おまけ 姦しい奥様達 ⑧
いけないわね、姫ちゃんが人形のように作られたような美しさと儚さを兼ね揃えているから、つい、乙女ちゃんにも同じように重ねてしまったわね。
乙女ちゃんの様子をもう一度、見直すと
「・・・」
口を震わせて此方を見つめ続けている、視線も右往左往している。
どんな言葉から始めたらいいのか、探しているってところかしら?
言葉を選んでいる時点ってところね、乙女ちゃん自身も混乱しているって事よね。
「さっきの会話の流れ、女将だけじゃなく、あの場で…」
貴女と女将が一緒に来た時点で小さな予感を感じてはいたのよ。
いいえ、そもそもね、あの女将のやつが相談してきた時点で、カジカのやつが相談しにくる可能性もあるでしょうねってね。
まさか、本当になるとはね…
これで確信が言ったわね、姫ちゃんを助けるために集まった人達は姫ちゃんの歩んできた道を見てしまった。
私も知らない世界を…少し羨ましいって思ってしまったのは、独占欲かしら?それとも嫉妬?
ふふ、両方かしら、ね。
この言葉の意味を…本当の意味を知った
『魔力は心、心は魔力』
そういうことでしょう?姫ちゃん。
「あの場に居た人物全員が、姫ちゃんと繋がった、団長を通して、姫ちゃんと繋がった可能性がある、この意味が何を意味するのか…わかるかしら?」
首を横に振りつづける、小さく震える様に
詳しくは聞かされていないってことかしら?
「これは、仮説よ?あくまでも仮説…の前に、絶対に他言無用、良いわね?」
小さく震えながらも縦に首を振っている。手に湿らせた美容液を握りしめながら。
「もちろん、あのば…貴女の旦那にもよ?彼には私から…いいえ、恐らく姫ちゃんがこのことを知ったら伝えるでしょうね、もしくは、あの馬鹿が縋りつきにいくかもね」
一瞬だけ眉間に皺をよせ悲しそうな顔をしたと思ったら、直ぐに力強く表情を引き締めるために小さく深呼吸をしてから頷き、此方を見つめてくる。
瞳に力が宿っているのを感じる。
動揺から脱することが出来た、彼女であれば言葉の意味をしっかりと受け止め切れるでしょうね…そう信じ話しましょう。何度も聞いてませんでしたは嫌よ?
姫ちゃんと長年過ごした日々、そこで得られた仮説がある。
最初は、何かの啓示かと思ったのよね、ほら?姫ちゃんってさ、伝説の聖女様、伝承そのものとしか思えれない程に近しかったじゃない?
そんな人物だからこそ得られた神の啓示ではないかってね。
私が、騎士様を一度とはいえ救うことが出来た、それと同じ、神の御業か何かが姫ちゃんの身に起こったんじゃないかってね、思ったことがあるのよ。
でも、姫ちゃんと過ごしていくと、時折ね、不思議な雰囲気を纏っている姫ちゃんと会うことがあるのよ。
彼女と何度も会っていると、これは、神の御業ではなく、何かしらの人為的な何かでないかって悟ったのよ。
神の啓示であれば、彼女が苦しむ夢から解放されるはずだもの…
辿り着いた仮説は、真実であると私は思い続けている、でも、姫ちゃんが全てを打ち明けてくれるまでは…仮説としておきたかったのよ。
私の中で黙っているもう一人の私がこのことに関してだけは何も言わないのがその証拠。
時を待てってことよね。
あの子が隠している全てを受け止める覚悟何てね、私はとうの昔から出来ている。
私だって…私だって、あの子が歩んだ心取り乱すほどの悲しみと絶望の道を…一緒に分かち合う様に歩んであげたいと何時だって想っている。
私も同じ苦しみを味わい乗り越えたからこそ
悲しみは、分け合う事で…苦しみが減るのよ。
私と女将、いいえ、街中の人達が騎士様の死を乗り越えたように。
私達は繋がれる、悲しみを分けちあうことが出来る。
だから、姫ちゃんが私に寄り添ってくれるのを待ち続けている。
私の覚悟もしっかりと根付いているのを感じてから、喉を震わせる。
「まず、聞いて欲しい事、前提として…姫ちゃんはね…何度も死んでるの」
余りにも吹っ飛んだワードに首を傾げるのだろうかと思っていたら
真剣な瞳で此方を見続け、薄っすらと、涙を浮かべている。
「信じてくれるの?」
「しんじます、愛する旦那、尊敬する先輩、姉弟子である粉砕さん、その三人が同じようなことをおっしゃります。信じます、疑うわけがないです、カジカが震えながらこう語ってくれました」
浮かべた涙がゆっくりと流れ落ちたとしても拭うことなく言葉が続けられていく…
旦那が見た夢を…縋るように語った全てを…
まだまだ若かったころ、街の運命を握るであろう大事な任務に挑むことになったのである。
吾輩だって死にたくはなかった、でも、吾輩以外でその任務を全うすることが出来る人物がいなかったのである。
吾輩だって、出来る事ならその任務に赴きたくなかったのである、愛する人と別れも告げずに死ぬわけにはいかないのである。
命がけで必死に…息を殺し、持てる技能全てを使い死の大地を進んだ、だが…ふとした迷いなのか、今の吾輩であれば気が付くことでも、その時の吾輩は気が付かず獣の群れに襲われ死んだ。
次の夢も最悪なのである、王都で異変が起きていると姫様が言う、吾輩達はそんなことあるわけがないと思っていたのであるが、王都の上空で見たことのない見るだけで全身が凍り付きそうなモノが浮かんでいたのを目撃したのである。
吾輩は王都に着くと必死に愛する家族のもとへと走り出したのである…
思い出すだけで怒りが込み上げてくるのである、最愛の家族を殺され、更には自分も尊敬する戦士長に殺されたのであるから…その殺し方も騎士道から大きくかけ離れているのである。
あれは、尊敬する戦士長の姿を象った別者である、叶うのであれば戦士長を語り吾輩の家族を手に賭けた者を切り殺したいのである。
他にも、吾輩を含め街中の皆が狂い、狂った皆が我らの司令官候補となる姫様を串刺しにし、未来が死んだのである。
街に人型が侵入したという知らせを受け、急いで街に帰還すると、街の皆が獣を討ちとったと叫んでいたのである、その声に吾輩は安堵し集団の中に近づいたのである、だが、打ち取った獲物だという場所に居たのは我らが敬愛する姫様だったのである
ある夢では、姫様が街を守る為、地下で研究を続け起死回生の研究を我が身を犠牲にしてまで地下に籠り研究を続けてくれているのである。
吾輩達は獣共を蹂躙するために研究し続けている人類最高の英知を守るために自分達が持てる全てを使って異形なりし獣に挑み・・・死んだ
最後の夢では、吾輩の肩の荷は下り、あの頃のように…戦士長に全てを任せ姉弟子である粉砕と共に行動を共にすることが多かったのである。
それが許されたのも、偉大なりし戦士長の息子、彼が全てを背負ってくれたのである。
死の大地から獣共を一掃するための聖戦と呼ばれる闘い、幾度となく死の大地を駆け、此方が不利な状況に陥ったとしても姫様と戦士長であればこの状況を打破してくれると信じ…彼の帰還を持ち望みながら門を今にも破ろうとする敵と戦い続けたのである。
吾輩達、戦士達の願いは虚しく、戦士長も、姫様も、王国の剣も姿を見せることが無かったのである。
最後の最後まで足掻き、戦いの末、吾輩の意識が事切れる寸前…
吾輩は奇跡を見たのである。
垂れ下がった視界に見たことのない槍を持った少女が姿を見せ少女に優しく肩を叩かれ、前を見てと言われたので垂れ下がった頭を最後の力を振り絞り前へ向けると、そこには希望があったのである。
最後に見た世界は真っ白だった、眼前に迫りくる獣共が瞬時に消え、少女と小さき少年が奥へと…死の大地の奥へと旅立つのを見送り、二度と開かない瞼を閉じたのである。
この夢は最後に希望があるのだと、安らかに眠る様に吾輩は死んだのである。
語ってくれた愛する旦那の様子を思い出していたのか、その悲しみを背負いきれていないのか小さく震えている。
相手の事を受け止める感受性が乙女ちゃんは豊かなのね、時代が時代であれば、芸術の方に才があったのかもしれないわね。
「私の腕の中で震えながら語ってくれました」
「そう…辛かったわね」
疎い私でも彼女の語りで震えてしまいそうになる。
何故なら、正直に言って女将から相談されたとき軽く受け止めていた。
死ぬ記憶と言ってもそこまで鮮明だとは思わなかった、誰かの語りを聞いて更に自分の中で飲み込んでからの語りだというのに乙女ちゃんの語りからはその状況が細部まで伝わってくるようだった。
女将の話を聞いても軽く受け止め過ぎていたわね、所詮は欠片、夢で見れる範囲、飛び飛びで何処か遠から自分らしき人物が死ぬのを見続けている、それくらいのモノだと勝手に決めつけていた。
想像を超えていた、女将のやつも同じように何度も何度も死を経験したのかもしれない。
だとすれば、あいつのあの震えようも納得ね。
医療に携わる者として、良くないわね、反省しましょう。
はぁっと心の中でため息を吐き溢し気持ちを切り替えていく
されど、しこりが、心の蟠りが顔をだしあの時の私は最良をベストを尽くしたのかとしかめっ面で睨んでくる。
姫ちゃんが取り乱したとき、私は彼女を抱きしめるだけしか出来なかった、頭を撫で背中を優しく叩き、抱きしめ続けてきた。それしか出来なかった…それしかしなかった…
過去を振り返りもう少し何かやりようがあったんじゃないかっていうのは永遠に私に圧し掛かってくる。そんな情けない私に向けて奥底から溜息が聞こえてくる意識を向けると睨まれてしまう、油断すると今にも意識を持って行くぞと言わんばかりに。
わかってるわよ、心を強く持て、そう言いたいんでしょ?
心を強く、姫ちゃんに言い聞かせてきた言葉。それを自分に向ける。
貴女のおかげで悲しみに引っ張られなくなったわ、ありがとうね。
冷静に、先の話を思い返すと、当時の姫ちゃんが取り乱してしまうのも納得してしまう。
幼いころから冷静で落ち着きがあり何処か芯のある、あの姫ちゃんが取り乱すのも…無理がないわね、恐らく私が想像していた以上に辛かったでしょう。
それなのに、あの子は何時しか立ち直り気丈に何もなかったかのように振舞っていた。
絶望的な経験を何度も経験してきたのに、前を向き歩き続けてきた。
私では絶対に耐えられない、私は誰かを失うのも嫌、私自身が死ぬのもごめんね。
誰だって死というものには向き合いきれない。
あの子の精神はどうなっているのか、私なんかじゃ想像する事すら出来ないわね。
私の想像、その上を、もっと上を、もっともっと上を…あの子は見せてくれた、見せ続けてくれた。
姫ちゃんは私が支えてくれたといつも言ってくれるけれど、私も姫ちゃんに何度も支えてもらっていた。なのにね…そんな、あの子を、私は、一瞬たりとも…天秤にかけた、かけてしまった。
ダメね、私は…私は弱い。弱くなってしまった。
スピカという最愛を、念願の夢が叶い、私は弱くなってしまったのかもしれない。
内なる私が何を言おうが、意識を刈り取られようが絶対に抵抗してみせる。
私は…スピカの母である前に、あの子のお母さんなのよ!
僅かな自問自答、あの子が目を覚ましてから何処か、浮ついていた自分を見つめなおすことが出来た。
「ありがとう」
その事に気づかせてくれて心配そうに此方を見つめ続け私が動くのを待ち続けてくれていた乙女ちゃんの手を握ると、これには照れくさそうに首を傾げられてしまった。
確かにね、唐突過ぎたわよね、普通は先の厳しい話に対してどうしたらいいのかって返答を待っていたでしょうからね、その反応は正しいわ。
こういうところがダメなのよね私って、完全に自己完結、独りよがりと言われたらその通りだもの。
手を離し「こほん」軽く咳ばらいをし真剣な表情として医者の顔を出すと乙女ちゃんも真剣に此方に視線を合わせてくれる。
「辛い事を語らせてしまったわね、お陰で、私もこの先どうするべきか動くためのきっかけを得ることが出来たわ、もう一度、お礼を言わせて、ありがとう」
先のお礼がどういう意味なのか伝えると静かに頷いてくれる。
「先の話を聞いて私が出来る助言なんてたかがしれている、今、貴女が出来ることは彼の心の拠り所として傍で支え続ける事、愛が一番の処方箋ってわけよ、昨夜、かしら?貴女が彼の話に耳を傾け寄り添い続けた、夫婦として出来る事としたら最善じゃないかしら?」
驚きの返答だったのか、少し照れくさそうにしている。
「恐らくね、女将やベテランのやつと同じく絶望の夢を見ている人がいるでしょうから、その人達を見つけたら教えて欲しいのよ、中には独りで抱え込んでいる人もいるかもしれない、医療班としては見過ごせないわね」
静かに頷いてくれる、きっと彼女なら愛する旦那と一緒に方々を駆け回ってくれるでしょう。
「此方もある程度の睡眠薬と精神をリラックスさせる薬と、後は…」
気付け薬は…必要かもしれないわね。
問題があるとすれば、先輩がその薬を用意している私を見たら勘違いしそうね。
なので、予め相談しておいた方がいいわよね。
「さて、医者としては解決策を提示するべきなのでしょうけれど、今回に関しては私だけではどうしようもないのよ、姫ちゃんに服を届けるついでに色々と相談してくるわね」
小さく頷き向けられた視線が昔の頃と変わらない、頼れる先輩として踏ん張りどころってわけね。
「取り合えず、今はお肌の手入れでもしましょう」
「はい」
柔らかい返事に此方もつい笑みを浮かべてしまう。
切り替えの早い乙女ちゃんと他愛の無い会話をしながら肌の手入れを続けていく。
気が付けば、フェイスマッサージの仕方から、お肌に良い食材などを熱く語ってしまっていた。
「勉強になりました先輩!」
目を輝かせながら手を振って大浴場から出ていく乙女ちゃんを見送ってから、姫ちゃんの服が入ったカバンを手に持ち姫ちゃんが居るであろう病室へ向かう。
今頃は本でも読んで穏やかに過ごしているでしょうね。
その平穏を崩してしまうのは申し訳ないけれど、立ち止まっていられる程、私達に時間は無いのでしょうね。




