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最前線  作者: TF
660/719

Cadenza ありがとう


少し時は戻り ────

妖精としてではなく人として生きることを決めた、その後…

自分の中にある古い記憶、何時消えてもおかしくない悲しい記録…

もう一人の私が自分の中で小さくなっていくのを感じ、彼女に何か、出来ないのかと考え、思いついたことがある。


最後の最後、彼女にささやかな、本当に僅かな自由を堪能して欲しいと願い、意識を…体を動かす意思を彼女に明け渡してみると不思議と自身の意識が眠る感覚と同じように沈んでいった。




パチパチと何度か瞬きをする、不思議な感覚、ここは違う世界なのにとても知ってる様な気がする。

だって、蛍光灯の灯りも似てるし、壁も白い、消毒液の匂いはしないけど、何処か…似てる気がしちゃう。


「・・・」


No2さんが、部屋を出ていく、あの人こそ私の中にあるお医者さんのイメージにピッタリ、そのせいなのかな?お母さんとイメージが重なってしまう。

だから、すこし、少しでもいいからお話がしたかった。


部屋の中をもう一度、見回してみる。


部屋には、私とメイドちゃん、えっと、お名前が確か、華頂さん?だった、よね?

ユキちゃんと仲良しでちょっと…注意したほうがいいかなって思っちゃった人。

そんな人と、二人っきり、今も、その、ユキちゃんを見てるのかな?熱い視線が此方に向けられてくるのを感じる。

むむぅ、言ったことが無いことを言わないといけないのかな?やっぱり、感じた通りに彼女に注意したほうがいいのかな?

ぅぅ、そんな事、したことないけど、でも、私は正義の味方になりたかった、だったら、私がユキちゃんへと完全に溶け込む前に、その、勇気を振り絞ってお話をしないと、だよ、ね?


うん!っと小さな声と共に小さく手に力を籠めてはみたものの…

どうしたらいいのかわからないので、熱い視線から逃げる様に

「えへへ、座ってもいいかな?」

背筋を丸めて何とか笑顔をつくって、されど、情けない声をだしてしまう。

こういうの経験したことが無いからどうしたらいいのかわかんないだもん。

腕を上げて指先を動かそうとすると、あの時と違ってしっかりと動く、それだけで泣いてしまいたくなる、泣かないように心に力を貯めてベッドを指さすと華頂さんが頷いてくれるのでベッドに座ると華頂さんも同じようにベッドの上に座ろうとする、さすがに隣に来られるのはヤダ、なんか、うん、なし崩し的に誘導されそうだからヤダ

「えへへ」

笑いながら距離を広げるためにベッドの端に移動すると華頂さんは少し寂しそうな顔でベッドに腰かけている。


「こん、ばんは、初めまし、て」

恐る恐る、背を丸めて、つい、あの頃の…病院で寝たきりだった時のように上目遣いで挨拶をすると

「はじ…」

華頂さんが驚いたように目を大きく開いてから

「はい、初めまして」

優しく微笑んでくれる、あの一言で何か悟ったのかな?ぅぅ、私だけど違う、ユキちゃんの記憶の通り、この人賢そう…


「ぇっとね、私がここにいるのも、たぶん、あと少しだけ、貴女の好きな、その、ユキちゃんは直ぐに起きてくる、今は少しだけ意識が薄いだけ、で、その、私もよくわからないんだけど、その、お話がしたくて」

たどたどしく声を出す私をうんうんっと頷いて見守ってくれる。

その仕草が病院の看護師さんを思い出させてくれる。

あの人達もこんな風に優しく見守ってくれていた。

「あのね、小さな、本当に小さなお願いなんだけど、いいかな?」

こういうのって漫画で読んだり、テレビで見たから知識だけは、ある、でも、それを言うのって恥ずかしい!

「うん、何でも言ってください、絶対に守りますから」

優しそうに見つめてくれる、なら、勇気を出す!この体は勇気ある人に育って欲しいっていう願いで満たされてるんだもん!

あのころと違って自由に動く、自分の意思で動かせれる手を握りしめ、華頂さんの方へと視線を向けると目が合ってしまう。

人の目を見て話すことなんてしたことが無かったから、慌てて直ぐに視線を逸らす様に下を向いてしまう。

視線を合わせて話すことが出来ないから、ベッドを見つめ、自然と手に力がはいりながらも声を絞り出す

「えっちなのはダメだとおもいます!」

声を出してみても何も返事が返ってこない、でも、一度、出した勇気は勢いを止めることが出来ず

「えっとね、ドウイっていうのかな?その、好きな人同士じゃないと、その、体に、触れるのってセクハラだっけ?変体っていうんだっけ?だから、その、ああいった、その、む、むむ…ねに、触ったりするのは、だめ、だと思います!!」

勢いよく声を出したので頭がクラクラする。

あのころと違って酸素が勝手に入ってこないから、必死に口を小さく開けて酸素を何度も何度も吸い込む

「ふふ、安心してください」

頭に温もりを感じる、優しく撫でられてる?

それじゃ、そういうのをよくわかっていないユキちゃんにそういうことをしないってことだよね?

やった勇気を振り絞ってよかった!

病院で看護師さんがそういうことで困ってるって愚痴をこぼしてたんだ!

こっちの世界でもそういうのはきっと良くない!よね?私、正義の味方になれた、よね?

ゆっくりと満足気に顔を上げると

「私とユキさんは好きな人同士だから大丈夫です」

私、間違えたのかな?っと思ってしまう程に満面の笑みで自信満々に言われてしまいました。

「えっと、ぅ、ん?そう、なのですか?えっと華頂、さん…」

段々と自信が無くなってしまい背を丸めてしまう

「ええ、そうなんですよ。あれは、友人としてのスキンシップです、ユキさんも嫌だと拒否したりしないでしょう?」

ぅ、で、も、それってユキちゃんがそういうのに疎いだけで…あっぅ、ここは私が生きた国とは違うから、常識が違うだけで、この国だと、これって普通、なの、かな?

「ぅ、うん、でも、ユキちゃんが嫌だって言ったら触ったらダメ、だよ?」

「もちろんです」

何度も何度も優しく頭を撫でられ続ける。

私の、杞憂だったの、かな?気のせいだったのかも。

だったら、それでいい、かな?後は…


「あのね」

「はい」

優しい声、何時だって私を心配してくれていた看護師さんと同じ音

「ユキちゃんをお願いします」

「はい、彼女の幸せを私も願っています」

力強い声、なら、大丈夫、なのかな?

こういう時に相談したい人がユキちゃんには姫様が居るから、大丈夫だよね?

不安、だけど。

たぶん、きっと、大丈夫、だよね?

ゆっくりと顔を上げ

「お願いします、私を幸せにしてください」

えへへっと最後に照れくさく笑ってしまったけれど

「はい、勿論です、幸せになってください」

華頂さんが見せてくれた笑顔にこの先の未来はきっと何も問題が無いのだと安心感に包まれていく。

「ありがとう」

その一言を残し、意識が吸い込まれていく、ユキちゃんが目を覚まそうとしている。

ありがとう最後に、僅かな時間でも私に自由の時間をありがとう。


久しぶりに…歩いた

久しぶりに…座った

久しぶりに…手を握り締めた

久しぶりに…声を出せた

久しぶりに…友達と話せた


満足したよユキちゃん…

私という悲しい記憶なんて忘れてもいいからね?

ユキちゃんはユキちゃんの人生を歩んでね…


最後に見えた世界は…

お別れを告げた世界と同じ、真っ白な世界・・・


一つだけ違うのは、最後は…

友達が傍にいる。




幼げな笑みを浮かべていた愛する人が目を閉じると倒れ込む様にベッドに吸い込まれそうになるのを支え優しくベッドの上に寝かせる

彼女の体は見た目以上に実のところ重たい。

受け止める度に彼女の体が男性の体なのだと伝わってきてしまい、私の体が…

使命を植え付けられた体が彼を欲してしまう。


疼くような、湧き上がる衝動を飼い殺すのは慣れています。

幼き仕草で私に忠告してくれた、えっと、たぶん、妖精さん、かな?

団長の中で共に過ごした彼女の兄妹たち、その一人が最後の最後に、僅かな時間を団長の為に奮闘してくれた。

そんな健気で儚い願いを無下になんて出来るわけないじゃないですか。

これからは本能のままに動かないでしっかりと自制しないと、ですね。


はぁ、彼女の…彼の傍にいるだけで女性としての本能が呼び覚まされてしまう

この火照りと向き合い続けるのも、大変なんですよ?


彼女から伝わってくる、本能が求めてしまう香りと闘いながら、彼女の足を持ち上げベッドの上へと運び上半身を起こさないように体を持ち上げてベッドから落ちない場所へと体をずらし、ここでなら寝ても問題ない場所に枕をセットすると

「・・・」

満足そうな笑みが心の奥底へと入り込んでいき、その顔が、胸の奥へと突き刺さってしまう。


なんて、幼げな顔…守ってあげないといけない。

はぁ、母性っていうのはこういうことを言うんですね。


胸の奥が締め付けられる様な、彼女を通して感じる胸の高鳴りとは全く別物の刺激に心が満たされていく

今まで感じたことのない感情を噛み締める様に、愛する人の寝顔を特等席で眺め続ける。

何が有ろうと、私は絶対に団長を…ユキさんには、絶対に幸せになってもらいます。

私が不幸になろうとも、私が死んだとしても、絶対に…


消えゆく妖精さんと約束した、いいえ、それだけではありません。

彼女と共に過ごした年月が私の心を突き動かすのです。


姫様、メイドは、メイドは…

失格かもしれません。


仕えるべき主よりも、幸せを願ってしまう相手がいます。


隣の部屋に居るであろう主君に申し訳ない気持ちを向けてしまうが、主君はそれを受け止めてくれる気しかしなかった。

締め付けられる感覚と共に愛する人を抱きしめながら目を瞑ると太陽のように白く輝く、そんな光に包まれていく感じを受け止めながら意識が吸い込まれていく。




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