奥様達の思い出話 ①
あの子の好きそうな服を片手に持ちながら、部屋を出て向かう先はあの子が独り立ちした後も何も変化が無く変わることのない私の部屋。
部屋に入って見回しても何も変化なんて…あるわね、ここ数日の張り詰めた状況で部屋の中も張り詰めた状態じゃないの、姫ちゃんに片付けなさい片付けなさいって言い続けておいてこの体たらく、今部屋にあの子が来たら鼻で笑って人の事いえないじゃんって囁かれそうね。
スピカの着替えなどは予め病棟に置いてあるから持って行く必要も無し。
ここに来た用事はこの窮屈な白衣を脱ぐためよ。
普段着に着替えようとスウェットに手を伸ばした刹那、内側から声を掛けられたような
何かしら?今この服を選ぶのは間違っているという事を言いたいのかしら?
直感に近い何か?…それとも?何か私に言いたいことあるの?っと呼びかけて見るが無反応…
念のためにこれから寝る間での間にする予定を思い返してみる
これから、お風呂に入って、食事を済ませてから、姫ちゃんが居るであろう病室へ出向いて、着替えを姫ちゃんに渡すか、病室に居なかったら机の上にでも置いて置けば小娘が整理整頓するわね。
その後は、確か…予定として隣の病室を開けてあるのよ、それも、二人部屋の病室をね。
そこで姫ちゃんに何かあれば直ぐにでも駆けつけれるように待機するってだけよね?特に外を歩く予定がない、はずよ、ね?
なら、別に、私がスウェットで過ごしても何も問題なんて無いわよね?それに、今更じゃないかしら?私がスウェットで街をうろつくなんて?別に誰かに見られて、咎められたり、幻滅され…幻滅?美しくない?淑女として?…
思い当たる人物がいる、あまりだらしない恰好を見せてはいけない人物がいる。
いま、この手に持っているスウェットは何度も何度も来ているからしょうしょう毛玉が出来ているし、ゴムも緩んで弛んでいる…
そんな姿を?お義父様に見られても良いのかって事?っかしら?
スウェットを手に取り想像する、これを着た状態でお義父様に会ってしまったら、どんな反応するのか?
…良い反応が返ってくるとは思えれない
そうよ、滅多にお会いしないから完全に失念していたわね、お義父様の目が何処にあるのかわからないから、きちんとした服装で過ごすべき、っということを忠告してくれたわけね!?
後は…そうね、そうよね、今この街には、王都が騎士団、多くの貴族が来ている、であれば、よね。
実家と袂を分かったとしても、私は一応、貴族の血筋、側室だとしても、実家に白い眼を向けさせるわけにはいかないわね。っというか、お父様の本妻、その血筋が来て居る可能性もあるじゃないの。
だとしたら、彼らがいる間くらいはキチンとした服装を心がける様にしないといけない、淑女として側室として生きてきた血筋から下りてきた直感ね!
だとすれば、こういう時の直感は正しいのよ。
後は寝るだけだとしても、この街の幹部として医療班のNo2として皆のお手本となるべく、正装を心がけるのであれば
手に持っているスウェットをベッドの上に放り投げ、クローゼットを開けて医療班として正しい正装を手に取る。
直感が求める正解はこれよね。
ロングコートの白衣にブラウス、それと、ロングスカートってところかしら?
ロングスカートを手に取った瞬間、医療班としての私が姫ちゃんの事を考えると選択肢を間違えていると首を横に振られてしまう。
そうよね、ロングスカートだと介護しにくいわね、動きやすい服装を心がけるべきね、なら、スカートは止めてズボンでいいわね。
今日は普段よりも勘が冴えわたる、きっと、姫ちゃんを助け出せれたことによって心に余裕が産まれたからでしょうね。
この街がどれだけ攻め込まれたとしても、姫ちゃんがいれば、きっと。
愛する娘におんぶに抱っこで情けないと思う事なんて無く窮屈な白衣を脱いで普段通りの綺麗目な服へと着替える。
クローゼットの隅に置いてある移動用の鞄、その一つ掴み口を開け姫ちゃんに渡す服や私の寝巻などを皺にならないように(特に姫ちゃんの服に気を使いながら)入れてから大浴場へと足を運ぶと、大浴場は時間的になのか人が少なく貸し切り状態に近かった。
時計を見ていないので正確な時間を知らないけれど、時折、誰もいないときがあるのよね。
大浴場を独り占めできる、この瞬間は優雅な気分になるのよね、大貴族に成ったみたいな気がしてね。
鼻歌を歌いながら上機嫌で体を洗い、湯船に近づきもう一度当たりを見渡してみても誰もいない。
珍しく誰も居ない湯船で足を伸ばし縁に頭を乗せ天井を眺め続ける、余りにも心地よい優雅な一時に時間が止まってしまったかのように感じていると
「お?先客がいたかと思ったらあんたかい」
ザブンっと大きな音と大きな波を生み出し、顔にまで波が押し寄せてくる
あまりにも優雅な一時で完全に意識を飛ばし過ぎていたわね、こんなでかいのが大浴場に来ていたのに気が付かないなんてね。
「珍しいわね、愛する旦那が待つ家に帰らなくていいの?」
もう少し大人しく入って欲しいわねっと意志を込めて岩よりも固い剛腕を叩くと
「それは、私がお誘いしたんです」
懐かしい声に釣られ天井から視線を外し、昔を思い出す音に視線を向けると湯気の奥から細身の女性が湯気から顔を出し近づいてくる。
お淑やかなその姿を見て懐かしいと感じる部分と、老けたわねっという声に出してはいけない感情が同時に湧き上がってくる。先ほどの大波があってよかったと思うなんてね。
「お久しぶりです先輩」
「お久しぶりね、来ていたのね」
報告では彼女が来ているとは聞いていた気がする、でも、ここで会うとは思ってもいなかった。
ベテランのやつと一緒に顔を出すと思っていたから。
懐かしい顔がお淑やかにゆっくりと隣に座る。
一連の動作が優雅で磨かれている、これぞまさに淑女と言わんばかりに。
うんうん、さすがは貴族の娘、お淑やかね。
小さく頷いていると
「・・・」
隣に座ってから、こちらを爪先からてっ辺までチェックする様に見る、私はついつい懐かしい所作に心を潤わしていたけれど、私はただただ、湯船に浸かってるだけよ?何も珍しい事なんてない。
どうしたのかしら?
「・・・」
じーっとこっちを見て一言も…ああ、そうだったわね、乙女ちゃんは口下手というか、無口なのよね。武家の娘は口下手な人が多いのよね。乙女ちゃんになら裸を眺められても嫌な気にはならないからいいわよ。
かといって、このまま何も言わないのは少し違うわね。
「そちらも、愛する旦那と一緒じゃなくていいのかしら?この街の幹部として当然知ってるわよ?坊や、おっと、ベテランのやつが私室にちゃんと自分専用のお風呂を設けているわよ?」
仲睦まじく愛を深めなくてもいいのかしら?っと下卑た笑みを浮かべて見るが
「ぁ、はい、今は一緒の部屋で過ごしていますので、存じ上げています」
華やかな笑顔で返されてしまい、反省する、この子にそういうのはなしにしましょう。
昔のように二人の仲を応援する、見守る良き先輩として性根を切り替えましょう。
彼女の変わらない仕草によって昔の事を思い出してしまい、自然と笑みが零れてしまう。
ふふ、何時までも仲が宜しくていいわね。
「あたしも驚いたさぁね、まさか街に戻ってきてるなんてよ、外から帰ってきたらよ、閃光があたしを待っててくれていてねぇ、あたしを待ってたつーんだよ。あたしもさおめぇと一緒でよ、旦那のとこ行かなくていいのかって言ったさぁね」
「そのお心遣い嬉しいと思っています。折角この街に戻ってきたのに、先輩達に挨拶しないのも如何なのかと思いまして。その」
言葉を止めてちらっと此方を見てくる、ふふ、相も変わらず口下手ね、この瞬間に私を見ているってことは、医療班に用事がある、乙女ちゃんが医療班に用時なんてあるわけがない、その先を見ている。
「ベテランのやつから聞かされているのね、医療班としては、今は無意味な立ち入りを良しとしないってね、例外はないわよ?」
こくこくと頷いてくる、貴女が何を考えているのか知らないけれど、姫ちゃんに何用なのかしらね?
なんてね、大方、旦那関係でしょ?ったく、ベテランのやつは何を乙女ちゃんにお願いしたのやら?
「ですので、その、姉弟子である粉砕さんにその」「まぁ、あたいと閃光は、時折、王都であってたりするから別に挨拶なんて無くてもいいんじゃねぇかってあたいは思ったりするんだがよ」
乙女ちゃんの言葉を遮って、まったく貴女は。
女将の発言に対し首を横に小さく振りながら
「そ、そんなの、良くないです、先輩達に挨拶をしないっというのは」
「あのボケも同じ意見じゃねぇのかい?だとしたら、閃光は律儀さぁね、あたしは知らねぇけど、それが貴族として当然の行いなのかい?」
「そうね、貴族としてっであれば、目上の人に対して挨拶をするっということは正しい行為よ?でも、乙女ちゃんがこの街に来ているっと言うことは、貴族としてではないのでしょう?そこが貴女の良い所でもあるんでしょうけれど、悪い所でもあるわね。貴女、私たち以外に挨拶するつもり無かったでしょ?」
図星だったのか目線を逸らしたので頬を突いてやると、膨らませて抵抗してくる。
「自分と関係のある人以外、左程、興味がないっていうスタンスは変わらないのね」
「そういう、先輩こそ、変わらなすぎませんか?」
変わらなさ過ぎ?…何処が?って言い返したくなってしまう。
上目遣いで此方を見たと思ったら
「その、綺麗、すぎます」
頭から足先へと視線が流れ、先ほどの沈黙が何を意味するのか察してしまう。
「そりゃぁそうでしょう?私の著書、読んでいないのかしら?」
「あぁ、ぁ愛読ししてます!すご、凄くためになります!!」
「あたしゃ読んでないね!化粧液とか乳液とかってやつなんて!めんどうさぁね!!」
女将の女性としてあるまじき行動に乙女ちゃんが過剰に反応しぇぇ~っと驚いた顔をして「それなのに、粉砕さんは、お肌がきれい」じっと女将の肌を見て羨ましそうにしてるので
「本人はね、ああ言ってるけど、お肌の手入れとかは旦那がしてあげてるのよ、甲斐甲斐しくね。だから、あいつの肌は綺麗なのよ、旦那が丁寧に丹念に手入れしてるからよ」
秘密を教えてあげると、浴槽の水面が激しく揺れる
「っだ!なんで知ってんだおめぇ!って、あいつ…」
波しぶきを発生させた人物を見ると、薄っすらと頬を染め視線をそらし何かを睨んでいる。
今その事を指摘すればお湯のせいだとはぐらかすでしょうね。
ここで、畜産の旦那に要らぬ罪を被せてしまうのは良くないわね、夫婦仲を悪化させるような誤解は解いておくのが正解よ。
「旦那を睨むのは間違いね、情報の出どころは姫ちゃんと貴女の娘達よ」
「っば!?ぁ、そっか。あの子達ならいいさぁね、口止めなんてしなかったさぁね」
波を大きくたてながら腕を組むのは良いんだけど、まったく、隣に私が居るってのを気遣って欲しいわね。
っま、貴女とお風呂に入る時は何時だって波に揺られるのだから慣れてるわよ。
「・・・」
乙女ちゃんに波が届いていないのか視線を向けると、女将の方を見てるので
「羨ましい?」
その一言で何を想像したのか一気に顔を赤く染めそっぽを向かれてしまう。
あらあら、意外と?まだまだ初心な部分があるのね、夫婦となって何年目よ貴女?
顔真っ赤に染めた二人に挟まれていると若い頃を思い出してしまう、初心だった恋や愛に悩まされていた若い頃を。
ふふ、こうやって三人が揃うと、昔を思い出すわね。




