過去を知る、今代の記憶を知る、次の一手を探す為に④
ずっとずっと…目が覚めてから感じていた違和感、あるはずのものが無い違和感。
気になっていた、確かめたかった、でも、確かめることが出来なかった。
確かめようとしようにも、魔力が乏しくアクセスできなかった…
でも、今は…僅かでも魔力を得た、今なら、出来る。
この違和感が真なのか偽なのか、消えるなんてありえない、何かの間違いで、この違和感がただの、私の、感覚がずれているだけであると…確信を得たい。
張り裂けそうな程に心臓が鳴り響く、心臓の音が何度も何度も警告する様に頭を叩いてくる。
不安を感じ続けるよりも白黒はっきりとつけるべきだ。
この先…無いのと有るのでは出来ることが違ってくる。
選択肢を…減らすことになっても、知らないといけない。
出来る、出来るはずだ…
いざ確かめようにも、その違和感が真実であるという事実を受け止め切れるのか、私の心臓がずっと警鐘を鳴らしている。
何度も何度も、アクセスし、助けを請うた、私達一族を見守り続けてきてくれたのだから、こんな、無い筈が…無い、加護の中に眠っている始祖様の意思が、消えるなんて…
想像するだけで動悸が激しくなっていく…
心臓の音が不可思議なリズムを刻み始めていく、肺から酸素が抜け出て行ってしまったかのように思考が白に染まっていく。
全力で息を吸い込み、肺を酸素で満たすように勇気を体に満たしていく。
勇気を振り絞り、思考が空へと染まっていくのを受け止め思考の全てを覚悟へと染めていく。
頂いた魔力、束のように圧縮することは出来た。後は…
出来る、出来るのなら、私は…その違和感に答えを出す。
勇気があるのだろうか?勇気ならある、ずっと私の中にある。何時だって傍で支えてくれる。
そっと祈る為に、両手を握りしめ、眉間に親指を当て…
意識を、あの、感覚へと繋げる、感覚を研ぎ澄ませていく…
幾度となく何度も何度も、繰り返してきた感覚を…
祈りを飛ばす…
束にした魔力
その反応によって
知ってしまう…
その刹那…
心が折れてしまいそうになる。
圧倒的虚無感によって、絶望を叩きつけられてしまう。
加護が
かごが、
始祖様から頂いた
加護が無い
ずっと、感じていた違和感は、違和感じゃなかった。
その感覚は嘘だと思っていた、ただ、私が目覚めたばかりで感覚が狂っているだけだと思っていた、思いたかった…
でも…嘘ではなかった、嘘だと思いたかった。
私達、ルの一族を支え続けてくれた寵愛の加護が…
もう一度、祈る様に魔力を加護に向けて伸ばしてみるが繋がることが無い…
感じ取れない、繋がっている感覚が何時だって見守ってくれているというあの感覚が完全に途切れている。
大粒の涙と共に盛大に声にならない声が溢れ出てくる。
私はもう、始祖様に触れることは出来ない
彼が齎してくれた異国の、異なる星の…異世界の知識に触れることが出来なくなっている。加護が無いということは…今代で私は終わる。
つまり
私は、過去に情報を送ることはもう二度と、出来ない。
それだけじゃない、始祖様の、加護の中にある知識がないということは
死の大地に居る敵に…今ある全てで立ち向かわないといけない。
この状況を知ったからこそ、どうして、数多くある私の中で私の意識が泥から浮上してきたのか知る。
嗚呼、だから、だから、私が選ばれたのか…
最も、死の大地と向き合い
最も、死の大地で暴れた
最も、正面から挑んだ私が…
選ばれたのだろう…幾重にも幾重にも…積み重ねてきた過去の私達
その代表として最も相応しいと、過去の私達が決めて託した…
理解した、してしまった。
賢い頭が導き出した答え。
この先に待ち受けている、闘いがあるのだと。
この悪条件を覆す決断と判断が出来るのが私なのだと。
なら、私がすべきことは、ただひとつ
如何なる手を使おうと…人類の未来を守る。
人類の明日を勝ち取る
その為には…知らないといけない
この世界を、今代の私を…
今代は、私がいた時代よりも数年先…
想像する事さえ不可能な未来、どういった状況に陥っているのかを
全てを知る必要がある。
すべてを、しり、未来をたく、す?
そう…だ、救世主、そう、名も無き弟という救世主、私達人類の切り札。
…スピカに人類の未来を託すべきか
…それとも今代の私が残したモノを見極め、闘うべきか
どちらの未来を選択するべきか判断を下す為に、知らないといけない。
それが司令官としての務め、人類を導くと決め未来を定めると覚悟を決めた、私という集合体の中で人の上に立つと決め経験した私が決断を下す。
その為に数多くある私が一丸となって私を押し上げたのだろう。
ただ…
あの時の私と違うのは…
ただ独りってことだけ…
彼の温もりを求め胸に手を当て祈りを捧げる。
【・・・】
少しだけ、ほんの僅か、僅かだけれど、彼を感じることが出来た。
頬から冷た…ううん、暖かい水が流れていく。
嗚呼、私の体は、まだ…生きているんだね、■■■くん…
独りの女性が自身の運命を定めを呪うことなく受け止め
明日を掴む為の、明日を歩む為の心を強く在ろうとしている最中
彼女以外も動き窮地を脱するために動き続けている。
その一室…病棟の中にある会議室では、会議が行われていた
─ 病棟会議室 ─
「以上が、現時点で判明している患者Hさんの症状となります、新たな症状が出てきた場合、再度会議室にお集まりいただき話し合いの場を設ける予定です、現時点で何か気になることはありますか?」
ホワイトボードの前にたち、集まった医療班の上位に与する人達に僅かな診察時間から得られた情報を共有を終えた。
状況を伝え終えたのは良いのだけど…
会議室に居る全員が想定外の現状を知り、深刻そうな顔をしていて、誰も挙手する様子が無い。
そもそも、気になることはありますか?って、言葉に意味があるのだろうか?定型文としてついつい口から出てしまったけれど、この症例に対して、誰も挙手する様子が無いのは当然だよね。
全員、この手の症例は初めてだから何をどう行えばよいのか、治療方法が思いつかないのは致し方ないよね。
今できることはやれることは全部やる。
まず、医療班の団長として出来ること、それは、凡その治療方針を決める事だけ、完全なる治療方法なんて初めての症状だから、誰もわからない。
「質問は無さそうですね、では、今後の治療方針として、足の機能を取り戻す為の回復術式、及び、機能回復、及び、向上訓練を主軸とします」
ここ迄であれば、骨折した人とかに行っている内容と大して差は無いと思う、皆も静かに頷いてくれている、自信は無さそうだけど。
「脳に対する事例が無いため、皆は不安になると思います。過去にこうった症状に対する経験が無くても、未知の病に対してこれが本当に正しいのか不安だとしても、私達はアプローチをする!患者が諦めない限り私達も諦めてはいけない」
多くの人達が静かに頷き、険しい表情をしている。
「患者を助けるのだという覚悟を持って実施し続けましょう、彼女の持ちえる機能を回復することを…祈りながら行いましょう」
祈るだけで全てが解決するわけじゃない、でも、心の拠り所は必要、私達、医療に携わる人たちは皆、聖女様の伝説を一度は耳にしている。奇跡はある。
「以上で現時点での治療方針は決まりとします、では、各員、医療班として殿を務めましょう。解散」
解散を宣言すると、神妙な顔つきで会議室から多くの医療班が出ていく。
出ていく姿を見送っていると、つい、会議を始める前と雰囲気が大きく違ってしまったことに団長としての不甲斐なさを感じてしまう。
つい先ほどまで、多くの方が、姫様の意識を取り戻せたことに涙を浮かべていた、でも、姫様が起きてから得られた情報、それを知った多くの医療班が別の意味で涙を流してしまった。
そう、会議をはじめるときにホワイトボードに書いて行った症状、診察して把握できた症状を集まってくれた皆に伝えると重い空気が漂ってしまった。
落胆するのも仕方がないって思ってしまう。
皆、あれをもって彼女は問題なく目を覚まし私達を導いてくれる、知恵を授けてくれる、この状況を覆してくれると信じていたから…
全員が部屋から立ち去るのを見送っていると、一人、立ち止まり此方を振り返る。
その人物は医療班のNo3、えっと、違った自ら名乗り上げた名前があったよね、えっと、ネクストだっけ?そんな彼が、私を見て手を伸ばそうとしたけれど、何も言うことなく伸ばした手を戻し一礼して部屋を出て行った。
なにか伝えたかったのかもしれないけれど、ごめんね、ちょっと君の考えている事って私よくわからないから…次はちゃんと声に出してほしいかな。
彼の事は置いといて、少し困ったことが私自身にも起きている。
姫様の歩んできた道を追体験した影響もあって、時折記憶が絡まって、思い出しにくい時がある。その記憶は…私の記憶なのか、姫様の失われた時代の記憶なのか…わからなくて混乱することがある。
会議室から人が出ていき、残った数名はいつものメンバー、遠慮することなく、多くの人が去って行った部屋の中央で酸素を大きく部屋中の全てを吸う勢いで吸い込み、はぁっと、吸い込んだ空気を部屋中に届く様に勢いよく吐き捨てる。
団長としての務めとして会議中の司会進行は私だったから、ちょっと酸欠。
長い間、連続して言葉を出し続けてしまったから酸欠ぎみ、そういうときは深呼吸するくらいがちょうどいい。そう、だから、これは溜息じゃない…深呼吸。
はぁ~っと深呼吸を漏らし続けながら、椅子に座って、吐き洩らした酸素を求める様に体内に取り込み続け、背もたれに体重を預け天井をぼんやりと眺めていると
「はい、団長、お疲れ様」
トントンっと、肩が叩かれる音と触れられる感触に顔を向けるとNo2が茶色い液体が注がれたコップを渡してくれる。
コップを受け取り視線を天井からNo2へ向けると、彼女は手をひらひらと動かしながら、椅子がある方へと歩いていく。
飄々としたいつも通りのNo2を見つめていると、手に取ったカップが冷たく結露しているのが伝わってくる、会議で話し続けた私としてもこの冷たさは嬉しく感じる。
受け取った冷たい感触を口元に近づけると薫りが鼻を通り抜けていく。
香り的にたぶんアイスコーヒーかな?甘めだと嬉しいなぁ。
口につけると広がる甘みと香りに長い時間人前で話し続けたことにより体を包み込んでいる緊張の糸が切れるのを実感していく。
はぁっと、心休まる吐息を漏らしていると、アイスコーヒーを淹れてくれた人の声が聞こえてきたので、視線を其方に向ける。
「ちゃんと好みはわかってるさ、疲れた時は砂糖多めに、団長が好きなミルクを多めにしてある、お疲れだな団長」
会議室と繋がっている給湯室から先輩が姿をだし、近くの椅子に向かって歩いていく、椅子の足が地面を擦る音の後に、背もたれが軋む音が二つ、先ほどまで賑やかだったけれど、今は、静かな空間に響いていく。




