Dead End ユUキ・サクラ 妖闘桜散 (18)
何時もの様に…声をかけようとした瞬間、ふと彼との長く永く長い時間が心の中を駆け巡ってしまう。
心の中で駆け巡った思い出によってうっかり涙が零れない様に気をつけながら、何時ものように、彼との日常…普段通りに挨拶をしようと、絶対に涙を流さない様に気を付けて笑顔で声を「お疲れ様、せんしちょ、ぉ?」「戦士長!お疲れ様です!!人型をもう倒されたのですか!?流石です!!」掛けようと思ったら割って入ってくるとは…良い度胸してんじゃん?ぉぉん?それが若さか?ああん?なるほどね?お坊ちゃんの目当てはそっちね?ほぉん?この街では私は幹部ぞ?お前の上官だぞ?その言葉を遮るなんていい度胸ですことぉ…
言葉を遮り割り込んできたお坊ちゃんは、物凄い速さで戦士長の前に陣取り尻尾を振り笑顔を振りまいている…
中々に忙しくて会えない戦士長に会うためにはどうしたらいいのか、考えた末に、お坊ちゃんは何処かで知ったんだろうね、ここにくれば戦士長にあえるって…
その為ならマリンさんという保護者がいるとはいえ、死の大地での巡回任務っという過酷な夜勤から帰ってきたっていうのに…
考えたくないけれどお坊ちゃんの行動を推理するとしたら、すぐに仮眠を取って、会いたい人に会う為に体も精神もくたびれているはずなのに、気合で起きて駆けつけてきたってわけね、ふーん、なるほどね?
…欲に忠実なやつだな。こういうやつは戦場でやらかす気がする。
うん、絶対に戦士長の部隊に配属させれないな、出来る事なら後方部隊に所属させるべきじゃね?
私の記憶が確かなら…お坊ちゃんの家柄って…武勲が欲しい家柄だったはず、っま、そんな理由なんてね、突っぱねるか。お坊ちゃんの事情なんてどうでもいいや。それよりも、お坊ちゃんのせいで誰かが危険にさらされることを優先して考えるべきだよね。
それにね、別に…うん、戦士長と同じ部隊じゃなくても武勲は上げれるから別にいいよね?
割り込まれたことに怒りを感じてはいるが、絶対に笑顔を崩すことはしない、上げた手をゆっくりと下げ、腹に渦巻き始める感情に向き合い、鎮静させるように抑えていると
「ふむ、処すか?」
私に聞こえるくらいの小さな声で囁きながらお爺ちゃんが此方に向かって歩いてくるが、そのジェスチャーは良くないよ?
喉元を掻っ切る様なジェスチャーをしてくるのでダメダメっと手を振って制止する、お爺ちゃんならやりかねない!家ごとやりかねない!
上下関係が厳しい王家直轄騎士団だと上官の言葉を遮る様な行動は即処罰の対象だと思うけど、ここは軍隊じゃないからね?
此方の制止する姿を見てから、眉間に皺をよせ、ふむっと頷いてくれてはいるが、此方に向かいながら顎を触りながら納得のいかない表情をしている。たぶん、私がしたらダメって指示を出したからこそ手を出さないだけで心の中は絶対納得してないんだろうなぁ。
元王国最強の騎士だからこそ、礼節を重んじているんだろうなぁ。
格式高いお爺ちゃんには、郷に入っては郷に従えって言葉を何度、言い聞かせたかわかんないってくらい耳に流し込んでいるんだけど頭の中に残っていないんだよなぁ…
此方の注意に対して声に出して反論せず頷いてくれるけれど、殺気が漏れてるよ?言葉を遮ったお坊ちゃんを睨まないの!行動が伴っていないよ!頑固者で扱いづらいなぁ、悪い事じゃないんだけど、ここは軍隊じゃないからね?規律をしめすぎても良くないんだよ。
お爺ちゃんが近くに来る頃には、気が付けば戦士長のすぐ横には一目散に駆けつけてきたお坊ちゃんが陣取り、その光景を見ていた人物達も、若い人物が駆け寄ってもいいのならと、お坊ちゃんの動きを皮切りに次々と戦士長の周りに人が集まっていく。
彼の人柄の良さからか、誰かが質問し始めると徐々にヒートアップし、質問攻めへと発展していく。
この空気感だと、次の実験は出来そうも無い。
尊敬し滅多にあえない憧れの人と交流できるのなら、誰だって交流したいよね。その気持ちはわかる。
なので、皆の心が落ち着くまで時間はかかるだろうし、暫くの間は、戦士長との貴重な交流会としておこうかなっと。
大陸の外で、自国の騎士として活動していた人にも、この街で戦士長と呼ばれる人のうわさは届いているみたい、彼の英雄譚に触れて憧れている人も多いからね。
どうして、彼の英雄譚がこの大陸を飛び出て他国にまで、広まったのかと言うとね、私でも止めることが出来ない人物が絵本を出しているからなんだよね。
絵本が売れているのは知っていたけれど、まさか、外の大陸にまで流れているってのは、知らなかった。
彼の英雄譚だけじゃなく、お父さんも有名、お爺ちゃんも有名だと噂は混ざっていって彼の英雄譚だけじゃなく三人分の英雄譚が混ざってごっちゃごちゃになってるみたい、有名人は大変だね!
広まった原因が絵本だけじゃなくてね、彼が若くしてこの街で上げた功績もいつの間にかいろんな国を渡る行商人と共にしている吟遊詩人が歌にしてたみたい。
その歌に乗っかる様に私でも制止することが出来ないセレグさんの奥さんであり研究塔の長こと、フラさんがね、それを題材にして絵本を描いて発売してたりするっていう影響も、あるんだろうね。
娘さんが次の研究塔の長になるのが決まっているから絵本を書く余裕があったのか、はたまた、売れそうだと判断して書いたのかどっちだろう?
…この街が裕福じゃなかった時代、お母さんと一緒に金策の為に色々と尽力を尽くしてくれた人だからね。
金策の為なら、もう描かなくても良いんだよ?なんて言えない、もしかしたら純粋な趣味かもしれないから。
彼女が描く絵本の中には、私が題材となっている絵本もある、種類も豊富で、かなりの数が描かれ、売れに売れているのも知っている。
本音を言うと恥ずかしいからやめてほしかった、でも、先に言った事情があるから止めれなかったし、その、私も彼女が描く絵本のファンでもあるし、彼女の書く本にはお世話になってたから本を書くなって言えないんだよね…
結果、彼女が描く絵本の題材として私以外も戦士長も仲間いりってね!
戦士長も、私が絵本の題材になっているのを知っているし、その絵本を読んでいるから彼女の絵本がとても綺麗なモノだって知っているから止めようとしない。彼が嫌だって言ったら、止めても良かったんだけどね~。
そんな事を考えながら人だかりを眺めていると、お爺ちゃんが正面、すぐ触れれるくらいの距離にまで近づいてきている。
ゆっくりと手を上げ、慣れた手つきで私の頭をひと撫でし微笑んでくれる。
ここの流れだけ見たら元筆頭騎士様の隠し子だと思う人もいるくらい私達の間柄はとても近しい。
拳を交わしたもの同士だからこそお互い気を許している。まさに、強敵と書いて友と呼ぶってね。
っへへ、っと、ニヒルな笑みをお互い浮かべあうと、頭から手が離れ顎先をクイっと実験場に向ける
「して、姫様よ、これらの説明をしてもらってもよいか?…よいかの?」
口調を改めなくてもいいのに、まったくお偉い立場にいた人は大変だね。
どうして昔の口調になるのか、気になったから経緯を聞いてみたんだけど、ちょっとわかる気がする。昔の癖ってのは直ぐに抜けないモノだよね。
昔の口調でもいいんじゃないの?ってさらっと聞いたことがあるんだよね。
なんでも、引退すると決めてから、隠居爺っぽくするにはどうしたらいいのかって彼なりに色々と模索していたことをね、さらっとカミングアウトしてくれたんだよね。
筆頭騎士の時から考えてかんがえて、ある日、この答えに辿り着いた。
話し方を変えてみてはどうだろうかという答えに辿り着き、実践する様になって定着してきてからは、筆頭騎士として勤めていた頃に漂っていた人を寄せ付けない威圧感が消えてきて隠居爺っぽくなってきたと実感を感じていた、けれど、人が多く集まっている場所で尚且つ守るべき上の立場の人が近くにいると、ついつい昔の癖で、筆頭騎士としての立ち振る舞いが表に出てきてしまい、うっかり昔の口調に戻ってしまう時があるみたい。
まぁ、しょうがないよね、年齢を重ねるとね、滲み出ちゃうもんだよね、歩いてきた足跡ってやつだね。
そんな過去の経緯を思い出している間に、此方が許可を出す前に彼は動き出す。
自由奔放という言葉は彼のためにある…
勝手に動いて、何時もの様に、子供が新しいおもちゃでも触るみたいに親の許可なく勝手に持って遊び始める。
許可を得る前に行動にうつすのなら許可を取る意味とは?って、考えていたら彼と付き合ってられなくなる…
っま、何も言わずに触るよりかはね、いいんだけど、釈然としないなぁ~、危ない使い方しないって信頼しているから、勝手に触ってもね?別に良いんだけどね。
良いんだけどさ、説明をさ、求めているのに説明を聞く前に槍を手に取ってピュンピュンっと振り回し始めるのってどうなの?って思わない事も無い。万が一に備えて念のために間合いの外から振り回している槍の使い方を説明する。
説明を受けた後、何か思いついたのか、ふむっと顎に手を当て、おもむろに回転ギミックを作動させるとほぼ同時、ほぼノーモーション、片手で槍を軽々と的に向かって投げつける。
投げつけられた槍は真っすぐに的へと当たる、的からカァンっと突き刺さる音が聞こえ、刃の五分の一くらいが刺さった状態で先端が回転を始めようとしているが、槍を握っていないので棒の部分が回転し始める。
その状態を見て、そうなるだろうっと言わんばかりにうんうんっと頷き、回転している棒なんて気にせずに回転している槍の石突に向かって掌底を撃つと、ゴォンっと鈍い衝撃音を周囲に響かせた。
掌底から繰り出された衝撃は、槍の先端をより深く的に刺さるどころかあっさりと的を撃ち抜き貫通する。
先端部分にある刃は、的を貫通してから飛び出し、掌底の勢いもプラスされているからか、撃ち抜いた的の後ろの石壁に槍の先端がドリルの様に激しく回転しながら甲高い音と共に突き刺さる。
その一連の流れを見ていた研究員が、これが伝説の騎士っと驚きながら感想を溢す様に眺めていたけれど…
私は知っている、お爺ちゃんは、これでも本気の10%も出していない。
「ふむ、的が脆いな…脆いぞ?姫ちゃん?」
まるで意中の女性に少しでも振り向いて欲しいかのようにかっこつけてさ、腕を組んで、はぁやれやれだぜってクールにポーズ決めて流し目でこっち見んな!俺凄いだろ?って、自慢げにするなっての!そうなる結果何てわかりきってるの!そりゃそうだっての!前提が違うっての!
的に関しては、この大陸の上位陣が繰り出す威力、死の大地に住む獣を撃ち抜くほどに強烈な一撃を想定していないから!!
心の中で数えきれないほどのツッコミをしているとお爺ちゃんは徐に決めのポーズを解除し、先端のなくなった槍を手に取り、他に何か玩具が無いか周囲を見渡してると、貫かれた木製の的が状態を保つことが出来なくなり砕けガラゴロと崩れて落ちていく。
日常には無い特殊な音によって周囲がその音に気が付き、質問会が中断され彼らの音を奪っていく…
この場にいる人達の多くが用意された的がどれ程の硬度を誇っているのか体験しているからこそ、先の偉業が異形で異端、超常現象だと瞬時に理解し、一部の人達はその現象に恐れ慄き小さく震えている。




