Cadenza 戦士達 ⑩
女将のやつが居そうな場所は心当たりしか無かったから直ぐに見つけて声を掛けたけれど、ベテランの馬鹿が居そうな場所ってなると王都騎士団がいる場所しか思い浮かばなかったのよね。
当然その近くに王様がいるでしょうから、王様に会わないように気をつけながら近づいて行けば、予想通り居たのは良いのよ?でもね、乙女ちゃんも一緒にいたのよねぇ…
よくよく考えれば当然よね?そりゃぁ、いるでしょうね。
乙女ちゃんの方が王都騎士団との面識がベテランのやつよりもありそうだもの、彼女が傍にいるだけでベテランの馬鹿も騎士団と会話しやすいでしょうし…
良妻として、愛する旦那をサポートしにいかないわけがないわよね~…
ベテランのやつを呼び寄せれば当然、乙女ちゃんも一緒についてくるのよね。
会議があるからベテランに来るように、乙女ちゃんは会議室には入らないようにって伝えたのは良いんだけど、困ったことにね、会議室に向かって歩いていくベテランについて行っちゃったのよねぇ…あの人って、昔からちょっと頑固な一面があったから、これを好機と捉えたのでしょうね。
後ろを付いていく姿を見送っていると、何となく雰囲気から伝わってきたのよね、女として良妻として傍にいるって雰囲気じゃない。
私としても、彼女と会った時点で察してはいたのよ、だから、姫ちゃんに、乙女ちゃんが戦闘に参加してもいいのかどうか、声を掛けるタイミングを失ってばっかりだったのよね~…うっかりとね、私のうっかりな部分のせいで、まだ相談出来ていないのよねぇ…
あの様子だと、乙女ちゃんとしては愛する旦那の傍から離れるつもりなんて無いのでしょうし、二人は何処かで衝突してることでしょうね。
衝突する理由なんて決まってるじゃない。
彼女が望む場所、あの背中が物がっているじゃないの、そこがどういう場所なのか、坊やは絶対に反対する場所よ、彼女の技量や生き様、心のありようなんてお構いなしに自分が守りたいからって理由で反対するでしょうね。
つまり、彼女が望む場所ってのはね、ベテランのやつが望まない場所に配属されることになるってことなのよ。
かといって妥協案としてベテランのやつが進言した場所ってなると彼女が望む場所ではないだろうから、その場所に配置されれば乙女ちゃんが納得できない、その後の結果によっては彼女の人生にずっと後悔としてこびりつくでしょうね
あの二人に挟まれて困っている姫ちゃんが安易に想像できてしまう。
あの二人をある程度、間を取り持つことが出来る第三者ってなると私しか、いないわよね。
思考が一巡するころには向かう理由も出来、心がどっしりと座ってくれる。
…そうね、届けましょう。
ここでモヤモヤとウダウダと悩んでいても仕方がないわね
配合の終えた薬を袋に詰め込んで手に取り部屋を出ると先輩が遠めに見えたので
「薬を持って行きます」
背中に向けて声を出すと手を上げてくれるので聞こえたとしましょう。
老いて職場から離れ毎日をこの街でゆったりと過ごされていた、その姿を多くの人達が遠目で見守っていた。
私も奥様と一緒にウォーキングしてる時をたびたびと目撃していた、その姿なんて医療班に居た時に纏っていた威圧感なんて一切の欠片も無く枯れ枝のように日々を過ごされていた。
その姿を見て多くの人達が、人はこうやって老いていくのだと彼をお手本のように感じ、いずれ自分も彼と同じ道を辿り孫達と共に人生を歩むのも一興かと、夢を見ていた人達もいる。
そんな枯れ枝のようにいつ何処かに吹き飛んでしまってもおかしくない、何処かで折れて大地に還って行ってもおかしくないと感じていたけれど…現場に戻って来るや否や、皆が恐れる手厳しい先輩に戻られたってのは、驚きよね。
人は自分の居場所があってこそ生きれるのかもしれない、だとしたら。
あの人は生涯ずっと現場にいた方が良いのかもしれないわね。
そんな事を考えながら外に出るが…静かで驚いてしまう。
本来であれば脅威に皆が決死の覚悟をもって命がけで行動をしないといけないのに、誰も慌てることなく慌ただしい様子も無い、この街は…変わらない
落ち着いて己が役割を果たそうと静かに動いてくれている。
静かとは言え、人の往来はある、静かだからこそ、この街で生きる人達の習性が出ている。
研究塔も、術式研究班も、戦乙女部隊も、騎士部隊も、戦士部隊も、皆、各々が役目を全うしようと静かにされど懸命に動こうとしている。
幸い、王都騎士団が駆けつけてくれているから門前まで迫ってきていた獣共を押し返しつつある、みたいね。
医療班の方には情報が伝わってこないから現状を把握するのが大変なのよね。
先輩がその事に対してしっかりと動いてくれていて、朝に教えてくれたのよね。
『押し返しつつあるみてぇだぞ』って、ぶっきらぼうに、やや口角を上げてね。
薬を手に持ちながら普段と左程、代わり映えのしない外を見渡すと、騎士団がいる方から何か声が聞こえてくるが、その声に、もう一人の私が嫌悪感を示しているのが伝わってくる。警告ありがとうってことかしら?近寄らないでおきましょう。
視線を会議室がある方へと向き直し、その声の主が此方に近づき見つかる前にやや小走りで向かっていくと
「先輩!」
あまり聞きたくない声が聞こえてきたので振り返ると
「・・・」
睨みつける様に此方を見てくる馬鹿とその馬鹿を支える良妻がいる。
会議室ではなくこの場に居る事で察する、会議は終わったのだと、そして、あの馬鹿が此方に向けてくる視線で凡その状況も察することが出来た。
あー、これってもう、会議が終わって二人で何か話し合っていたってところかしら?
それでいて、なおかつ、内容がこじれつつあるタイミングで私が通りかかっちゃったわけね?
乙女ちゃんからすれば助け舟、坊やからすれば邪魔者が通り抜けて行こうとしたってことよねー…
ここで立ち止まらないわけには、いかないわね。
出来る事ならスルーしたいけれど、姫ちゃんを間に挟まないだけ穏やかに穏便に両方を宥めれそうね。
二人に向かって一歩目を踏み出すと盛大に溢れんばかりの溜息をもう一人の私が吐き捨ててから気配が消えるのを感じた。
相談になんて乗らないっと意志を示すのはいいわよ?その辺り私も期待なんてしてないもの。
「御機嫌よう、お二人揃って、私はお邪魔じゃないのかしら?」
薬が入った袋を手にぶら下げながらも、平静を装いお前たちの事情なんて知らないと言わんばかりに笑顔で手を振りながら近づくと
「入れ知恵したであるか?」
「何の話よ?」
開幕、初手!噛みついてくるじゃないのこれだから齢を重ねたとしても坊やなのよ、まったく。高圧的に!いいのかしら?私にそんな態度をしても?奥様に密告してもいいのよ?貴方の悪行、その数々を把握していない私じゃないわよ?
「こいつが、姫様に、我らが司令官に話があるとしつこいのである!」
こいつっという呼ばれ方に乙女ちゃんの眉毛が反応する、感情のままにうごいて、知らないわよ?
それにちょっと待って欲しいわね、入れ知恵って何よ?
浴槽での会話を思い出してみるけれど、心当たりはない、けれど、流れは想像がついてしまう。
…そんな入れ知恵をしたつもりなんて無いわよ、貴方をささえ…るようにいったけれど、女としてではなく騎士として傍にいるのを選んだのね。
だとしたら、私も多少なりとも後押しをしてしまったことになるわね。
正直に言いましょう。
「その辺りだったら、入れ知恵をしたことになるわね」
「っであるか!」
睨みつける様に此方に近寄ってくるのを乙女ちゃんが彼の腕を掴んで此方に歩かないように引っ張っている
「ええ、貴方を良き妻として支えてあげなさいと肌の手入れから医者として入れ知恵したわよ。その結果が貴方の意にそぐわない結果になったのでしたら、私にもその一件責任があるわね。それと、ごめんなさいね、まだ頼まれていた薬用意できていないのよ」
乙女ちゃんに手を振って用意すると約束していた睡眠薬や心を落ち着かせる薬を用意できてないことを詫びると
「っむ?…むぅ、そういった内容であったか、吾輩の勘違いである」
あら?以外にも?心は冷静じゃない、昔だったら感情のままに突っかかってくるのに、そうよね、さすがにもう、坊やじゃないわよね。
「何でイラついているのか、此方がわからないのに突っかかって来るんじゃないわよ、って言いたいけれど、その理由、何となくだけどわかってしまってるのよね。彼女から相談を受けているからその気持ちわかるわよ、大変でしょう?」
「っむ?…お前、何を話したのであるか?」
腕を掴んでいる愛する奥様に顔を向けると、ちょっと困った顔で此方を見返してくる
「あら?ここで全部言ってもいいのかしら?貴方の情けない話よ?」
「まて!まつので、ある、その、あっちの相談のことであるか?」
勢いよく此方に振り返ってくるけれど、何を焦っているの?
あっち?あっちってどれよ?医療班に相談している事かしら?
だとしたら、尚更、どれよ?貴方が医療班に相談している内容なんて山ほどあるわよ?
それを把握していない私じゃないわ、されど、ここで語る内容じゃないでしょうに、相も変わらず察しが悪いわね、いえ、寧ろやましいことだらけってことかしら?
「あっちが何かわからないわよ、貴方の愛する奥様から貴方を悩ませている最近の夢の話を聞かされただけよ」
「!そっちであるか!…そっちであるかぁ~」
予想していた内容に安堵した表情を見せてすぐに困った顔になる。
これは想像以上にこいつの心を蝕んでいるわね。
そうね。こんな開けた場所じゃなくて専門の場所で話をする方が良さそうね。
「相談に乗るわよ。私もね、その一件、身に覚えがあるのよ」
「な、そうなのであるか!?」
付いて来なさいと合図を送ると二人は頷いて黙ってついて来てくれる。
もと来た道を戻る様に病棟へと帰っていく。
薬を届けに外に出たってのに、薬をもって戻ることになるなんてね。
道中でメイドでも見つければ薬を渡してあげれるのだけれどねー、困ったことにそっち方面に行くにもしてもこのメンバーでメイドが話をしている人達に会うとね、下手するとより一層話がこじれそうだから近寄るわけにはいかないわね。
薬と言っても緊急性があるわけじゃない、殆ど栄養剤みたいなものだから、焦る必要なんてないから別にいいわよね。
少々、姫ちゃん用にね、特別に格別にブレンドしてあるってだけよ。
病棟に返ってくると通路の奥に居た先輩と目が合い「お?はええな?」此方を見て軽く手を上げて声を掛けてくれるがベテランさん達の顔を見た瞬間、手を下げ神妙な顔つきで
「てめぇはてめぇの仕事に集中しな、幸い、ここは落ち着いてるからよ」
事情を察してくれた先輩が自身がいる反対にある通路の奥にある相談室を指さしてくれるので
「薬を誰かが取りに来たら私はここにいるとお伝えください」
言伝を頼むと「ああ、それくれぇおやすいこって」っへっと最後に笑ってから笑顔で引き受けてくれる。
相談室のドアを開き悩める若人…って年齢でもないわね。
二人を招き入れ、椅子に座ると二人とも相談室にあるソファーに仲良く肩を並べて座る。さぁ、お悩み相談室を開始するとしましょうかしら。




