Cadenza ⑤
ユウキくんが大切な妹を救わないなんてありえない、でも…
私を救う為?ううん違う…人類に未来を与えるためにユウキくんは天秤にかけたんだ。
私かユキさん、何方が人類を未来へと繋げることが出来るのか、非情に冷酷に冷徹に判断を下し内に秘め続けたんだ。
彼の決意が私の心を締め付ける、痛い程に。
そんなの選べないよ常人じゃその決意に辿り着いたとしても実行に移せない
…その選択肢を選ぶっという決意に辿り着いた彼だって辛いに決まっている。
でも、それをこの子達に伝えたとしても…理解してくれるとは、思えれない。
だって、彼らはユキさんの事が大好きだから?
うん、そうだよ、こうやって身を挺してでも守りたいと思う程に、ユキさんの事が好きなんだよ
お互いが何を願い、何を想っているのか…
何方も、正当な理由がある、引いてはいけない譲ってはいけないことなんだ。
それを…ユウキくんは彼らに相談することなく実行しようとした。
彼らからすれば、ユウキくんのことを、愛する人を奪おうとした悪人としか思えれない。
握り続けている手の中では小さな少年の手がソワソワと動いている。
どうしたらいいのか、判断が付かないのかな?私に対しては敵意が無いの、かな?
「ねぇ、君たちはユキさんを助けたい?」
「当たり前!」
背けていた顔を此方に向け目が合う、金色の瞳から伝わってくる。
目に力が宿っているのが伝わってくる。とても真剣な瞳
幼い体なのに…その瞳からは、誰よりも力強く決意を感じる。
「それじゃ、おねえ…ママに任せてよ」
握りしめた手をもう一度、優しく包み込むようにし、真っすぐに少年の瞳を見つめる
「だ、ぅ…ママは、ユキを助けれるの?あいつから、守ってくれるの?」
あいつ?…恐らくはユキさんを道具として扱っているやつのこと、かな?
考えるまでも無い、やっぱりあいつか、あいつは生きている。
「うん、今度は負けない、絶対にあいつを倒してユキを…ううん、世界中の人を助けて見せるんだから」
真っすぐに応えてみたけれど、少年は口を尖らせ
「で、も、ママ、負けた、じゃん」
消え入りそうな声で反論してくる。
痛いとこ突くなぁ、そうだよね、ユウキくんと繋がったときに君たちも私達の敗北した記憶を見ているよね。
失敗っという実績が山ほどある、それを見られてるとなぁ…ここは感情で押し通す!
「大丈夫!ママが強いのは知ってるよね?次は絶対に負けない、その為の策もある」
力強く金色の瞳を見つめ手に力を込める
「…うん、そうだね、そうだよね。ママは強い、僕達よりも…でも僕だって!」
熱意が伝わったのか、力強く見つめ返してくる。
その瞳には少年とは思えれない程の熱量と心の力を感じる。
その熱量から積み重ねてくる彼の歩んできた道のり。
きっと、今の今まで…
彼なりに一生懸命、必死にユキさんを守ってくれていたのだと伝わってくる。
誰にも褒められることなく、誰かに押し付けられたわけでもなく、自発的に…
それってさ、彼の事を子供として扱うのは違う気がする。
自分から動いて自分がしたいこと、使命を見つけて何年も実行し続けるってのはさ、子供じゃない、誰かの為に戦うことが出来る大人、だよね。
彼が大人へと一歩進む為にも、その行いを認め褒めてあげるべき、だよね。
子供を導いたことが無いがゆえに、こういう時、どうすればいいのか自信が無い。
だからといって、迷うわけにもいかない!
「うん、そうだよね、君も強いよ、誰でも出来る事じゃない、長い間、よく頑張りました」
微笑みを彼に向け何度も頷き彼を…彼らを認め続ける
「君は、ううん、君たちはユキさんの騎士だよ、守ってくれてありがとう、そして、これからもユキさんの騎士でいてくれる?」
彼らの功績を称えると満足そうな笑顔を向けてくれる
「…うん、僕たちは!ユキの騎士だ!妖精だけど騎士だ!僕達だって何時までも子供のままじゃない!ユキを守れる大人になるんだ!!」
瞬時に少年の背中に一対の翅が飛び出してくる、とても綺麗な金色の光を放つ翅を
「それじゃ、騎士様、君たちが守る姫様を私に診させてくれるかな?」
大勢の騎士達が頷き、道を…開けてくれる。
彼らの後ろには…とても小さな女の子が膝を抱える様に座り虚ろな瞳で天を見上げて時折、手を伸ばしては下ろしを繰り返している。
まるで、何かに縋ろうと手を伸ばしている。
彼らの見守られながら虚ろな少女に近づき
天に向かって伸ばされている手を握りしめ
「ゆきさ…」
名前を呼ぼうした、でも、目の前の女の子は…ユキさんではない、名前を失った少女
「ねぇ、君はだぁれ?」
顔を覗き込む、視界に私が映っていないのか反応が返ってこない。
言葉が通じないのであれば、強引にでも前へ進ませてもらうね。
ごめん、ユウキくん、魔力使うね
魂の同調…これにより、今よりも、もっと、より深く…精神をユキさんに重ねる!!!
握った手を通して私の魔力と彼女の魔力を織り交ぜ意識を重ねると魂の同調を発動させるのと同時に一つの瞳から歌が聞こえてくる。歌ってくれる瞳が道を示してくれる。
…そうだね!私だったら!その先へ進む道しるべとなってくれるよね!!
過去に深く、ふかく…ユウキくんを通してユキさんと繋がった私がいる!
その私なら道を知っている!一度歩いた道をもう一度歩く方が確実!
私の前を先導する様に歌を歌いながら歩む影に導かれるように進んでいく。
深くふかくふか…く…
始めに気が付いたのは音
聞きなれない音
音が、きこえる、ききなれない、音。
ピ、ピっと聞こえる?楽器じゃない、不思議な音
音の後に視覚からも情報が流れ込んでいることに気が付くが
ぼやけた視界
視覚からは何も得られない程に
朧げ
音と視覚から今が何処で何が起きているのか何もわからない。
少しでも情報を得るために唯一、伝わってくる情報
音に集中する。
音に集中していると、誰かの声が聞こえてくる。
「今日は──えた?」
ゆっくりと視界が上下に動く
「──んどそうね、薬があって──ないのか──ら」
ゆっくりと視界が閉ざされていく
視界が動いたと思ったら直ぐに閉じてしまった。
声が聞こえたけれど、何の会話だったのか、何もわからない。
そもそも、この状況で何かを得るのは難しいのかもしれない、何か干渉できるわけでもない。
だって、ここは記録された場所だから、これは記録、ただの記録だもの…
何度も自分に言い聞かせ、予想外の状況に嫌な予感が心に波をうつ、瞬時に乱れた心を平穏に保とうとする。
心を保っていると記録が次へ進む
ゆっくりと視界が開かれていく。
次こそは視界から情報を得られるのかと期待してみたけれど
変わることなく、ぼやけた視界
ただ、先ほどと違って今回は体を動かそうとしているのが伝わってくる。
何処かに歩くのかもしれないと待ち続けてみる、だけど…
動かそうと意識が向けられているのは体の一部、僅かな一か所だけ。
何か探す様に手を動かしている
全神経を集中させて手を動かすだけなのに痛み・感じたことのない疲労が頭の中を支配していく。
苦痛に心が折れそうになりながらも手を動かそうとしている。
手と言っても、動かしているのは手首から先だけ…
何を探しているのかわからないけれど、今すぐに駆けつけて探している物を手に取り渡してあげたい。
何かを見つけたのか手首の動きが止まり指先を動かしている
指先が何かをしたのか朧げな視界に光が走る…眩しいと感じたのも一瞬だけ、直ぐになれたみたい
その光に頭の中が喜んでいるのだと伝わってくる。
その、光があると、落ち着くのだろうか?
それに、光だけじゃない、音が聞こえてくる?何処からだろうか?
音の出どころを探ってみる、探ってみたけれど、はっきりとしない。
音が空間に乱反射しているからなのか、それとも…嫌な予想を押し込むが…思考が答えを導こうとする。
この体は音をはっかりと聞きとれていない
それでも、この体は…その音と光を求める様にしている。
ぼやけた視界に霞むような全てを必死に見つめようと聞こうとしている
音と光をぼんやりと見つめ続けている、この体を通して見える光はぼやけて見えない、音も水中に居るみたいで何の音なのかわからない。
この体の記録を眺めていると、どうやら長くは集中力が持たないのか、ぼやけた視界がゆっくりと閉ざされ、霞むような途切れ途切れの音も完全に聞こえなくなってしまう。
眠っているのか、起きているのか、よくわからない、思考が動いているのか動いていないのかわからない。
この体は言うまでも無く、ユキさんの体だと思うんだけど、名前を失った少女はどうし、て…
ここは、何処で、どうしてユキさんは…
ここに来る前にあった予想とは大きく違い過ぎた記録に嫌な予想がずっと胸を絞め続ける。
この先を受け止める為に心を強くもとう…
己の心を鼓舞し続けるために深呼吸を繰り返す、ここに私の体があるわけでもないのに。
唐突に視界が鮮明に開かれる?
音もぶつ切りじゃなくぼやけているような感じでもない
でも、水中で聞こえるような感じがするのは変わらないけれど、少し違う、例えるとすれば弓の弦がしっかりと調整できていない弓を引いて離したときのようなパチンと空を叩く様な音ではなく何かが揺れた程度のしまらない音のように聞こえる。
聞こえるのであれば、見えるのであれば、彼女の記録から得るものがあるはず!
神経を研ぎ澄まし、全てを受け止め記憶するために集中する
「調子はどうだい?」
「そうね、今日はよさそうよ」
頭を撫でられる、心地よく感じている。
目の前の男性に心を委ねているのだと伝わってくる
「薬の配分を少しだけ調整してみたの、はいこれ」
「そうか、さすがだね、目を通すよ」
目の前の男性が何かを受け取り視界から少し遠ざかっていく
ほんのわずかな距離ですら離れることに寂しいと感じているのが伝わってくる。
呼び止めたいのか
「ま、まのおかげ?」
必死に声を出しては見たが、聞こえていないのか振り返ってくれることが無い。
縋る様に離れて行かないでと心は強く願っているのに届かない。
少し離れた場所で女性に腕を叩かれた男性が
「そうだとも、お母さんは名医だからな」
一瞬だけ此方を見て作り笑顔を向けてくれる。
その笑顔を見て辛いという感情が思考を埋め尽くそうとする。
その笑顔を見るのがこの子は辛いんだね…
そんな笑顔よりも傍に居て手を握って頭を撫でて欲しいんだね、ずっとこの子から伝わってくる。
手を伸ばしたいのに手が動かない辛い痛みが
「・・・痛くない?」
悲しそうな顔をした女性が覗き込んでくる
目の前の女性に心配かけないようにこの体は必死に頬の筋肉を持ち上げようとしている?
そっか、笑顔を作ろうとしているんだね。
目の前にいる女性がこの体の…ユキさんのお母さんなんだね。
そして、少しだけ離れて資料を読んでいるのがユキさんのお父さん…
伝わってくる、悲しい気持ちが、寂しい気持ちが、苦しくて辛い、少しでもいいから傍に居て欲しいっという気持ちが溢れてくる。
傍に居て欲しいと目の前の女性に手を伸ばしたいのに体が動かない。
どうして、ここまで体が動かないのだろうか?
もしかしたら、薬の影響、かな?
意識は鮮明になったとしても、体が言う事を聞かない、薬が馴染んでいないあっていないってことじゃないの?専門的な分野じゃないからわからない、わからないけれど、彼女の為に何かしてあげたい、無駄だとわかっていても何か考えてあげたい。
出来る事なら、目の前の女性に伝えたい、伝えてあげたい、でも、出来るわけがない。
これは記憶だから、ユキさんが過ごした記録だから。
胸を締め付けてくる感情から目をそらさずに受け止め続けていると
悲しそうな顔の女性が目の前に近づいてきて、耳の近くで小さな音が聞こえるのと同時に頬に柔らかいモノが触れたと感じる。その瞬間、頭の中を埋め尽くしていた悲しい感情が消えていく。
安心、した、のかな?心が落ち着いていくのを感じる。
自分の願いが満たされたからなのか、薬の効果が切れてきたのか、唐突に視界がぼやけ、視野が狭くなっていく。
薄れていく意識、その中でも聞こえてくる音…彼らは何を話しているのか知りたい。
「この──り──か───」
「ダメ─きて─聞こえる──」
この、くすりなのか、だいじょうぶか?
だめ、おきてるきこえるでしょ?
僅かな言葉、そこから導き出せる答えに小さな苛立ちを感じてしまう。
そっか、相当きつめの薬ってこと?ダメじゃん、本人の前でそんな事、迂闊に。
言葉の内容と裏腹に彼女の心は落ち着いている。
何時もよりも体に痛みが無いのか、二人に見守られているからなのか心はとても穏やか。
満たされるように安らかに…
ゆっくりと視界がとざされていく
私もその感情に一安心してしまう。
ユキさんの家族は険悪ってわけでもなく、全員が心を通わせ愛を持って寄り添ってくれている。




