Cadenza 戦士達 ⑪
「お茶くらいで良ければ淹れるわよ?」
会議室に入って最初の言葉が彼の口から発せられるのを待ち続けてみたものの、こいつ!変わらないわね…だから坊やなのよ。
私に弱みを見せるのが基本的に嫌がるのよね、昔っから!変に見栄を張りたがるのよ、最終的に弱い所を見せびらかすのに、まったく、坊やってのは手がかかるのものよね。
長く古い付き合いだもの、そういう意固地になる理由も察せれるほど理解があるから、別に構わないわ。
ソファーに座った二人とも一言も話すことなく沈黙しているので、先の答えを待つ必要は無いと判断し立ち上がろうとすると
「・・・!」
乙女ちゃんがそっと手を前に出してくる。
戦いの場ではない限り、乙女ちゃんは本当にお淑やかなのよね、この子は。
年齢的に子って呼ぶのは失礼なのかもしれないけれど、どうしても、ね?そう感じてしまうのは仕方がないわよね?
彼女の動きに頷いて応えると、そっと立ち上がって周囲を見回しているので炊事場がある場所を指さすと頷いてお淑やかに向かっていく。
その姿だけで良妻で賢母って感じが伝わってくるが、ふと、彼女の出自を思い出し不安を感じてしまう。
そういえば、彼女は貴族の御令嬢、家事とか大丈夫なのかしら?
伝え聞いた話だと、彼女の家に侍女は基本的に在住して居ないって言っていたような気がするわね。
家事全般は自分でしてるってことよね?…貴族の令嬢が頑張ったのね。
炊事場から聞こえてくる小さな物音に胸が熱くなってしまう。
何十年も過ぎれば人は成長する、それだけの事なのに感慨深くなり涙がにじんできそうになる。
熱くなった胸を抱きしめてから、正面に向くと…
こいつは…
未だに視線を右往左往させて指先と指先をくっつけたり離したり、両手の人差し指を向き合わせて人差し指の周りをくるくると指先が触れないように回したりしている…単純な逃避行動ね
緊張とストレスによって集中できていないわね。
まったく、心が弱い事に関しては成長しないわね、こいつは…
姫ちゃんが言うには土壇場になれば彼は胆が据わって強くなるって評価してるけど、本当にそうかしら?この姿を見ると疑問に思ってしまうわね。
仕方がないわね、こういう時の為に、準備を怠らないのが医療班よ、相談室には色々と常備してあるのよね。
椅子から立ち上がって、色々とモノを詰め込んでいる棚へ向かい、棚から一つのキャンドルを取り出し、テーブルの上に置き、腰を曲げてキャンドルから伸びている小さな紐に指先をつけ魔力を込めると紐に小さな灯が灯る。
一連の流れを不思議そうに眺めていた坊やにキャンドルの火を指さし
「原初の理、人はね、火の揺らめきを見ると心が落ち着くのよ」
キャンドルに灯った火を見る様に声を掛けると何も言わず視線を向け始めるので、次の行動へとうつすために、曲げた腰を伸ばす、のだが、それだけで腰が痛くなる。
腰の痛みを紛らわせるように拳で腰を叩きながら相談室にある窓から差し込む光を減らす為にカーテンを動かして部屋を少しだけ暗くする。
椅子に座りなおすと炊事場から乙女ちゃんが顔だけをそっとだして周囲を見回して、キャンドルの灯りを見て驚いた表情を見せてから炊事場に戻っていった。
何か物音がしたから気になったのでしょうね。
キャンドルが形を変え溶けようとする頃には部屋の中に特殊な香りに満たされていた。
姫ちゃんが開発した特殊なキャンドル、名前がえっと、確かアロマキャンドルだったかしら?
蝋燭に特殊な香料を練り込んで香りと火の揺らめきを楽しむ消費型の魔道具。
香料には心を落ち着かせる作用のある成分が入っているのよ、この相談室には戦場でトラウマとか、人との関係で心が擦り減った人が相談に来ることが多いのよね。
そういった時の為に常備してあるのよ。
日持ちする魔道具だし、王都でも専門店で購入できる品物だからこの部屋限定の特別製ってわけでもないのよね。
この魔道具が生み出す効果は医療班お墨付き、多くの方がこれによって悩みを打ち明けてくれたのよ。
キャンドルの火がゆっくりと沈んでいき、幾ばくか蝋燭の背が小さくなるころにテーブルの上にカップが全員分用意され、お淑やかに紅茶が注がれていく
「よく場所分かったわね」「・・・」
無言だけど褒められたのが嬉しいのか照れた顔がキャンドルの灯りで照らされている。
照れたまま砂糖の瓶を開いて紅茶にいれようとするので
「甘えても良いのかしら?」「・・・」
小さく頷いてくれるので指を一つ伸ばすと小さじ一杯の砂糖をいれてくれる
「相談室にはミルクを常備していないのよ、ごめんなさいね」
貴族の一部では紅茶はミルクで淹れるものだと豪語する程に人気がある淹れ方がある、私が幼い時は紅茶ですら趣向品だというのに贅沢な淹れ方がいつの間にか広まったのよね。
「・・・」
首を小さく横に振ってから
「私達はいつも砂糖なしでそのまま飲みます」
自分たちの好みを言ってくれるけど、遠慮しちゃって
「あら、そうなの?」
坊やのカップを静かに指さすと困った顔で坊やの顔を覗き込み始める
ちゃんと知ってるじゃないの、坊やは昔っから、苦い紅茶は苦手よ?飲めないことも無いけれど、基本は砂糖をいれたがるわ。
見栄を張らなくても良いわよっとカップと砂糖が入っている器を交互に指さすと、坊やが小さく頷くので、坊やのカップに砂糖が2杯放り込まれ紅茶にティースプーンをいれてかき混ぜられる。
まったく、坊やは甘えん坊ね。
全員がカップを手に取り、一口だけつける
紅茶の香りとキャンドルの香りが混ざり鼻腔を通り抜けていく。
副鼻腔まで満たされそうな程に日常では味わう事のない濃厚な香りにうっとりと悦を感じてしまう、外は大変だっていうのにね、少々、申し訳ないと感じちゃうわ。
「すまないのである」
「こういう時は素直に感謝の言葉を言う物よベテランさん」
軽口を言うと「っむ、そう、で。あるなぁ…ありがとうございます、先輩、それに愛する妻よ」昔の口調で素直にお礼を言えるあたり、効果覿面ってことかしら?
そこからは素直に隠すことなく誤魔化すことなく見栄を張ることなく、ここ数日、ずっと悩まされている悪夢を語ってくれた。
臆病者だけど神経が図太いこいつが滅入るってのはよっぽどよね。
精神が恐ろしい程に強いあの姫ちゃんが何度も何度も心を狂わせ夜中に泣き叫ぶのも致し方ないのよ。
「以上です、これ…妻が言っていたのですが、真、なのでしょうか?」
不安そうな顔、私が知っていることを彼に伝える番ね
私と姫ちゃんが歩んできた日々を、ある程度、かいつまんで説明していく
戦士達が前で命を賭して懸命に必死に人類を守るために戦い続けるている間も、静かに私達は私達で過酷な運命に抗い続けていたのことに話の合間で何度も何度も驚き頷き、時折、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
そんな事が起きていたことなんてまったくもって関りが無く知らなかった乙女ちゃんも驚きの表情を隠しきれていない。
「こういう出来事があったのよ、姫ちゃんはね、私以外にこのことを知られたくなかったの、理由は単純よ、変に心配されて距離が出来るのが嫌だったよ、彼女は、人の温もりを常に欲してしまうから」
「それについては…わかるのである。姫様は何かと吾輩達に寄り添ってくれようとしているのである、時折、悪戯したり変な催し物をしてくれるのも、吾輩達と関わりたいからっであると、薄っすらと感じていたのである」
「街の権力…彼女が持つ財力に貴族への繋がり、果てには王族にも繋げることが出来る人脈を持つ彼女こそが、この街を代表する人物であると、誰しもが思っていたわ、それでも、彼女は代表とならず、幹部達と共に話し合って物事を決めることを優先してくれた、彼女は王とならず、常に肩を並べようと考えてくれていたのよ」
「まったくもってその通りである、その姿に吾輩は甘えすぎていたのかもしれないのであるなぁ…」
「甘えるっか、貴方が甘えているのであれば、この街に居る全員が彼女に甘えているわよ、最終的な責任全てを彼女が背負ってくれている。だからこそ、皆も彼女が甘えに来たり我儘を言う時は受け止めて我儘を叶えてあげていたのよ。つまるところ共依存、共生関係っていうのかしらね?」
「吾輩はそういう難しいのはわからないのである、ただ、吾輩は、姫様を見て可哀そうだと思ったのが始まりである、生まれ育ちは貴族でも、捨てられてしまえば吾輩と同じ、孤児である。孤児たちはみな、力を合わせて生きようと必死だったのである、吾輩も拾ってもらったからこそ今があるのである、貴族の育ちであろうと棄てられたもの同士、支えあう助け合うべきだと、あの時、確かに思ったのである。その想いと願いが吾輩達に根付いているのである」
「最初に芽生えた感情、私も同じよ、貴方達と同じ、彼女を守らないといけないと心の底から感じ願ったわ、この子だけでも明るい未来を歩んで欲しいと」
「そう、であるなぁ、団長も…戦士長のお子がこの街に来ると知らせを受けた時もそうであった、そうであったのである。彼を、いや、彼女をこの街の代表、姫様を支える為の戦士長へと育てる事こそが、姫様や、戦士長に出来る最大で最高の恩返しであると吾輩は…思って先走ってしまったのである。まさか、彼ではなく彼女であると思わなかったのである…お子で思い出したの出るが、一つ気になることがあるのであるがよいであるか?」
「何でも良いわよ、私の知る限りでね」
「死ぬ間際、吾輩は、二人のお子を見たのである。いや、そもそも、最後の最後まで希望である人物を吾輩達は待ち続けていたのである、その希望である彼は誰であるか?まさに正当なる戦士長のお子、彼こそが戦士長の椅子に座るべきであるという人物、それは、誰であるか?」




