Cadenza 戦士達 ⑫
…なんでも答えると言ったけれど、ここに関しては私よりも姫ちゃんの方が適任よね。
「悪いわね、それは私の知らない内容よ、姫ちゃんに直接聞いた方がいいわね」
「っむ、そうで、あるか」
キャンドルの灯りで薄っすらと見えた顔は険しそうな表情だった。
険しそうな顔しちゃって、そうよね。
貴方から姫ちゃんにそういったことに関して踏み込むのって勇気がいるわよね。
「ありがとうである、ここにきて少し、先が見えたような気がしたのである」
俯いていた顔を上げ真っすぐに此方を見てくる、暗くても、彼の目に光が宿っているのが伝わってくる。
「迷いは消えた?」
大きくゆっくりと頷き
「うむ、迷いは消えぬであるが、少し先の道が僅かに照らされたような気がするのである、吾輩はここ、この迷いと向き合い続け全てを超えねばならぬのである、吾輩は…いいや、俺という戦士はあの時から止まってしまっている、武を極めようが武を伝えようが、前へ一歩も進めていなかった、姫様はそれを見透かしていた、ああ、だから、か、俺が姫様を苦手としているのは、姫様の瞳から俺がまだまだ未熟であると伝わってくるからか…」
自分に言い聞かせるように立ち上がると隣にいる乙女ちゃんに手を差し伸べ
「俺は、弱い。だから、愛する妻よ、いや、アルケー、今一度、この弱きカジカと共に歩んで欲しい」
差し出された手を握りお淑やかに、いいえ、豪気に立ち上がり片手をカジカの胸に当て
「ええ、共に歩みましょう、元は武家のモリス、モリス家のアルケー、今はただのアルケー。貴方の隣にいるただのアルケー」
宣言をする、まるで、二人の結婚式のように…
まったく、独り身の私の前で見せつけてくれるじゃないの。
そのまま放置しておくとキスが始まりそうな程、熱く見つめ合っているので
「ほら、姫ちゃんとこへ行きなさい、心は決まったのでしょう?」
するなら見えないところでしろっと意志を込めると
「…まだ迷っているのである、ただ、一つ前が見えたのである、愛する妻と一緒に少しだけ街を歩いてくるのである、共に歩んでくれるかい?」
「ええもちろんよ、カジカ」
太い腕に絡みつく様に全身を預ける様に抱き着き、二人は相談室から旅立っていく。
二人の新たな門出に祝福を送る様に心の中で拍手を送り続ける。
相談室のドアが閉まるまで拍手を送り続け、椅子から立ち上がってカーテンを開きアロマキャンドルの火を消すと新たな音が相談室に響き渡る
「入っても良いわよ」
返事を返すとゆっくりと相談室のドアが開かれ
「あの、その、えへへ」
バツが悪そうな顔で中に入ってくる団長の顔から察してしまう。
貴女~盗み聞きしてたでしょう?
「団長らしくないわね、相談室での会話っていうのは基本的に他者に聞かれたくない内容よ?医療班のTOPが守らなくてどうするの?」
軽くお叱りの言葉を投げかけると
「大変宜しくないと思います、ですが、弁明させてください」
「あら?良いわよ?」
手を小さく上げて進言するのなら聞きましょう
「薬を医療班の誰でも良いのに、預けることなく相談室に長い事、話をつづけたNo2は薬についてどういうお考えですか?」
…それを言われたらぐうの音も出ないわねぇ。でもね、ここで私の非を受け止めるほど耄碌してないわよ?
「っふ、その状況を見ていないから、冷静に突っ込めるのよ。私の後ろに相談者が二名も、それも街の幹部が居たのよ?その二人を連れて相談室に入っていくのを他の誰かに目撃されるのは好ましくはないと思わない?この情勢で!」
相談者の立場と街の状況をプラスさせ誤魔化す!
手に持っている薬が誰が取りに来るのかすぐわかりそうなものなのに、姫ちゃんが頼むとしたら直前まで一緒にいた団長である可能性が高いっという事を失念していたことをもっともなことを言ってるような感じで誤魔化す!!
こういう狡いところが姫ちゃんに悪影響を与えたのではないかって言われたら何も言えないわね。
「まともな意見で誤魔化そうとして無い?」
そして、長年、私の下で学び続けてきた後輩は直ぐに見抜くのよね。っふ。
「誤魔化してないわよ?」
視線を逸らすと
「そういうところ、姫様に似てるよね。お母さん」
くすくす笑いながら手を伸ばしてくるのでテーブルの脇に置いて置いた薬が入った袋を渡すと
「はい、医療班団長が責任をもって薬を預かりました、それでは」
珍しく直ぐに離れようとするじゃない?急ぎの状況だったりするのかしら?
薬の内容的に緊急性なんてないわよね?っと薬の成分をもう一度、思い返していると相談室のドアが開かれ、団長が部屋の外へ出てドアを閉めようとすると
「どちらが煙に巻かれたのかな?」
団長らしくない挑発してくるようなセリフを相談室に残しドアが閉められる。
「…あの子、姫ちゃんから良くない悪影響を受けてるわね」
残された言葉で思い出す、攻めていたのは私じゃない!
してやられたと思うべきなのか、やり返されたと自身を反省するべきなのか、難しい所ね。
ベテランのやつには先の出来事、バレないように気をつけないといけないわね。
相談室での会話が後輩に聞かれていたなんてね、どの辺りから聞き耳を立てていたのかしら?まったく、油断も無いわね、団長であれば取り決めをしっかりと守るから大丈夫でしょうって思っていた部分もあるわよ?そんな団長が、まるで姫ちゃんみたいな事をするなんてね。
悪友と遊び過ぎたのかもしれないわね。
あの子は純粋で無垢すぎるから、それくらいでちょうどいいのかもしれないわね。
時折、姫ちゃんが起す変なイベントに巻き込まれた日々を思い出してしまう。
こんな状況でも日常で起きるような些細な出来事を噛み締め乍ら、部屋を片付けていく。
…こういう瞬間も、もう、無いのかもしれないわね。
滲む視界のまま、紅茶が入っていたカップを流し台に置くと、まだ、蛇口をひねっていないのに水滴が手の甲に落ちていく。
── 病棟の外
ふぅ、危ない危ない。
ただ、薬を取りに来ただけなのに、怒られるところだった
大先輩が薬ならあいつが持ってる、相談室にいるぞって教えてくれたから、てっきり相談室にいるけれども深刻な内容じゃないからノックでもしてから入って受け取ればいい、部外者立ち入り禁止、そこまで深刻な内容だと思っていなかったんだよね。
部屋に近づいてドアの近くに来ると、まさかの人物の声が聞こえてきて足と手が全部止まってしまった。
まさか、さっきまで会議室に居たベテランさんがここに居るとは思わないよ。
会議室でも出来る限り息を消して背景に溶け込もうと思っていたのに、ここでもまた彼の恥部を聞いてしまったら、後輩として慕ってくれているベテランさんとしても後輩にそんな姿ばっかり見られるのは嫌じゃないかな?って、珍しくも他人の気持ちを察しれたにも思ったにもかかわらず、私の足は何を思ったのか勝手に動き出して相談室の隣の部屋に吸い込まれるように、そして隣の部屋に入ると気配を全力で殺して壁の近くに辿り着くと同時に聴覚を強化して聞き耳を立ててしまいました。
反省しないと…
普段の私なら聞き耳を立てるようなこと絶対にしないのに、なんでしちゃったんだろう?
自分の些細な変化に少し驚きを感じつつ、ベテランさんに気持ち程度、申し訳ない気持ちを抱きつつ、No2を煙に負けたことに幾ばくかの優越感を感じてしまった悪い子っと言う部分に反省しながら、薬が入った袋を抱きしめながら塔へと向かって歩いていく。
走って行かなくてもいいのか?
薬を届けるために急いで戻るべきなのかと言われたら答えはNO、だと思う。
姫様も独りで考えたいって言っていたから、直ぐに戻っても良いものだろうか?っという疑問が私の足を遅くさせる。
空を見上げると太陽の位置もそこそこ移動している。
聞き耳を立てている間に、良い時間になっていると思うんだけど、まだ早いような気もする。
どうしようかと悩んでいるうちに、遅くなった私の足でも五日は目的の場所に到着してしまう。
目の前には門…
ここまで来て引き返すのは違う。
門を開けて頂上へと続いていく螺旋状の階段を一段一段、手すりを握りながら登っていく。
一段一段、普段よりも遅めに登っていくと驚いたことに大きな巨体が階段に座って丸まっている、どうしてここにいるんだろう?
っという疑問をすぐに打ち消すように姫様の言葉を思い出し納得する。
そっか、もう、確認が終わったんだ。
…あれ?姫様がここにいるってどうして知っているのだろうか?
丸くなっている彼女の視界に入ると俯いていた視線を少しだけ上へと持ち上がると目が合う、特に疲弊している様な憔悴しているような顔じゃない。
疲れて座っているわけじゃないって事かな?女将も良い年齢だから階段が辛いのかと思ったんだけど、違うっぽいね。
「おや?団長じゃないか」
「粉砕姫先輩?どうされたのですか?」
息切れをしているわけでもなく驚いたような声
こんな場所に女将さんが居るなんて思っていなかったし、相手も私がここを通ることに驚いているけど、どうして?女将が塔に来たのだろう?
女将がここにいること自体に疑問を抱いていると
「てっきり、姫様と一緒にいるもんだと思っていたさぁね」
「塔のてっ辺に姫様が居るの知っていたのですか?」
誰かに姫様がここにいるなんて伝えた覚えなんてないけど?
「姫様に話があってよ、ここに姫様が団長と一緒に入っていくのを見てた奴がいてよ、そいつが教えてくれたんさ」
記憶を呼び起こしてみても、その言葉に違和感を感じてしまう。
誰か周りに居た?
ある程度、周囲を観察していたけど、人の気配なんてしなかったよ?
違和感を感じはするが、たまたま、遠目で私達を目撃したって考えれば納得できる。
車椅子を押している時点で目立つから。




