Dead End ユUキ・サクラ 妖闘桜散 (136)
「病室404に運んでいる頼んだぞ!俺は、まだ他にも…患者の命を繋ぎ止めに行くから!」
荒々しい多くの声がドアの向こうから聞こえてくる、その中を掛け分けるような廊下を走る音が部屋の中に響き渡っていく…おきて、ううん、起こさないと
思考も体も重く、体を動かそうとしても遅れて動く、タイムラグを感じつつ、愛する人を起こそうと手を挙げると
「・・・っち」
近くで音が聞こえたのでドアの方を見ていた視線を彼に向けると、見たことのない表情をしている彼がいた。
起き上る彼の邪魔にならない様に退こうと動きの鈍い体を動かそうとするが、思考も体も遅くなっている私よりも彼の方が早く、私ごと上半身を起こし…抱き着いてくる?
そのまま立ち上がって立たせてくれるのかと思ったんだけど?
…抱きしめられ伝わってくる感情に何も言えなくなってしまう。
「これだから、戦場は嫌なんだ…」
戦士長としての彼からしたら珍しく弱気な発言だと感じる人が多いだろうけれど、彼の過去を知っている私からすれば、弱気になるのも致し方ないと感じてしまう。
どうしようもない経験をしてしまった彼の過去も支える様にそっと抱きしめ返す
ほんの僅かな、1秒にも満たない、でも、永遠と続くのではないかと感じてしまう、お互いを慰めあうハグが終わりを告げる
「すまない、行こう。外の状況が気になるが」
「うん、それよりも救おう」
ゆっくりと地面に足をつけ、ケーブルを接続してもらおうとケーブルが何処にあるのか死線を彷徨わせていると、ガチっと背中から音が聞こえ魔力が流れ込んでくる。
魔力が全身を巡ってくるのと同時に思考も体も動かしやすくなる。
彼と一緒に廊下へ飛び出すと飛び込んでくる情報に胸が締め付けられる。
そこはまさに戦場だった…
病室へ運ぶ前に応急手当が必要な人達はロビーで処置されている。
病室の空き部屋が少ないのか、診察まちなのか、不明だけど、医療班の皆であれば何処であれ適切な処置をしてくれると信じ、私達は指示されるがままに運び込まれていく患者達を救い続ける、決して止まってはいけないランニングが始まる。
走り続けて、何人目かわからない、ただ一つ言えることがある。
戦況は芳しくない、運び込まれている患者を診て戦況が読めないほど私達は馬鹿じゃない…
何故なら、助け続ける患者達、その多くが戦士でも、騎士でもない…
後方支援部隊に所属している力無き民ばかりだった
怪我の内容を見て、爆発痕であれば奇襲され対応できなかったのだと思うことが出来る、だけど、運び込まれた彼らの傷は…爆発痕ではなかった
鋭い爪や牙によって皮膚を裂かれ、彼らにも急所を守る為の服は用意してある、それなのに大事な箇所、守るべき場所が守り切れずに腹部を損傷し内臓が傷ついていたりした。
必死に抵抗したのだろう、一部の人達は指がなくなっていたり太ももの一部が無くなっている、痕跡から見て鋭い牙によって噛み千切られたのだと知ることが出来る。
重量を伴った硬く鋭く…激しい衝撃によって顎が打ち砕かれた者もいる…
戦場がどうなっているのか想像が容易い。
容易いがゆえに、僅かな時間、些細な隙間、賢い私の頭が手に取る様に、惨たらしい戦況をリアルに再現されていく、心がその情景を見たくないと否定しても、抗うことが出来ない。
目の前にいる患者、太ももを食いちぎられ骨が見えている。
今私達にできるのは傷口を塞ぎ、痛み止めをなどの処置を行う事しか出来ない。
噛みつかれた部位、その一部分だけを培養するのは難しい。
彼には申し訳ないが今は傷口を防ぐだけで留める、何れ、足を落とし新しい足をプレゼントするまでの間、不便を押し付けてしまう。
隣で寝かせられている人、食いちぎられた指に関しては培養して新しい指をプレゼントすることが出来る。後は、腕や足、肋骨が折れているけれど、栄養剤を投与し回復の陣を起動しておけば、二日もあれば復帰できるだろう、けれど…
このペースで培養液を動かし続ける事への不安の方が強い
培養液に必要な液体も、浸透水式に必要な液体も…無限にあるわけじゃない。
それに…それらすべてを動かすには必須と言えるものがある、その貯蔵も減る一方、使い続ければ…
憎い奴がいる、殺したい奴がいる、滅ぼしたい奴がいる…
憎しみの業火が身を焦がす。
でも、目の前を、戦場を目の当たりにしてしまうと…
身を焦がす業火が囁いてくる…願いを叶えられくなるぞと…
それでも…私は救いたい…
彼と一緒に、部屋を開けては、魔力を消費し、次の部屋へ向かう…
時間の感覚も、未来の事も、明日の事も、今を考えることが出来なくなってしまう。
我武者羅に無我夢中に…救い続けていく…
長く過酷な旅を歩き続ける…
その一歩一歩が大きなストレスとなり心身を蝕んでいく…
殲滅が甘かったのだろうか?
敵の数を見余った?
獣共を隠れさせ温存させる程、温い作戦を選んだつもりなんてなかった…
今までの快進撃が全て先生の計算通りなのだと、邪悪な笑みが頭を叩いてくる。
運ばれてくる人を救うたびに【愚かなり】嘲笑い貶され続けていく感覚が留まることなく押し寄せる様に襲い掛かってくる…
どれくらいの時間が経過したのか
もう
わからない
どれくらいの数を培養したのか
もう
わからない
どれくらいの命を繋ぎとめたのか
もう
わからない
どれくらいの魔石を交換したのか
もう
わからない
「つ、次は…」「ぇっと、つぎ、は、どこだっけ?」
視界が狭く、思考がぼやけ、瞬きをすればもう開くことは無い
膝を伸ばせれない、常に曲がり靴底をすり減らしていく、足をひとたび地面から離せば地面に誘われる
耳鳴りが止まらない、不可思議な声がする、ずっと誰かが傍に居るような気がする、でも、言葉を理解できない、理解してしまうと夢から帰ってこれない
いま、いきてるのか、しんでるのか、わたしたちは、わからない、わかることは、救わないといけない、誰を?誰かを?ううん、大切な人を!
語気を強め心を奮い立たせる、まだ動ける、まだ集中力は保つことが出来る、魔力がある、魔力さえあればどうとでもなる
歯を食いしばり、意識を保ち、次の患者が待つ場所へとお互いを支えあいながら体を前へ倒す様に進んでいく…
廊下を歩きながら指示を思い出す、次の患者、誰に向かえばよいのか、思い出せない。思い出せないっと言うことは指示が無かったって事もありえる、確認しにいこう。
セレグさんが戻って来るであろう診察室へと擦り減る音を響かせながら進んでいく
診察室へ向かっている途中、視界の隅に大きな影が見えた、大きな影が誰なのかぼやける視界を向けると大きな影が大きな足音を廊下中に響かせ
「たのむ!姫ちゃん!あいつを、あいつを助けてくれ!!」
大きな影が視界の全てを奪うように目の前に迫ってきたと思ったら膝を廊下に当て、肩を掴まれる。
彼女の大きな頭が下がり、彼女のおでこが私の胸に当たる…
視界を埋め尽くす大きな姿から視線を外して…
居るであろう場所に視線を向けたくない。
見たくない、知りたくない…でも…僅かな情報が見えてしまい声の意味を知る。
彼女の姿を見た瞬間嫌な予感がした、彼女の声を聴いて予感が的中していると賢い頭が肯定してくる、それでも、現実を受け止めたくない目視するまで、それが真実であると認めたくなかった。
彼女の頭がさらに深く下がると、目の前の視界が開けた開けてしまった…
認めたくなかった、知りたくなかった、心が折れて砕け散りそうになる。
目の前にいる女性の様に助けを求めて誰かに縋りついて泣きじゃくってしまいたくなる。
寄り添うように支えあっている彼から膨れ上がる感情に呼応するように己を奮起させる。
砕けて散るにはまだはやい、まだ、諦めるな!
歯を食いしばり、朧げで少しの風で吹き飛び飛んでいきそうな意識を強く保つために声を捻り出し、二人同時に屈強な戦士に支えられている患者へと一歩を踏み出す
「カジカ!!」「カジカさん!!」
屈強な戦士に支えられた患者の姿を見ただけで危険な状態だとわかる。
兜が半壊し、鎧が血に染まり、力なく垂れ下がる腕、その先は無く、引きずられている足からも血が溢れている
勇気くんと共に駆け寄ろうと前へ出ようするが、彼も体力の限界に到達している、踏みしめる足に力なく倒れ、膝をついてしまう、彼が万全であれば直ぐにでも立ち上がる、でも…立ち上がろうとしない
彼も私と同じ、意識を保つので精一杯。呼吸も浅く表情が暗く真っ青。
彼をこれ以上、酷使させるわけにはいかない…
私と違って無限の魔力を得ているわけではない、魔力が尽きてしまえば意識が保てないし思考がマイナスへと連れ去られていく、彼も魔力が欠乏しようとしている魔力で集中力を保ち、魔力で肉体を動かし続けてきた、人よりも魔力が多い彼でも、限界は来る、せめて、魔力、魔力さえあれば。
なら、魔力が無いのであれば…魔力を、まりょくを わたせば?
何時も貰ってばかり、なら、私が濾過して彼に祈りを渡せば
魔力を吸い出そうとする…されど、体に魔力が廻ってこない、後ろを振り返ると魔石には、輝きが灯っていない
いつの間にか魔石が空っぽになっている、交換したのはいつだっけ?
えっと、ま、せきを交換、し、ないと…ど、こに置いていたっけ?
って!ぼんやりと、かんがている、場合じゃ、ないっての!今できる事をする!
「それよりも、しけつ、止血はどうなってるの!?そこの長椅子、並べて急いで、彼を横にして」
近くにいた戦士達が急いで長椅子を並べカジカさんを長椅子の上に寝かせてくれる
「兜を外して、鎧は…」
鎧が血まみれ、下手すると鎧が彼の体に刺さっている可能性も…
近寄り鎧の状態を触って確認する、無傷とはいかないが、貫通した様子も無ければ凹んだ感じもしない!
鎧を染めたのは出血している頭から血が流れ落ちた?
兜が凹むほどの衝撃で切った、とみていいかも、だとしたら血をどうにかしないと、なら、血をとめ、とまってる?えっと、あと、あとは、あたまは、縫えば、縫うのなら糸、縫合、ほうごうし、どこだっけ
噎せ返るような死の匂いに思考が鈍っていく…
何時もの私なら回復の陣を起動し即座に縫合糸で傷口を縫い血を止める
それが出来ない程に、私達は神経を摩耗し過ぎてしまっている。




