Dead End ユUキ・サクラ 妖闘桜散 (114)
小さな幸せを噛み締め、小さく高鳴る心臓に心地よさと安らぎを感じていると
「?…むぅ…」
次っという、短文ではない声が聞こえてくる。
あ、悩んでるね、愛する旦那の声一つで直ぐにわかっちゃうんだから!
いい奥さんでしょ?にへへ。
っま、そういう感情抜きで、勇気くんとは本当に…長い付き合いだから声だけでわかっちゃうんだけどね。
しょうがないなぁ、愛する旦那が困ったら助けるのが才色兼備の妻の役目ってね!
私くらいなら、すんなりと通る車の下に潜り込むと
「ぁ!…はぁ、すまない、君を汚したくなくて汚れ仕事を請け負ったというのに」
一瞬だけ此方を見て直ぐに謝ってくる。
見えた顔は、困った顔?ううん、申し訳ないって感じてる顔かな?
彼の綺麗な顔が黒ずんでる、油汚れでちょっと黒くなってる箇所があったから、汚れた手で汗でも拭ったのだろう。
そんな油汚れで顔が汚れている勇気くんの顔もこれはこれでカッコいいよね!仕事が出来る旦那さんって感じでたまらん!にひひ。
「てひひ、その気持ちだけで嬉しいよ」
彼の手元が伸びている先を見て
「あ、そこはね~…うん、交換の必要は無くても良いよ、黒くてわかりにくいけれど、ヒビも入っていないし、現状でも十二分に動いてくれるから交換はしなくてもいいかな?」
「そうか!助かる!」
誰も見えない場所。
少し耳を澄ませれば色んな足音が聞こえてくる。
それなのに、この小さな隙間は二人だけの小さな世界へと切り離されている。
二人だけの小さな小さな世界で、二人だけの点検作業を続けていく
ずっと…終わらなかったらいいのになぁ…私は欲張り強欲さん…
永遠を望んでしまい始めている。終わらない世界に美は無いのだと思っていたのに。
「これで終わりかな~」
全ての点検箇所が終わってしまう、終わりを告げてしまう。
楽しかった時間も何時だって終わりだよって伝えないといけないのは自分。
もっと傍に居たいなぁっと、彼の美しい顔を眺めていると、ちらっと此方に視線を向けてくる?
「まったく、そんな綺麗な服を着ているのに汚してしまって、勿体無いぞ?」
綺麗な服?…ん?綺麗?ぁ?そういうこと?
「大丈夫だよ?戦闘服の上に来てるから、下着が見えるようなことは無いからね?」
流石にね?こんな隙間を覗き込んでまで、スカートの中身を見てくるような馬鹿はいないよ?後は、あれかな?スカートのことかな?
これに関しては譲れないよ?だって私の信念ポリシーだもん!
何時だって可愛い服を着ていたい!!っていうポリシーからだもん!
戦場であろうと!汚れる現場であろうと!フリルのついたスカートを着ているのだ!
ぁ、時と場合によっては着ないよ?服が引っかかって巻き込まれると危険な回転する魔道具とかの試運転、主に車のエンジンっというか、動力源?っというか、力場を発生させる魔道具の試運転をする時は、スカートは履かないよ?
スカートだけで戦場に出るのは危ないから、下にはちゃんと戦闘服を着てるからね?
だから、戦場で私のスカートが捲れたとしても!下着が見えるようなヘマはないのだ!にしし!
「そういう、ことではないのだがなぁ」
飽きれたような顔、スカートの事を言ってるってことだね!
勇気くんからすれば、フリルが施されたスカートって超高級品だもんね。勿体無いって思うだろうし、後は、ユキさんの苦労も知ってるからかな?フリルとかの模様を作る糸を編む作業が大変だって言ってたもんなぁ…
「そもそも、汚しても良いスカート選んでるよ?何年も前から長い事、愛用している古いスカートだよ、何時捨てても良いかなってくらい」
思い出の品って言うと、うん、思い出の品かな~。愛用して大事に身に着けてきたんだもん。ただねー、理想は上に来てる服も、もっと優雅にフリルを施したいけれど!上に関しては無地でだぼっとした野暮ったい服!
「上に関しては接続しないといけないからちょっと大きめのやつを選んでるけどね、不本意だけど!」
ぷくっと頬を膨らませて可愛くない服を着たくない、本音を漏らすとふふっと笑みを浮かべ此方を見つめ続けてくれる。
「仕方のない娘だよ」
慈愛に満ちた表情、勇気くんって本当に母性もあるし父性もあるよね。
そこが溜まらく恋しくなる。
ついつい、私に向けられる視線と彼の整った顔の合わせ技で視線を外すことが出来ない。
熱を込めて見惚れていると彼もじっとこっちを見てくる…
耳を澄ませれば多くの人が歩く音が聞こえてくるし、色んな人の声も聞こえてくる。
でも…誰もこちらを見ない、誰も此方に耳を澄ませない、誰も…つまり、ここって二人だけの世界?ってことじゃん!
そっと、彼の手に触れじっと瞳を見つめ続ける…
願いが伝わったのか、体を動かし、視線を合わせてくれる
「欲しがりさんだな」
何時もの言葉と共に顔が近づき
そっと、唇に触れてくれる…
たった、これだけ、これだけの事なのに満たされてしまう。
世界の不条理、悪意、悪辣とした意志、その全てを許し、全てを愛し、全てを忘れてしまいたくなってしまう、それ程までに甘美な衝撃が感情となって、心が埋め尽くされ満たされていく。
二人だけの空間で見つめ合い、愛を確かめ合っていると
「姫様~?今大丈夫ですかー?」
唐突に呼ばれたせいで、びくっと体が跳ねてしまい、その姿を見た勇気くんが笑っている!もう!良い雰囲気だったのに!メイドちゃんの声で二人だけの世界は終わりを告げる!
そもそも、足先がクィーンの外に出てる時点でね!
ここに私達が居るって言ってる様なもんだよね!二人だけの世界じゃないっての!
気持ちを切り替える為に、んんっと咳払いの様に喉を鳴らしてから
「なにー?」
普段通りの声色で、クィーンの下で返事を返すと勇気くんが外に出たら良いじゃないかっと呆れた様な顔をする、ごもっとも!
もぞもぞと体を動かしてクィーンの下から這い出るとメイドちゃんが手を差し伸べてくれる、車の下から這い出てきて見えた顔は視線をちょっとそらして申し訳なさそう?
「お取込み中、申し訳ありません」
手を握り立ち上がらせてもらった一言。
含みがある言い方だね~、バレてたりする?まぁ、バレてても別に?いいし?にへへ
そういうのは置いといて、ここは戦場、私を探す理由なんて決まっている。
「何があったの?っと、その前に」
近くを通りかかった術式班を呼び寄せチェックしたリストを渡す
「パーツ大急ぎで」
リストを受け取った術式班が遠ざかっていくと勇気くんも這い出てきて立ち上がり、周囲を見渡している。
メイドちゃんも落ち着いた雰囲気で待ってくれている。丁寧に改める様に
「よろしいでしょうか?」
落ち着いて発言の許可を求めてくる辺り、緊急事態って感じでも無さそうかな?
「うん、どんな言伝?」
「はい、医療班団長と研究塔の長からのご連絡です」
お?お母さんズからか!ってことは、早くも仕事が終わったって事?ケーブルのチェックとか地下の様子とか調べるところ山ほどあるのに、もう、原因掴めたのかな?
「では、口頭にてお伝えさせていただきます、単刀直入に言うわね、魔力送信ケーブルが千切れている箇所を発見、何かに切断されたのではなく千切れているわね、パーツの交換はしてみたから、魔力が送られているのか確かめてもらえる?っとのことです」
報告された内容に驚きを感じてしまう。予想外過ぎる全てが。
…千切れている?焼けたのでもなく?切断されたのでもなく?っていうか、よくこんな短時間で見つけれたね?
「詳しい事などは此方の紙に書かれているので、後ほど、時間がある時にでも確認して欲しいそうです」
紙を渡されるそれも二枚程度?んー、急ぎ足でも無さそう?
取り合えず、魔力が流れてきているのか確認するべきだよね?
流れていたら破損している箇所はそこだけってことになるから、他を調べなくても良いよって言えるから早期に帰還させれるもんね。
「うん、わかった。後で確認しておくね!」
「はい!では、私は…何か急用はございますか?」
メイドちゃんにしか出来ない急用?んー…ちょっとまってね。クィーンの簡単な個所のメンテナンスだったらメイドちゃんも出来る、タイヤの交換とか、普通の車と変わりは無いから。その辺りをお願いしても良いんだけど、その辺りは術式班でも出来るし、研究塔の人達でも問題なく出来るから、メイドちゃんがするべき仕事じゃない。
難しい部分のメンテナンスは私がするとして、かといって今すぐってわけでもなし。
パーツが届くまでここでじっとしている暇があったら、先の一件、その確認をするべきだよね?ってことは、私の傍に居る必要はないよね?
っとなると、現時点で、私の傍でメイドちゃんにして欲しい事は…特にないかな?
「大丈夫、かな?特に急用も無いよ。伝令班としての仕事があればそっちを優先して欲しい、私も団長から頼まれたことを終わらせてから~…パーツが届き次第、トラックのメンテナンスをしたいから、ん~休憩を取るとしたらその後、かな?汚れるもん、寝る前に終わらせたいかな?…たぶん、寝る前まではこの辺りにいると思うから何かあれば直ぐに知らせて」
小さく頷いてから
「はい!承りました!他の部署にも伝令を頼まれていますので失礼します」
何時も通りに元気な返事をしてから丁寧なお辞儀をし、くるっと優雅に反転しスカートをパタパタとなびかせて目的の場所へ向かって駆けていく。
その後ろ姿を眺めるだけで心が安らぐ、やっぱり戦場であろうと何処で在ろうと華は大事だし、徐々にいつも通りのメイドちゃんに戻りつつある、彼女のスペックは高いから普段通り動いてくれると安心する。ったく、大国のやつらが居なければメイドちゃんも本調子で最大限に活躍してくれるのに、厄介だなぁ…
メイドちゃんを見送ったので、自分も目的の場所に行こうかな
ぐっと背伸びをすると
「…俺も行こう」
周囲を見回してから、此方の様子を伺っていた勇気くんが声を掛けてくれる。
ん?何処かに行くの?てっきり、休憩時間かと思っていたんだけど?今から出撃?
何処に行くのだろうかと勇気くんを見上げていると
「珍しく呆けているのか?俺も君に付いていくっと言ったのさ」
ハンカチで手を拭きながら微笑み返してくれる
「時間大丈夫なの?」
「ああ、君が敵を激しく殲滅してくれたおかげでね、中央も左部隊も暇をしている。この隙に各々休憩を頂いているってわけさ、休憩の後に宰相の部隊と交代する予定だ、時間としては5時間ほどってところかな?」
想っていたよりも?結構、長い時間だね?
「長いと思っただろ?俺もそう感じる、君が敵を引き付けている間、俺達はひたすら土木作業をしていたから体がなまって仕方がないっていうのにな」
敵が湧いて出てこなかったから作業は進んでそうな気がする。
埋め立て作業はどれくらい進んだのかな?まぁ、それも道すがら聞けばいいかな?
「うん、それじゃ、積もる話もあるしさ行こ!」
「ああ、行こうか」
父性に満ちた笑顔で手を差し出してくれるので彼の指先を握る。
まるで、子供がお父さんの手を握る様に…




