過去を知る、今代の記憶を知る、次の一手を探す為に⑪
流れ込んでくる魔力が止まり、もっと欲しいとねだりたくなるが、彼女の姿を見てまだまだ本調子ではないのだとわかるからこそ、口を紡ぐ。
「取り合えず、これでいいかな?」
額に汗をにじませている彼女の汗を考える迄も無く条件反射のように手で拭ってあげてしまい、その流れのまま半分以上髪の毛が真っ白に染まってしまった頭を撫でてしまう、何時だって彼女の髪の毛はサラサラと流れるような決め細やかさで心地よく感じてしまう。
「無理させてばっかりでごめんね」
「ん?大丈夫だよ、以外とね面白い事にさ、徐々に黒く染まっていくし、それに、姫様と同じ真っ白な髪も私は…お揃いで嬉しいから、イメージチェンジみたいな感じで楽しいって思ってるよ」
そんな事を言われちゃうとお姉ちゃんとしては大好きな妹を抱きしめたくなるんだけど、その姿をアレに見られるの嫌だから出来ない!早くどっか行けよ気色悪いなぁ!!
「少しだけ後ろに下がって貰える?」
「いいよ、でも無理しないでよ?何かあれば直ぐに支えるつもりでいるから」
平行棒の真ん中あたりまで団長が下がってから、意識を術式に向ける。
使用するのは念動力、制御するのは
【俺がやる、念動力はいらない】
彼の言葉が聞こえると、私の足に力が入るかのように立ち上がることが出来、イメージした通りに屈伸も出来るし、足を持ち上げる事も出来る、なんなら前蹴りだって出来る。
【っふ、タップダンスでも踊ってやろうか?】
もし、この場に誰も居なかったら涙を零し祈りを捧げていただろう。
「ぉ?おおー…やっぱり姫様は凄い、術式を扱わせたら誰よりも凄いね!」
パチパチと二つの拍手が送られる。
私もそれに交じりたいけれど、アレが私に拍手を送るという行為に背筋が凍り付きそうに震える、きっもちわるぅ…
サブいぼが全身から湧き上がっているのはひとまず置いといて
意識を自身の中心に向けると、空白の席に誰かが座っている。
姿は見えないけれど雰囲気で伝わってくる、彼だ…
声を掛けたいけれど、声が出ない、きっと、出しても伝わらない。伝わらないけれど、繋がっている感覚がする。
そっか、魔力さえあれば…私達は機能する。
気配を空白の席から泥の中に向けると多くの瞳が薄っすらと目を開いている
私は、私達は魔力さえあれば、まだ動ける。
器も、時計の針もまだ、動く余裕がある。
日常生活だけであれば、まだ数年は生きられるって気がしてくる。
でも、そんなのは誰も望んでいない。
「うん、魔力さえあれば、神経の代用、筋肉を反応させることは可能」
それらしい感じで伝えると
「あぶないって!」
足の力が抜け倒れそうになるのを団長が受け止めてくれる
席が空白になっている、きっと、動くことは出来るっと示してくれたのだろう。
「にはは、ごめんごめん、長くは制御できないかも、魔力もそこそこ消費するみたい」
ありがとうっと支えてくれる彼女の頬に小さなキスをするが
「ん~、なら、普段はさっきの感覚を思い出すように足を動かして感覚が忘れないようにリハビリを続けていくのが、最良、かな?」
彼女には伝わっていない様子。相も変わらず鈍感な妹だこと。
「取り合えず、休憩しない?」
「そう、だね」
この言葉が何を意味するのか彼女も理解してくれたのだろう、アレに見られるのも、もう我慢の限界だと。
丁寧に優しく車椅子に座らせてもらい、車椅子が動かされ平行棒から離れリハビリルームから連れ出され廊下を進んでいく、その後ろから足音がずっとカツカツと軍靴の踵を鳴らしながら付いてくる、それが何を意味するのか察しが悪い私じゃない。
っち、考えたくなかったけれど、私を待っていたってことね!
「何処に行く?行きたい場所ある?」
この状況にどうしたらいいのか、意見を求めてくる辺り団長も気が付いているってことね…あいつと密室で二人っきりにさせられる方が危険、ってなると、周囲に人が居る場所が好ましい
「ん~、今の状況とか見ておきたいから、広場、えっと、転送の陣がある場所、連れて行ってくれる?」
「今は…うん、案内するね」
先ほどよりも気持ち程度、速度が上がるが、後ろから付いてくる音もテンポが速くなりしっかりと一定の距離を保って付いてくる。
これから待ち受けている質疑応答に溜息が零れてしまう。
時は少し戻り、場所はNo2がいる病棟の相談室 ──────
団長が部屋を出ていき相談室には私だけとなる。
会議室を占拠し続けるのも良くないから、私と団長は、相談室へ移動して、少しの間、二人で談笑をしてから彼女は姫ちゃんをしごきに向かっていった。
冷蔵庫から魔力回復促進剤を取り出して一つ、二つ、三つと飲み干していく。
もう、慣れ過ぎてしまったのか、味覚を失ってしまったのか何も感じない。
この感覚を私は知っている。
愛する人を助ける為に命を捧げる覚悟を決めた後
あの時に近しい感覚、五感の全てが鈍磨するような感覚。
娘達に心配させたくないから、言わないけれど、私の中にある魔力もそうとう、消費しちゃっていたみたいなのよね。
それも当然よね、浸透水式であそこ迄、人体の最奥にまで潜った人を救い出す為に繋ぎ続けた命綱、陣を維持するために必要な魔力に関しては魔石からの補助があるとはいえ、命綱をキープしているのだから魔力が消費し続けている、いずれ限界も来るってことよね。
団長が平気そうな顔をしているのも痩せ我慢なのか、それとも、単純に多くの魔力を受け取ったからなのか、調べていないからわからないのよね。
今後、この様な困難な術を行うこともあるかもしれないから、後世に施術者がどのような状況に陥るのか、その辺りのリスクも記載しておくべき、だったわね、感極まりすぎて、そこまで意識が回らなかったわ。
No2として愚かだったわね、反省しないと。
No2のポジションとして、彼女たちの母として、二人の状況状態、精神も体も気を配ってあげないといけないわよね。
椅子に吸われるように導かれ、背もたれと背中が待ち望んでいた恋人のように離さないとくっつき、そのまま全てを預け天を見上げると
「うわぁ、くっさい…」
胃から込み上げてくる悪臭によって眉間に力が込められてしまう。
いけないわね、皺ができるじゃない。
そんな事を考えながも眉間に力が抜ける様子も無く、流れに身を任せてしまう。
椅子が軋む音、慣れることのできない香り、後味の悪さ…
そうね、あの時に比べて五感が完全に消えたような感じではない、私はまだまだ…限界点に到達していないってことね、まだ、いける。
【させないわよ】
脳の奥がチクリと痛む、わかってるわよ。
命を投げ出すような愚かなことなんてしないわよ、ったく。
まだ、ギリギリ、余裕がある、余裕がある限り行けるって意味よ。
それに、今の状況で、私一人…そんな事をする必要性が無いわよ。
はぁっと、自分の目的の為なら何をするかわからない…片割れに対して溜息が零れ天井に吸われていく、てっきり、完全に消えたのかと思ったら消える事も無くしっかりと残ってる、片割れとしてもスピカがいる限り消えるつもりは無いんでしょうね~…
天井から視線を向けると気持ちよさそうに寝ているスピカの姿を見ると片割れが今すぐにでも抱きしめてこの街から離れろと警告を出してくる。
嫌よっと、断り、向けられてくる意識に誘われないように何か行動を起こし気を紛らわせようと立ち上がると
「失礼するぜっと、お!いたいた!」
デカすぎる図体はドアを全開に開かないと通れないとはいえ全開にしないでほしいわね、違うわね、そもそもノックもしないでドアを開けないで欲しいわね。ご飯時だったらどうするのよ?私はともかく片割れがブチ切れるわよ?
「探したぜーっと、寝ているのかい、起こさねぇように気をつけねぇとな」
「起きたら起きたで何も問題ないわよ、貴女の前で肌を晒すのは、何も問題ないでしょう?」
「ちげぇねぇ」
だっはっはっと笑いながら椅子を目の前に置いて音を出さないようにゆっくりと座る、赤子が起きると大変なのは彼女も身に染みているのだろう。
子を育てた親っていう代えがたい経験が彼女にはある、いざとなれば、彼女が手を貸してくれるでしょう。
「戦場に出なくてもいいの?」
「ああ、戦場はな~、今のところ問題ねぇ、応援に来てくれた部隊が対処してくれてらぁ、その寛大なお言葉に甘えるってやつさぁね」
なるほどね、だとしたら、いや、こんな籠城戦ごときで彼が戦場に出るわけもないだろうし、もしかして…彼もここに来てたりするのかしら?
その考えで片割れの殺気が膨らんでいくのを感じるので殺気に敏感な彼女に気づかれないうちに抑え込む為に語り掛ける。
病棟でかち合わないように気をつけましょう、不敬罪で裁かれるわけにはいかないのよ。まったく、軽率な行動を控えてくれるかしら?スピカに飛び火するわよ?
っと、片割れに念を押すと殺気がしぼんでいく。
「それで、どうしたの?幹部としての相談?それとも、いち街の住人、女将として経営者として恩義がある患者の状態でも確認しにきたの?幹部と言えどお見舞いは控えて欲しいって伝えたわよね?」
「あー、その、それもあるんだがよ、その…ここに来たのは自分のこと、でねぇ…情けない話をしてもいいかい?」
この言い回しは、医者として相談に乗って欲しいってことね、珍しい、踏ん張りすぎて歯でも欠けた?それとも、魔力が枯渇してアンニョイな気持にでもなった?
「良いわよ、まずは貴女の悩みをお聞きましょう」
医者として背筋を正し彼女に視線を向ける、あの大きな姿が小さく見えるほどに困った表情をしている、珍しいわね。彼女もまたごく普通の人と同じで魔力に関しては情けないってことかしら?
「実はよ…その、変なことをだってわかってる、気でも狂ったんじゃねぇのかって思うかもしれねぇがよぉ…」
頭を豪快に搔きながら彼女の頬を汗が伝っていく。
ここまで焦るってことは、他の可能性があるとすれば、この状況下で貴女、妊娠しましたって報告だったらそりゃ、周りから気でも狂ったかって怒られそうよね。
でも変なことではないわね、愛する旦那が傍に居るのだから不安を解消するためにそういう行為をすることも…いや、まって、だとすれば気でも狂ったのは違うわね、だって、妊娠が分かるってことは、南の方で敵が押し寄せてくる前には、そういう行為をしていたってことになるわね?だとしたら、何もおかしなことじゃないわね。
だとすれば、妊娠では無さそうよね…考えられる事っとしたら、やっぱり魔力枯渇症じゃないかしら?
だとしたら、魔力回復促進剤を処方するだけよね、えっと、100キロ越えだと、一日に2本くらいかしら?
長い付き合いで彼女がこういった表情をすることを見たことが無い、彼女との付き合いが長いからこそわかる、医者嫌いの彼女が困惑する症状ってなれば、これくらいだろう。
確かに、普段から豪快で前向きな彼女が後ろめいた言葉を出していたら気でも狂ったかって坊やなら言いかねないわね。
さて、どんな言葉が出てくるのか、魔力が枯渇した貴女はどんな悪夢を見たのか、経験者として暖かく受け止めてあげましょう
巨躯の女性だというのに小さく縮こまった彼女を眺めていると、大きな口が小さく動く
「あたい…生きてるよな?」
その一言で私が辿り着いた、導き出した医者としての直感は正しいのだと、心の中で頷き、処方薬をどれにするか彼女の体重などを考慮し計算をし始めると
「何度も…本当に殺されたかのような夢を見ちまったんだ」
枯渇症からくる悪夢の一種でしょうね、魔力が満ちれば二度と見なくなるわよ。
後は、心が落ち着く作用のある薬も僅かに処方すればいいかしら?
「それが夢だってわかってる、そうじゃないとあんなの信じられねぇ」
自身で答えに辿り着いている辺り、わかってるじゃない。
ただの、悪夢よ、魔力が無いだけで精神が暗い気持ちへと引っ張られていく厄介な症状よ。
椅子から立ち上がって魔力回復促進剤を取りに行こうと膝に力を込め前かがみになると
「だって、見たこともねぇ大きなワニみてぇのに、食いちぎられたり、それだけじゃねぇんだよ、場所は、たぶん、王都か?そんな場所で戦士長に切られたり、そんな、そんなのあるわけねぇ…起きるはずがねぇんだ、なのに、全てが、すべてのかんかくが…ほんとうにおきたできごとみたいで」
決定的な違い、魔力枯渇症では起こりえない虚空の出来事に現実が追加されてしまっている。
顔を上げて彼女の表情を覗き込むと、指先が震えて眼球が落ち着くことなく震えている。
…違うわね、魔力枯渇症じゃない、この、誰かの人生を強制的に流し込まれ再生され追体験をしたかのような…それも他人ではなく自分の記憶
全て、見てきたこと全てが現実であると彼女は、彼女の心は…受け止めている
その表情を見て、自分の考えが間違っていて、もう一つの可能性に辿り着いてしまう。私はそれを知っている…何度も傍で支えてきたから。
この症状に覚えがある。
片割れに正しいのか尋ねてみるが素知らぬ顔をされるってことはビンゴね…
姫ちゃんと同じ…嫌な予感が込み上げてきて助けを求める様にしてみるが、片割れがそっぽを向いている。
伝えないといけないわね、彼女と近しい人達に…
あの場に居た人たちに…
地獄を見ると…




