過去を知る、今代の記憶を知る、次の一手を探す為に⑩
返事を返す間も無くドアが開かれズカズカと足音を消すことなくお淑やかな雰囲気なんて皆無で近づいてくる、メイドちゃんと違って団長はね、昔から遠目でも見つけやすかったのはこういうところなんだよね。
女性らしくなった彼女の体を眺めていると此方の許可なくシーツの中に手を入れてくる。それが何を意味するのか、解らない私じゃない。
あー、外すの?痛いから嫌だなぁ、このままの方が便利なんだけどなぁ…
「はい!歩く練習する前に、カテーテル外すよ!」
嫌だと抵抗する間も無く、やる気に満ちている団長に有無を言わさずカテーテルが外される、遠慮なく引っこ抜くない!痛い!
「いたい!もっと優しくしてよ!」
「これでも優しめだよ?痛いの平気でしょ」
淡々と返ってくる返事に医療班らしいと納得する、せざるを得ない。
うぎぎ、僅かな文句もさらっと流し逆手を打ってくる辺り、今代の私は団長と良い関係を築いているのだと伝わってくる。
本音を言うと、この程度の痛みであれば、私であれば余裕で耐えられるんだけどね?どうしてかわからないけれど、文句を言うつもりもなんて無いのに、無いんだよ?でもね、勝手に声が漏れ出る。今代の私が彼女と接していた、こういう感じだったの、かな?
そんな事を考えているなんて気づかれる心配はしていないけれど、体に染み込んでいる彼女との距離感を心ではなく体が自然と動くのを見守る。
「う~…しょうがない、けどさ、外すってことは、ある、くの?」
「そうだよ、リハビリしないと」
返事をしながらも彼女の体は動き続ける、手慣れた手つきで車椅子が用意されたので、こういう時は、お姫様だっこで起こしてくれるのかと想像していたら上半身を起こされ、足をベッドから降ろされ、足に靴を履かされ、右側に車椅子が用意される。
「はい、右手を伸ばして車椅子の肘置き場を掴んで、近くにある肘置き場じゃなくて上半身を少し前かがみにしないと届かない方の肘置き場だよ」
細かく指示を出されなくてもわかってるっての、私だって医療の知識があるんだからそれくらい、注意されなくてもわかってるよ
軽く不貞腐れる様に。ぷぅっと頬を膨らませながら右腕を伸ばし肘置き場を掴み腕の力で体を持ち上げようとするんだけど…力を込めると腕が振るえる。
そうとう弱ってる…筋肉が低下する程に眠っている時間が長かったんだろうね。
でも…幸いにして幾度となく感じてきた、あの死の間際のような、肉体の限界っという感じがない。
車椅子へと移動するのが困難だと判断されてしまい、両脇に腕を添えられ軽度の補助をしてくれたおかげで、何とか車椅子に移動することが出来たんだけど…
自身の不甲斐なさに心が曇っていく。
足に全く力が入らないということがこんなにも歯がゆく、更には、幾ばくかの苛立ちのような感情が湧き上がってくることに驚きを感じてしまう。
たかが、足が動かなくなってしまっただけで、どうして、こんなにも苛立つように感情が起こされたのだろうか?
「それじゃ、リハビリルームに移動するね」
優しい声が頬を撫でていくが、思考がどうして、感情が揺さぶられているのかについて考えが止まることが無い。
思考の渦に囚われていようと世界は進む、病室を出た時、ふと、見えたような気がしたけれど、思考の渦から抜け出れない私は気に留めなかった。
何で何だろう?あれかな?
こんな状態で敵を出し抜くことが出来るのかってこと?
違う、気がする、この苛立ちは…やっぱり、自分の不甲斐なさに対して、かな?
動かせていた感覚が途切れて、自由を奪われたから?失くしたから?
ううん、違う、気がする。
たぶん、これは、驕り?見栄?…プライド、かな?
ほら、私についての世間一般的な評価だと、頼りになる存在、つまりは、誰からも頼られる存在。
誰かの御旗となる、誰かの模範となる、誰かの先に進むべき選ばれし才ある人…きっと、それらのどれかが今の私を指さして笑っている、体たらくだって、そういう部分で自己嫌悪に陥ってたりもする、の、かな?
自分の心と体だというのにわからないことだらけ、どうしてそんな不条理でどうでも良い事に感情が揺さぶられてしまうのか。
わからないことだらけ、今代の私が残した残滓なのか、それとも、歴代の私が紡いだ残響なのか、それとも…彼の影響、なのかな?ほら、彼らって立場は違えどお互い、統率者でしょ?プライド高かったりするのかな?
今となっては、彼らと言葉を交わすことが出来ないので知ることが出来ない。
車椅子で運ばれている最中、私と団長しかいない廊下で、そっと胸に手を当て瞳を閉じ、私の中に眠る瞳達が眠る席へ意識を向ける。
ほのかに感じ取れる。
空席となった場所に、愛しい人の気配を…
気配がある限り、私は独りじゃない。
この体には、集合住宅のような、いや、違う、集合住宅だったら各々が目標に向かって動くだけだけど、私の体は違う、一つの目標に向かって活気あるカンパニーのように動く。
各々の時代を生きた瞳達が目覚めたら、打開するための案や、意見が飛び交っていく、だから、この体は私達という優秀なスタッフが揃った一つのカンパニー。
空いた席に彼が座り、その全てをサポートする私はオフィスラブな秘書ってところかな?なんてね、にひひ。
本来であればね彼や私がその席に座らない、今代の私が全てを統率するのが当たり前なんだけど、今代はその当たり前が無い、空席のまま。
空席のままだと、私と言えど、席の奪い合いが起きることがある。
今は、私がこの席に座り今代の私の代行っというのも可笑しな話だけど、死んだ私が生きた世界を歩もうとしているけれど、何時までこの席に私が座り続けることができるのかは、私だってわからない。
何れ何処かで過去の私が表に出てくるかもしれない。
その時はその時、私が全ての代表者として君臨するつもりは無い。
過去の私が出てくるべきと判断したのであれば、その場を任せようと思う。
理由は単純、その方がきっと効率的だから、各々が歩んだ道によって磨かれた知能や知識、各分野に突出した才を磨いた私がいる、その私が今この瞬間必要だというのであれば、任せた方がいい。
私達は共同体…過去の私達と共に進めばいい。
ふと、後ろを振り返ってしまう、でも誰も居ない。やっぱりアレは見間違いだったのかな?
車椅子を押され、病室を出て行く時、視界に入った存在。
記憶を呼び起こし見えたような幻覚すらも、本来の私であれば思い出せる。
記憶を辿り、薄っすらと見えたような存在、その姿を思い起こす。
思い出された姿は、幼い私が手を振っている姿。
何故そのような幻視を見てしまったのか。
考える迄も無い…きっと気のせいだろう、彼女の背に翼のような物が見えたのは、それも…鳥の翼ではなく…きっと、気のせいだろう。
だってあれは、蝙蝠のような、薄い膜が見えているような翅だったから
見間違いにしては酷過ぎる。私だったらもっと綺麗な翼を選ぶだろうから。
「はい、着いたよ、そこの平行棒を掴んで立ち上がる練習からするよ~」
彼女の声に思考の渦から抜け出て視覚から得られる情報で自分が何処にいるのか直ぐに理解する。
案内された部屋は平行棒など数多くの運動器具が用意されたリハビリテーション室、通称リハビリルーム。
普段から使われているのか随所が汚れている。
一応、骨折した時とか、回復の陣で治ってから体の感覚を取り戻す為に行ったりするんだけど、正直に言えば、私の時代ではあまり使われることが無かった。
でも、今代ではよく使用されていたのだろう、小さな汚れが見えるし、床も小さな傷がいっぱいある。
平行棒の前に車椅子と共に案内されたので、言われた通り、まずは、立つことから。
平行棒を両手で掴み腕の力で上半身を持ち上げる、足裏は地面に接しているので足の力ではなく腕の力で立ち上がり膝を伸ばしきる、自身の重みで腕が震えているけれど、歯を食いしばりながら少しずつゆっくりと腕の力を抜いていき足に体重を預けていく…でも足が反応しない、足の筋肉が動いている感覚がない。
今、立てているのは単純に、関節が噛み合って骨の力強さに助けられているだけ、足の筋肉で支えている様な感覚がない。腕も辛い…
「ん~、膝を曲げて伸ばして屈伸できる?太ももに力はいりそう?」
いつの間にか目の前に立っている団長が体をかがめ私の太ももに触れて屈伸運動をするように声を掛けてくれるので言われたとおりに、リハビリがスタートされる…
「はい、一旦休憩」
「っだっはー!」
額から大量に汗を流しながら車椅子に飛び込む様に座ってしまう。
淑女らしからぬ動作、こんな姿をアレに見られたくないけれど、きっと悦を感じながら見ているのだろう。
背もたれにもたれ掛かっていると痙攣する様に小さく震える腕を団長がマッサージをしてくれている。
「ありがとー」
「ん~…腕だけで殆どって感じかぁ…」
彼女の言いたいことがわかる、足のリハビリだっていうのに、私は殆ど腕の力で指示されたことを行っていた、これじゃ腕の筋トレだよね。
足がピクリとも動かないのだから仕方がない。
「まぁ、腕が、いちち、動けばさ、日常生活は、メイドちゃんもいるし問題なくない?」
「ん~…そう、だけど、医療班としては杖を使ってでもいいから歩けるようになってほしい」
小さなストレッチも時折織り交ぜてくるので、痛みが走る、でも、その痛みを心地よく感じてしまっている。どうしてだろうか?わかんない。
分かんないついでに、どうして、あいつがここにいるのかもわかんない。
リハビリをしている途中から団長も気が付いていたけれど、触れていいのかわからなくてスルーし続けている。
お互い目を合わせないように気を付けている、あってしまったら最後、関係者でもないのに部屋の中に入ってくるかもしれないから、ううん、アレは入ってくる、自分を咎める人がいないから!っていうか、ここにくんなっての!近寄らないように注意されたんじゃないの?
アレに1%でも思考が逸れてしまうことにムカついてしまう。
気にしないキニシナイ!アレだって暇じゃないんだから、無視していれば何処かに行く。今は偶々、見かけたから覗き込んでいるだけ!飽きたら目的の場所にでも向かうのだと思って触れないようにしていたんだけど、リハビリ中ならまだしも休憩している時もこっちをずっと見てるのなんなの?うっぜぇ…
我慢の限界が近づいてきているのか、つい、言葉として漏らしてしまう。
「ねぇ、あいつ、何でいるの?」
小さな声で団長にだけ聞こえるように不満を口に出すと
「さぁ?あの人ってあの人だよね?私、あまりお顔を見たことが無いから自信が無いんだけど」
今の状況に困惑しているのは団長も同じ、一瞬だけ相手に悟られないように視線を向けると、廊下とリハビリルームを繋げる窓を開けて、前かがみになり頬杖をつき、ほくそ笑んで気色悪い表情で此方を覗き込み続けている。
早くどっか行けよ気持ち悪い。
まぁいいや、さすがにここで私にちょっかいを出してくるほど、馬鹿じゃないだろうし、無視し続けよう。
「それよりもさ、試してみたいことがあるから、いける範囲で良いから魔力を貰ってもいいかな?」
「ん~…やっぱりそっち方面になりそう?私もNo2も姫様ならそうするだろうって思っていたけれど、術式でどうにかしちゃう?」
マッサージをしながらも腕から彼女の魔力が流れ込んでくる。
心が震えるような感覚が私の心を悦に導こうとする。
やっぱり、彼女の、彼の肉体から得られる魔力を私の体は欲している。
一つの麻薬に浸されてしまったかのように脳みそが痺れるような感覚が途切れない。




