今代の私は… ⑥
クローゼットから出てベッドの方に視線を向けると、小さな寝息が聞こえてくる。
その寝息に誘われるように、ベッドの上に辿り着き大の字で横になると足の力が抜け、先ほどまであった足の感覚が消えてしまい、脱力してしまう。
目を瞑り泥の中に意識を向けると瞳達も目を瞑り、席は空席となる、帰ってくることのない今代の私、その全てを引き継いだ、なら、後は進むだけ。
今までずっと感じていた不安から解放された影響で私も眠たくなってくる。
でも、ここで寝てしまうとお風呂も入っていない、それだけじゃない心配もかけてしまう。
だって、私が病室にもいないからメイドちゃんと団長が私を探す為にあちこち走り回らないといけなくなる。
なので、眠たいけれど寝ない。
かといって、私という重りを背負いながら階段を登り切った自称老人を起こすのも忍びない。
ん~…どうにかして私の位置を団長かメイドちゃんに知らせる事って出来ないかな?
天蓋を眺め隣から心地よく誘われてしまいかねない寝息を感じながら何か方法ないかな~っとゆったりのんびり思考を走らせる。
音は~…お母さんが起きちゃうし~
光り?光の術式を使って、部屋を照らす事も出来るし、窓の外に一瞬だけ発光することは不可能じゃないけれど~、そんな刹那的な光?メイドちゃんや団長が合図も無く見つけるのって、さ、無理くな~い?
窓の外に火の玉でも灯してみる?火事かと思われてそらあかんで~、せやねー。
ふーんむ?ほーんむ?っと、緩くなった思考をの~んびりと巡らせていく。
「まりょくは…」
どの程度、残っているのか、目を閉じてみると瞳達は目を瞑っている。
泥の更に奥へと意識を向ける、流れることは無いが停滞する様に魔力の塊が存在しているのを感じる。
そっか、何れやってくる日に備えて蓄えようとしてくれているのか、なら、ある程度は表面から出て行こうとする魔力の上積みくらいなら使っても問題なさそう。
目を開き手のひらを目の前に持ってきて意識を集中する…
本来であれば魔道具がないと可視化することが出来ない魔力の流れが、薄っすらと見えるような気がする。
手のひらからわずかではあるけれど魔力が漏れ出て流れている…
感覚的だけど、この程度であれば封印術式を施していないごく普通の人と比べてみると…
うん、たぶんだけど、溢れているのも僅かな量しか零れていない、気がする。
その僅かな、無くしても問題ない程の、そのほんのわずかな魔力でも…私であれば意味を成す…
手のひらをから溢れ出ようとしている魔力を人差し指の先へと一点に集めていく。
指先に小さな魔力の塊を精製し脳内で術式を構築し発動すると、指先から小さな光が一瞬だけ生まれるように弾けた、指先に集めた魔力が消えるのを感じる。
うん、自然と零れ出ていく魔力を集めて使用すれば問題なさそう。
っとなると、後はどの術式を使って団長にメッセージを伝えれば良いのだろうか?ってことだね。
魔力源は確保できている、私?ううん、っていうか、隣にいるじゃん、魔力を垂れ流している人。
規則正しいリズムで寝息という名の音楽を奏でている人。
気持ちよさそうに寝ている彼女の腕がベッドの上に落ちているので、その腕を掴んで持ち上げて意識を集中させながら眺めてみると…
うん、手のひらから魔力が零れ出ている…
問題は”出来るのか?”ってことだよね…
他者から漏れ出ている魔力を操作する。私の体から溢れ出ている魔力は、私のモノ、私の意識が溶け込んでいるからこそ命令が通る。
他者の体を触れ他者の魔力を強引に引き出して扱う事なんて、普通に考えれば出来るわけがない、魔力は心、他者の心を自分の心と同じように認識させることなんて出来ない、一度、自身の中に魔力を溶け込まして自身の一部として認識させないと術式が発動しない。
だけど、わたしは…知っている。
空気中に漂う魔力を搔き集める術を…
何かの意思が宿った魔力を自身の魔力のように扱う術を…
何処かの私が死んでしまった経験が呼びかけてくれる、こうするんだよっと、泥の中の瞳が薄く目をあけ教えてくれる。
目に見えないものは意識することが出来ない、感じることが出来ないものを扱う事なんて出来ない。
でも、今の私は魔力を見ることが出来る、魔道具を通して程ではないけれど、見える…感じる。
なら、扱える
自分の服を掴む様に
自分の頬を撫でる様に
自分の髪の毛を撫でる様に
視界に映るモノ、鼓膜を通して感じる空気のゆらめき、肌を通して感じる空気の重み
感じるのなら制御できる、それが、この世の理に干渉するのが術式の本質だから。
お母さんの手の火から溢れ出てゆっくりと消えていく魔力を見つめながら自身の指先をくるくると回してみると、お母さんの手のひらから漏れている微量の魔力が私の指先の一点に吸い寄せられていくように集まってくる。
ただただ霧散し消えゆく待機に漂う魔力に指向性を持たせる
嗚呼、そうだ、私はこの技術を知っている。
指先に集まった魔力の塊っというほどでもない細やかなリソースをどうにか吸収できないかと考えてみる。
例えば、口の中に放り込んでみる?ふふ、そんなの無理、放り込んだところで空気のように抜け落ちて流れて行っちゃう。空気を噛み砕いて吸収するなんて私にそんな芸当は出来ない…
一つの瞳がくすくすと笑っている。
わけじゃない、出来る、んだね。
でも、この程度の魔力であれば吸収しようとしてもほぼ無意味だよね。
吸収するのならもっと密度を濃く、魂を刻めるほどの魔力濃度じゃないと吸収してもしなくても一緒、変わらない。
かといって…
天蓋周囲に意識を向けて見るが、空気中には魔力が見えない、つまるところ、私達から溢れ出ている魔力は霧散し何処かに流れ消えている。
集めようとしたところでさ、ないモノはない、無理に集めようとしても無駄に魔力を消費するだけ。
今もこうやって集めることができるのも、私から溢れ出ている微量の魔力を使ってお母さんから溢れ出ている魔力に干渉している、範囲を広げるだけ広げたとしても回収する魔力量が微量すぎて寧ろ、マイナスってね。
まぁ、お母さんという魔力源があるのなら、多少の術式は扱えれるから、連絡を取る方法はあるのかも?
お母さんの腕を自身の胸の上に置いて温もりを感じながら思考を巡らせる。
何の術式を使おうかと考える。
試したみたいことは山ほどある、その中から他者に迷惑にならない方法がどれか絞っていく。
っていうか、そもそも?団長が何処にいるのかもわからないんだけどね?
『凡その位置で良いのならわかるぞ』
唐突に脳内に愛する人の声が聞こえ上半身が驚きで跳ねてしまう
「・・・・ん?」
跳ねた勢いで私の胸の上にあるお母さんの腕もはねてしまった影響で、寝ている呼吸のリズムが崩れ目が覚めてしまいかねないので、ぽんぽんっとお腹を優しく叩くと規則正しいリズムに戻っていく。休める時に休んで欲しい、ゆっくりと寝ててお母さん。
『魂は判れたとしても残滓は残留する、繋がりは消えない、それに、あの子達の一部は…彼女と共に』
あの子達?そっか、あの子達は、団長と共に有ることを望んだんだね。
目を閉じて彼が指揮棒を振ると光の道が出来る。
その先へと意識を向けると、彼女が、団長が…感じ取れるような気がする。
試しに魔力波のピンを光の道に流す様に飛ばしてみる
魔力波のピンは何かにぶつかれば反射してくるのに、反射してくる気配がない?
だとすれば、魔力波を彼女は受け取ったのだろうか?それとも、本当に魔力波が流れ、たのかな?
目を開いて隣にいる人物に視線を向ける、最近眠れていなかったのか、熟睡している。
一瞬だけ、彼女を起こそうかと思ったけれど、起こすのは忍びない。
…彼女の立場を想像すると眠れるわけ無いか、私が昏睡して、戦況が日々変化していて、幹部としてってよりも、私の傍に長年居続けた彼女であれば私に近い判断が出来るのではないかと相談されるよね?
お疲れ様っと労いの感情を込めてお腹をぽんぽんっと叩くと抱きしめるような形となっている彼女の指先が私の胸骨をなぞる様に動いてる。
目を閉じて、ピンが返ってくるのか反応を待ってみるが、返ってくるような気配がない。
かといって、次のアクションを開始しようにも魔力が無い、旦那様に声をかけようと席を見るが空白、気配も感じない、きっと、私の中に流れる魔力をコントロールしてくれているのだろう。
はぁ、空気を吸う様に魔力を補充出来たら苦労しないんだろうなぁ。
お母さんの手を握りながら天蓋を眺め続けているとねむくなってく、る…
─ 術式研究所 姫様のデスク 団長へ ─
「…ん?」
何だろう、今何かに触られたような気がした。
手に持っている本を木箱の中に入れすぐ傍にメイドちゃんがいて触ったのかどうか振り向いてみるが、近くに居なかった、少し離れた場所で集めた本が入った木箱を姫様の病室の前に持って行って欲しいと戦乙女ちゃんに声を掛けている。
じゃぁ、誰だろう?気のせいだろうか?
『気のせいとするなよユキ』
唐突に頭の中に私とは違う思考の声が響き渡り、驚きの余り全身が跳ねてしまった。
ん!?え?だ、れ、ってわけでもないか、この感じ、懐かしい雰囲気、だとすれば、おにい、ちゃん?
『違う、僕たちは人じゃない王から受け取った、きて』
一瞬だけ視界に映し出された場所、見えた場所は、姫様の部屋?
姫様の部屋は、よく遊びに行っているから目を閉じれば何処に何があるのかわかる。
だから、見えた場所が姫様の場所だってわかる。
そこに、いけばいいの?ってことは、さっき触ってきたのは姫様?
姫様のリハビリスケジュールを思い出すと、そこにいるわけがないっと結論が出てくる。
今ってNo2とリハビリ中じゃないの?なんで部屋に居るの?
理由はわからないけれど、何かあるのは間違いないってことだろう。だとしたら
「メイドちゃーん」
戦乙女ちゃんにお辞儀しているメイドちゃんに声を掛けると
「はぁ~~い♪」
ご機嫌な顔つきで小さく跳ねる様に珍しく足音を出しながら近づいてきて飛びついて抱きしめてくる。
困ったわけじゃないんだけど、嫌ってわけじゃないんだけど、あの後から、ずっとメイドちゃんが引っ付いてくる。
最近は、肌寒いから暖かくてちょうどいいから、別にさ、私は気にならないし良いんだけどさ、ちょ~っとだけ、今はくっつかないでほしいかも?だって私、お風呂入ってないから汗くさいよ?
本を取り出しては木箱に入れたりしてたから汗かいちゃった。
「なぁんですかぁ?」
はぁはぁっと息荒く、時折、大きく息を吸い込んでくる!やめてよ!お風呂入ってないから汗くさいんだから!
こらっと、小声で注意しながら引き離すと、つぶらな瞳を潤ませて、ぅぅ、っと唸ってる。
ほらもう、私っていま汗臭いんだから、臭かったんでしょ?嫌な気持ちになるくらいならしないでほしいかな?




