩も同意見であるな。先輩が言うような大きな獣が身を隠すのであればどこなのか?っであるな、沼地と言えど全身を隠すのは土台無理なのである。考えるまでも無いのであったな、吾輩達が辿り着けない場所で尚且つ、目が届かない場所…その様な箇所、一点しかないのである。姫様が目指す先がそこである意味、学のない吾輩でも合点が行ったのである。真である、姫様がいうことは真である、あそこにしか敵が身を隠す場所が無いのであるなぁ」
隣で殺気を溢れ返させている女将と違ってベテランさんは至って冷静、女将が何に憤っているのかわかっていない、わけじゃないから、敢えて触れないのかもね。
何日も何か月も何年も何十年と死の大地を踏みしめ続けてきたベテランさんなら納得してくれると思ってたよ。
肩を震わせている女将を煽るようで良くないけれど事実は伝えないとね。
「女将の想像通り、あいつらが本気を出せば何時でも私達を殺せる、易々と滅ぼせるってのはね、間違いないと思うよ」
言葉にされたくない事実を告げるとメギっと机が裂ける音が聞こえてきた。
音の方へ視線を向けると、会議室の分厚い机の一部がもぎ取られてしまい、そのまま、女将の拳からキュゥゥっと何かが圧縮される小さな音が聞こえてくる。
「ゆるせねぇ…あたいたちが…全力で、命を賭けて、闘ってきてたってのに、敵からすりゃぁ、あの…戦いは…トカゲからしたら!あんなのは、おままごとだってことかい!?あたいたちの戦いは敵からすれば取るに足らねぇ、ピクニックってことじゃねぇか!!!いけすかねぇ!!!こっちは命はってんだ!部下がやられてんだからよ!!親玉もでてこいよ!!!こっちは持てる限りの最大戦力だってぇのに!!!」
今までなめてかかっていた相手になめられていたってのは屈辱だろうけれど、結果的に見れば
「その意見に関してはね、私としては僥倖だったなっ、てね、ぶっちゃけ思ってるよ」
「あん?」
怒り狂う相手に冷たく冷静な意見をぶつけると睨まれてしまい、それに便乗するような冷たい視線が増える。
私を睨まないの~
「僥倖…とは違うかな?幾重にも偶然が重なったから、重畳ってところかな?」
「何がいいてぇ?」
殺気を飛ばさないの、心が凍り付いてしまいそうな、凍てつくような視線を向けないでもらえますか?叔母様。
「もしもだよ?考えてみてよ。あの戦いであの状況で…デッドラインを超えて大穴にまで、足を運んでしまったらどうなるのか、その結果を想像してみてよ?皆の前に…敵の親玉であるドラゴンが皆の前へ姿を見せていたらどうなっていたと思う?言うまでもないよね?恐らく、ううん、確実に私達はここにいない、寧ろ…世界が滅んでいたんじゃないかな?女将なら。わかるよね?この言葉の意味が」
「っぐ」
ギシィっと歯を食いしばる音が会議室に響き渡り彼女の手の中からキュゥゥっという物質が圧縮され続けていた物質から悲鳴が、バキっと裂け砕ける音と共に音が止む。
追い打ちをかけるわけでもないけれど、はっきりさせておかないといけない。
「あの当時、戦士長が万全の状態であったとしても、トカゲに勝てると思う?」
「・・・」
悔しそうな顔、全力で眉毛を八の字にして今にも泣きそうになっているのか瞳が潤んでいる、唇を噛み黙ってしまっている。
沈黙は肯定、これ以上は、言葉にすることも無し。
女将から視線を外し会議室にいる全員の心を見据えるように、真っすぐと強き意志を込める。
「どうして倒さないといけないのか?決まっている、脅威だからこそ倒さないといけない。アレが居る限り、私達の未来に明日なんて無い。他の獣共だったら、私達は負けない!突如、姿を見せるようになった異形な人型、それらも勿論脅威だよ?でも、それを送り出すボスが居るのだとしたら?」
考えたことも無かったと全員が神妙な顔つきになる。
「そもそも、皆も疑問に思っていたよね?あの大地にいる白き獣達、あれが普通の獣じゃないって、私は確信してる、あれはね、あの死の大地の何処かで造られている獣の形をした別の生き物、ううん、一種の魔道具、人を殺す為だけに造られた獣の形を模した魔道具」
魔力という力で動く魔道具、そう…私もまた白き獣と大差変わりなし…
お互い、邪魔だから滅ぼすだけ。
「何処で造られているか何てわからない、怪しい場所はたぶん、あった、でも、此方が発見し調査する前に何らかの方法で見つけることが出来なかった、その製造ライン、工場の頭脳があの大穴じゃないかって私は思ってる。私達は大穴に潜んでいるであろう敵の頭脳、本丸…あのトカゲ、もとい、ドラゴンを引きずり出してぶち殺さないといけない、アレが居る限り、敵は何度でも私達に牙を向けてくる、人類の未来を勝ち取るためにも!あの大穴を潰す!潰さないといけない!私一人では気が使い部分もある!今だからこそ作戦を見つめなおして」
この言葉に一部の人が何かに気が付いたみたいに頷いてくれている。
このまま作戦のおさらいをしようと思ったら
「待つのである、質問である」
ベテランさんが挙手してくれる、ディスカッションしたかったので彼の質問は大歓迎だよ
続けようと思った言葉を飲み込み、息を吸いながら彼の目を見て頷くと
「潰すと言っても、どうやるのであるか?あと、穴の中に辿り着いたとして、どうやって見つけるのであるか?姫様は大穴の中、構造を把握しているのであるか?」
そこに関しては説明した時も敢えて触れないようにしてたんだよなぁ…
指摘されたくない部分、ごもっともだよね…
真っ正直に答えましょう!隠すつもりなんて無い!
「知るわけないじゃん」
この一言にベテランさんが目を丸くして此方を見ている。
何を期待してんだっての!観測して敵がいるってわかっていたらさ!とっくの昔に、皆に共有してるっての!!
「誰もあの先へと足を踏み入れたことが無いんだよ?どうやって観測し中を調べるんだってーの!ベテランさんだってあの岩から先に…そもそも、アレよりも先へと足を踏み込もうと思った事、ある?」
あの岩っという単語で一気に会議室の中が殺気で溢れかえっていくが、ベテランさんからは殺気が漏れることが無く、冷静に
「悔しいのであるが。姫様の言いたいこと、心に刺さるのであるなぁ。正直に言うのである、吾輩は、一度足りとてその様なことを考えたことが無いのである。英雄になろうなぞ、一欠けらも考えたことが無いのである。もちろん、空想であれ妄想であれ考えたことも無いのである。英雄となり人類を導くという夢物語を胸に抱いたことなど…無いのである。この街で日々を過ごして分かったのである、吾輩は英雄と呼ばれるような唯一無二、教会や王すらも認めるような逸材ではないのであるとな。常々日々を過ごすだけで、吾輩が至らぬ存在であると思い知らされ続けてきたのである…辿り着く結論など見えているのである、あの先へ行くのは…吾輩の時代では二度とないのであろうなぁっと…そう思い日々を過ごしていたのである。呑気に何も考えず、日々を生きていたのである、家族と共に歩んでいくことだけを…吾輩は望んでいたのである」
自分の考えを淡々とこぼしてくれる。
若い頃、夢見ていたのと現実は違う。
貴族に成りたいって願いも、若い頃と今じゃ、意味合いが違うんだろうね。
若い頃は、奥さんと肩を並べたいから、今は、子供達に楽をさせてあげたいからってことなんだろうね、きっと。
切ない彼の吐露を隣にいる奥様がそっと受け止めるように、彼の肩に体重を預け寄り添うと彼も静かに受け入れている。
冷静に自己分析が出来ているのがベテランさんの良い所でもある。
自分があの先へいけないと考え、英雄となる道を歩もうとしなかった無謀な馬鹿者ではない彼の心に投げかける言葉なんて私は知らない、知らないけれど
「そう、ベテランさんの意見は正しいよ。英雄と無謀は違う、英雄ってのはね、ちゃ~んっと勝てる条件が揃っているからこそ挑むことが出来る。勝てるという可能性があるからこそ希望を胸に抱いて挑み、勝つ!勝てるからこそ英雄なんだよ」
そう、始祖様みたいに圧倒的な力を持っているからこそ、私達を救い英雄として崇められている。
「勝てる条件やそういう要素を掴んでいるか、前もって用意してあるからこそ、過酷な闘いを生き残り全てを終わらせるように勝鬨を上げ、帰還する。そして、民衆から英雄だと褒められ語り継がれていく…負けたら英雄ではない、茂みの奥で寝ている蛇を突くのと同じ、無駄に敵を怒らせた無謀な愚か者と罵られる」
何も準備もせず、ただただ、無謀で無策で敵に挑み、そして、負ける。
その結果、何が待ってるかって?想像するのなんて簡単なことじゃん。
敵から反感を買ってしまい、多くの人が危険に晒される。
そういうのは英雄じゃない、ただの馬鹿ってね。
そのただの馬鹿がこの街にはいない、居たとしても一人ではデッドラインを超えることは不可能なんだけどね。
「始祖様が現れた時代みたいに、私達の生きる場所が奪われて行っている。この時代もまた、救世主である始祖様を求めている。っていうのはもちろん、わかるよ?救いを欲しているってね。でも、始祖様が私達に手を差し伸べてくれるかどうかなんて…誰もわからない…」
聖女のような出で立ちの私が言ってはいけない言葉。でも、言わないといけない。
「そう、始祖様が助けてくれることなんて無い」




