Cadenza 乙女心 ①
お湯を沸かす魔道具も、持ってきているみたいでワゴンの中からお湯が入っているポットを取り出して、無駄に豪華に飾られたティーポットにお湯が注がれていく…
その光景に呆れ、何も言うことなくただただ、侍女がお茶会を準備する音だけが部屋に静かに響き渡る。
うん、完全に帰れって言うタイミングを逃してしまった気がする…
っていうか、こんな流れる様に場を占拠してくるなんて思わないじゃん?侍女まで連れてきてさ。
夜中だぞ?わかっているのか?よ・な・か、だぞ?お前ってさ王っていう自覚あるの?
王が、夜に女性の部屋を尋ねるって誰がどう見ても、そう…
刹那的にそういった意図があるのだと理解してしまう。
ああもう!お前もか!外堀から埋めるタイプか!!これだから王族ってやつはぁ!!
手を出そうとしてきたら全力で叫んでやるとスカートを握りしめながら睨みつけていると
「では、失礼します。何かあればお呼びください」
「ああ、今日はもう休め、これ以後は、呼ぶことは無い」
全ての仕度を終えたのか侍女は姿勢を正し仕える主君である王にだけ頭を下げる。
っげ!結局二人っきりになるんじゃねぇか!嫌だよ!変な噂流れる!帰れよ!っていうか二人だけの状況にしないでよ!ってかさ!普通はさ!王を一人っきりにしないよね?
お前、主君が席をはずせって言ってるけど王を守る剣も盾も無い状況で席を外すなんてことあってはならないよね?っと、石を込めて侍女に視線を向けると、目が合うが、眉間に小さく皺をよせお前なんて認めないと言わんばかりに睨みつけられてから、一応、目が合ったので私に向けて軽く会釈をしてから、無言で下がっていくんだけど?
何でそんなに敵意丸出しなの?
絶対に良く思われてないよね?
この状況って私が望んだ結果じゃないからね?
夜に尋ねてこいなんて言ってないからね?
完全にお前の主君が望んだ絵図だからね?
侍女がワゴンを押しながら部屋を出ていく、その後ろ姿を恨めしそうに見つめながら見送る、最後の最後、ドアを閉める時に此方が見えているはずなのに完全に無視される。
最後の最後まで徹頭徹尾、私に敵意を向けてくるわ、叔母様との会話で傷心中だわ、こいつと二人っきりかぁっと、連続で気分が悪くなる出来事が重なって行き、気が滅入ってくるのを感じ、少しでも潤いを…救いを求めて泥の奥へと意識を向けると静かだった。
起きて様子を伺ってくれてても良くない?本当に私の事愛してるの?
もう一度、泥の奥へと意識を向けるが何一つ、反応が返ってこないんですけどぉ?
静寂な世界から顔を出すと一気に苛立ちが押し寄せてくる。
旦那のそういった信頼の寄せ方は嫌いかな!!
私がこいつに何かされるなんて微塵も想っていないって信用してるんだろうけどさ!
違うじゃん!乙女としては心配して欲しいんだけどなぁ!!
ったく、私の旦那は女心がわかってない!!わがってない!!がるるる!!
不機嫌だというのを隠すことなく、不機嫌オーラ全開で用意された紅茶が入ったカップを手に取ると豊潤な香りが鼻を通り抜けていき、蜂蜜の香りも僅かに感じる。香りに誘われるように一口含んでみると…
賞賛せざるを得なかった、自分でもわかっている悲しいサガ。
仕事をしっかりとする人を嫌いになれない。
故に…不機嫌なオーラが体から自然と消えてしまい、この状況を受け入れようしている自分に呆れてしまう。
ふぅん?流石は王様直属の侍女、やるじゃん?メイドちゃんよりも淹れるのうめぇじゃん…
その手腕、認めやんよ…今度、懐柔を試みて、懐柔出来たら、メイドちゃんに紅茶の淹れ方を教えてくれないか相談してみよう。
満足気に紅茶の香りを堪能していると
「美味いだろ?その香りの前では斜に構えるのも辛かろう?どうだ?少しは機嫌が治ったか?そこにある菓子も好きにして構わんぞ、俺の許可なく手に取るがよい、ああ、俺の分は気にするな、菓子は口に合わん」
…その言いぶりだとさぁ、紅茶も、焼き菓子も、全部…私の為に用意したってことになるじゃん。
急いで、泥の奥へと意識を向けるが起きてくる気配がない!
いいの!?この状況を許しちゃってもいいの!?
めちゃくちゃ口説こうと、私のポイントを稼ごうと他の男がやってきてんだよ!?
警戒しないの!?嫉妬しねぇの!?
泥の奥から何か反応があるか待ってみるが…乙女心の望む結果には何一つ応えてくれない。
くそがぁ、、、
湧き上がる苛立ちを誤魔化さんと、用意された焼き菓子を一つ手に取り一欠けら齧ってみると、口の中がご機嫌になる。
これまた…しっかりと茶葉に合わせて!私の好みを熟知しているのか程よい甘みにバターの香り!美味しいなぁ!っていうか、あれ?これ焼きたてじゃね?ほんのり暖かい…
ってことは、ここの厨房でも借りて、焼き菓子を焼き終えてからきたってこと?
前もって王都から持ってきた焼き菓子ではなく、完全に私の好みに合わせて…
その配慮に懐柔されそうだと心が揺らいでしまう。この状況を完全に受け入れてしまいそう!!
…っぐぅ、ちゃんとしてんじゃん。口説く気満々ですか?
今まで私に迫ってきた糞共と比べてちゃ~んと相手のことを想って色々と下準備して機嫌を取ろうとする辺り超好印象なんだけど…これが初対面だったら、ちょっと危なかったかもな!
おあいにく様!私には愛する旦那がいますから!そもそも!最初の印象が最悪すぎて、そういう目で見れないんだよね。どんなに頑張って歩み寄ろうとしても、悪いけれど、お前は軽々と足を踏み外して外道の道を歩くことに対して抵抗が無い。
誰よりも外道の素質があるのを、私は知っちゃってるんだよね。
だから、私がお前を許すことは永遠にない。
…それを見透かされているからこそ、旦那は静観、もしくは寝てるんだろうなぁ。
それでも、乙女心としては傍にいて手を握っててほしい。
求める様にスカートを握りしめていると、私ではなく、私の向こう側?何処を見ているのか視線の先に何があるのか、考えてみると、窓がある。窓でも見ているの?何で?
「思っていたよりも、夜も更けてしまったか、俺の時間も余りないのでな、お前にとって残念極まるが、悪いな長居をするつもりは無い。回りくどいのは無しだ、策を進言する許可を与える」
窓、その先にある月の傾きでも見ていたのかな?
視線が何を見ていたのかわかったのは良しとして、ここに来たのは、そっちがメインってことね。
こいつとしては、時間があれば雑談もするつもりだったのだろうけれど、想定外として先客が居た、その想定外の人物が人物なだけに割って入るわけにもいかなかった、話題が落ち着くのを見計らっていたら思っていた以上に時間を削られたって感じかな?
私とNo2との関係性は宰相から聞いてそうだし、意外と、人の事を考えられるのか?こいつ…
まぁいいや、そんなどうでもいいこと、今は質問に応えるのが先決だよね!
用事が終われば帰るだろうしね!
包み隠さず答えて帰ってもらおうと、相手が王であろうと取り繕うことなく真っすぐに答える。
「策ってのは、この戦いを終わらせる策だよね?悪いけれど、必勝の策なんて無いよ」
そもそもさ、お前が、今回の戦いに参加するってのが想定外なんだよな。
今代の私も完全に想定外だろうから、お前の分まで装備を用意してないんだわ
真っすぐな物言いに、腹を立てたのか、眉間に小さな皺が出来ている。
「解せぬな、お前が策を講じぬ?」
っと、思っていたら?苛立つような雰囲気を言葉から感じること無く。
眉間に小さな皺を寄せたまま、顎を親指で人撫でし呟きながら思考を整理している
「…明かせぬ理由でもある、ふむ、隠者の類?相手は獣ぞ?」
思考を回転させていっているのが伝わってくる。
こいつってさ、地頭がそりゃぁもう良い方だからね、僅かな情報で答えに辿り着きそうで、やだなぁ…確信を突いた質問してきたらどうやってはぐらかそうか、考えておかねぇと。
終わったと思った腹芸をここでも行わないといけないのかと、心の中でため息を吐き捨てていると
「っふ、宜なるかな、わかった。策があればそれに合わせて騎士団共を訓練するべきかと、気苦労だったっというわけか。信じているぞ聖女」
眉間の皺を解き、顎に触れていた指先が顎から離れ紅茶が注がれたカップへと移動する。
そのまま、優雅にカップを持ち上げ口に近づけ僅かに傾ける。
小指でも立ててきたらからかってやろうかと思ったら人差し指と親指でしっかりと摘まむようにカップを持ち上げて、綺麗に小指も折りたたんでいる。
優雅に綺麗に、完璧な仕草で紅茶を飲んでいる、文句の付け所もが無い丁寧な所作です事…
紅茶を口に含みながら此方に向けて一度だけ視線を向けてきた?なに?余裕あるじゃん。
策をあてにしてきたのかと思っていたんだけど、策が無くても余裕の姿勢。
つまるところ、こいつはしっかりと覚悟を決めている。
そう感じさせるほどに余裕がある、死を恐れていない、ううん、もう、こいつは、自分が死んでも良いと死を受け入れている、その境地に…心構えだけなら戦士の頂に立ってるってことか。
その仕草、佇まい、溢れる気品…大きな違いに同一人物なのか疑ってしまう。
私の記憶、最後に見たあいつと、こいつは…違うんだね。
歩んできた道が違うだけで、こんなにも人は変化するのか…
内心、驚きつつも、僅かにこいつに対して興味を抱いてしまった事への嫌悪感を隠すことなく
「おあいにく様、私は聖女じゃないよ。知ってるでしょ?教会の人間じゃないって」
悪態をついたとしても、相手は動じる事も無く、私のこの態度に慣れた素振りを見せてくる。
「ああ、そうだであったな、聖女の片割れっというのも表現としては不適切か、忘れ形見、秘匿されし、っという表現は間違いか?王と言えど万能ではない、俺には吟遊詩人のような才は無いな」
くくっと、独り笑ってる…傍から見たら陰謀を企てている悪人にしかみえねぇ…人相悪いよね、こいつ。
独りで会話が成立しご満悦であれば、私が居る必要も無し!更には要件も終わったみたいだし!
「用が無いのなら帰れよ」
「用は無くなった、っが、しばし付き合え、王である俺が足運んだのだ、直ぐに部屋を出るなど、あってはならない、この言葉の意味、賢いお前ならわかるだろう?」
言わんとすることはわかるけどさ、今馬鹿にした?賢いが卑しいに聞こえた気がするんだが?




