Cadenza 花車 ⑨
痩せて細くなってしまった背中を見送る。
彼の後姿を何度も、何度も見た。
死の大地で共に戦ってきたからこそ、術者として彼らの背中ばかりを見てきた。
確か、うん、記憶が正しければ、教会が出している絵本の愛読者で、私やNo2を真なる聖女として崇めていた人。
出自も平民でこの街でしか生きれなかった人の一人。
親衛隊の多くが実は貴族で構成されているわけじゃない、そういう人も多い。
親衛隊、始まりの騎士は…たぶん、もう月の裏側へと旅立ってしまっているだろうね。
あの当時で…いい歳の重ね方をされていたからね。
会えるのなら会いたかったかも…っま、そのうち会えるだろうから、いっか。
気が付けば、幼き頃、死の大地に出撃するとき、ずっと、私の前で敵を抑えつけて術の発動まで支えてくれた戦士、その一人の背中が見えなくなっていた。
そして、直ぐに新しい人が此方に走ってくる…ぁー喉持つかなぁ?
その後も一人、一人と、会いに来てくれる。
懐かしい人達ばかり、っと思いきや、この街から離れて行った人達だけじゃなくて、現役の人達も来てるんだけど?こういうのって、この街を離れた人たち限定とかにしないんだ?
まぁいいか。
嬉しい報告もあったり
勝手な宣言していく人もいたり
有り触れた日常を語ってくれたり
ただただ感極まる人もいたり
彼らとの最後のひと時を楽しんでいると大きな足音が此方に向かって近づいてくるのが聞こえてくる。
この激しく重い足音が誰かなんて言うまでもない。
早いね…流石は、団長とNo2、彼女たちが本気になればってやつ?
「最後は、ここってのが乙なもんだねぇ」
ドンドンっと周りに自分が来たのだと知らせるかの如く、大地を踏み鳴らしながら遠くからでも見えている程に大きな大きな影が此方に向かってくる
想定よりも早い、まだ、メイドちゃん達が女将たちに試してもらいたい装備を運び終えてないよ。
っま、それは追々でもいいかな。基本を得とくしたら彼らなら魔道具を手に取っただけで何となく理解できそうな気がするからね。
大きな肉体が真っすぐに此方に向かってくる、周囲で私との対話を待っている人達をかき分けて向かってくる。
遠めに見えた彼女の姿は予想と違っていた。
てっきり髪の毛が真っ白になってるかと思ったら、そうでもないのか。終わった直後だから、かな?
改造術を終えたっていうのに何も変わらない雰囲気
「よう!〆の挨拶ってやつかい?途中だってのに割り込んじまって悪いね」
大きな口を開けて何時も通りニカっと豪快な笑顔
「ふふ、そんな殊勝なこと思っても無いくせに」
図星だったのか彼女から解き放たれた息が勢いよく頭にぶつかる
「流石だね!見抜いてらっしゃる!それでこそ姫ちゃんだねぇ!!」
ドシドシと地面が揺れこの大陸で一番の膂力の持ち主が目の前に来る
近くまで来た彼女の口角が軽く震えているし、拳も小さく震えている、ソワソワと視線をあちらこちらに向けている。
その雄々しき姿を見て再確認、ううん、再度認識してしまう。
彼女こそこの大陸で最高の肉体、天性の筋肉、この時代が欲した究極の戦士。
てっきり、始祖様が分け与えた力の影響によって突然変異っというか、肉体が急激に大きくなったのかと思っていたら、調べてみたらその仮説は否定されちゃったんだよね。
最初は、そんな事が無い、検査を間違えていたのだと思った。
二回目は、魔道具を疑った。
三回目は、それが真実なのだと心の底から自身の仮説を否定した。
検査を重ねても彼女からは始祖様の因子は驚くことにあまり出てこなかった。
つまるところ、彼女の雄々しき肉体は始祖様の影響なく、完全なる天然もの、彼女はその肉体を運命が求めたように手に入れた。
彼女の肉体は、この星にいる純正な種として最も力強く最強であると私の研究が証明してしまった。
つっても、僅かに始祖様の血が混じってるから、この大陸の果ての方とはいえど、始祖様の血は広がっていった。
検査の末、彼女の肉体が始祖様から受け継いだ因子は幸いにして筋肉や骨、惜しむらくは魔力関係に関する数値が低かった、彼女は魔力を精製することが出来るがその肉体全てを満たすほどではない、彼女もまた肉体に対して魔力量が追い付いていない。
そんな、天性の肉体に無限の魔力が宿ったらどうなるのか…
想像するだけで鳥肌になっちゃう、肌が震えちゃうよね。
その結果を、待ち望んでいた究極の肉体を早くみたい!
私の中に眠っているマッドな部分を抑えきることが出来ない。
自然と笑みが溢れ口角が上がり感情を表に出してしまいそうになる。
気になって気になって仕方がない。
足を動かせれるのなら彼女を360度、全ての視野から全てを見たい!視たい!観たい!!!
全身を見たい!
彼女の雄々しい姿を視たい!
暴れ獣共を蹴散らすのを特等席で観たい!!!
「姫ちゃんも、好奇心を隠せれてねぇぞ?」
むにっと大きな指先で頬を突かれる
頬に彼女の指が触れるだけで理解してしまった
「眩暈とか無い?」
「いや?特にねぇな、寧ろ、すこぶる快調ってやつか?今までに感じたことが無いくらい体が軽いさぁね」
もしかしなくても、背中に装着済みだったり?
「後ろ向いてくれる?」
「ああ?構わないさぁね」
ドスドスっと豪快な足音を鳴らしながら背中を見せてくれると予想通り既に彼女の背中にはバックパックが装着されている、バックパックに魔石を装填していると一目見てわかるようにつくってある。
小さく白い灯りが灯っている、ってことは魔力が体に流し込まれている。
肌に触れられた瞬間にびっくりしちゃったよ
「ありがとう、こっちに向き直してもらってもいいかな?それと、魔力の流れを感じる?」
「もういいのかい?」
ドスドスと豪快な音を出しながら向き直してくれる
「ああ、これが魔力が体内を流れていくって感覚なんだね、練習してよ何となく脈打つような感覚があるなってのは掴めれる様に成ったんだけどよ、まさか、ねぇ。今まで、こんなにもはっきりと体の中に熱いものが走り回っているって感じれるようになるなんて思っちゃいなかったよ」
凄いねぇっと噛み締めるように吐息と一緒に感想が私に向かって零れ落ちてくる。
感想を言い終わると、何かを確かめる様に大きな瞳がゆっくりと閉じられ、水中にいるかのようにゆっくりと肘を曲げ腕をお臍の辺りにまで持ち上げると、拳を開く?
空気でも握りしめているのか、力の滾りぐあいを感じていたいのか、開かれた拳を開き大きな指を閉じたり握ったりとしている。
何度も何度も…まるで何かを握り締める様に指を動かし続けていると
「こう、っか?ああ、こんな感じかねぇ?」
薄っすらと目を開き、手のひらは何かを握り締めているのか指先に力を込められている。
軽度、指関節を曲げ、指と手のひらの間に小さな空間が出来ている。
私には見えない筈なのに、何かあるように感じる、ううん、そこに透明な何かが見える気がする。
「何か掴めたの?」
「ん?…視えねぇのか?てっきり姫ちゃん達は見えているのだと思っていたさぁね」
小さく首を傾げ、彼女の口からさも当然のように出てきた言葉に驚いてしまう。
…まさか
「みえ、るの?」
「ああ、あたいは見えてるよ?これが魔力ってやつかい?」
魔道具の補助なしでも見えるの?私でも、見るのが難しいのに。
「ほれ、これ、見えなくても姫ちゃんなら感じることが出来るだろ?」
何かを握り締めている様な手を此方に向けて伸ばしてくるので、流れ落ちてくる水を受け止める様な形で両手で器を作り前に出すと
「ほれ」
握りしめたボールでも手渡すかのように前へ差し出した私の手のひらに向けて、何かを落とす仕草…
その直後、だった駆け抜ける様に痺れるような全身が走っていき皮膚が逆立つ。
直ぐにそれが何か、理解した。
「ぅっわ!?」
今まで感じたことのない感覚が全身を駆け抜けていき驚きを通り越して何かが目覚めそう!!
「どうだい?あたいだって魔力の扱いに関してはずっと練習してきてるからねぇ、コツを掴んじまえばどうってこたぁないね、どうだい?姫ちゃんから見ても上手だろう?」
自慢気な表情、これは、自慢してもいいよ。女将しか出来ないんじゃない?
「苦手だって言ってたのに、頑張ったんだね」
魔力操作が苦手な彼女がこうも…いともたやすく魔力を圧縮し、更には圧縮した魔力を私の体内にねじ込んでくるなんて、驚きだよ。
そう、魔力譲渡法ってすっごく難しいんだよ?なのに、手のひらに置かれたなって感じたア瞬間には、魔力の塊が私の体にすんなりと抵抗なく入っていったんだから驚くよね?
魔力の質も団長とは違う、繊細さなんて欠片も無く豪快、豪傑、強引に魔力を放出する機構をこじ開けられぶち込まれたような感じ!例えるならホースに繋がれている蛇口をひねって暫くの間、ホースから水が流れ落ちないように踏みつけて溜め込んだ水が力強く流れていくような、そんなホースの気分だった…
魔力を圧縮するとあんな感じになるんだ…
「魔力を渡すっていうのも会得しちまったからな!」
ダッハッハっと豪快に笑っている、改造術の影響でさ、何かしら心に影響があるのかどうかってのも危惧していたけれど問題は無さそう。
魔力が減ると精神がめげるっていうか、心が振るわないっというか、憂鬱な気分になっちゃうからさ、体から魔力が抜け落ちていくからそういった影響もあるんじゃないかって、杞憂だったのかも?
それにさ、魔石に込められた魔力ってのは王都やこの大陸にいる人達が聖女様の像や、月のオブジェに向けて祈りを捧げるようにして魔力を頂いていたから、魔力には人々の祈りという名の願いが染み込んでいる、その影響もないかな?濾過する機構も組み込んでいるけれど、試してないから本当に出来ているのか不安だったけど、問題なさそうかな?
でも、私自身もさ汚染されたことがあるけど、人々の祈りが体内に蓄積されてきたのは、確か、魔石から魔力を流し続けて数日後だったし…
即座に影響が出ないのかもしれない、念のために警戒はしておこうかな。




