Dead End ユUキ・サクラ (26)
これが、最後の点滴?…うん、悲しそうな顔をしないで、祈りはもう届かないし、私を…ここを魔力で満たすのは難しい。
だから、うん、行ってくるね。最後くらいみんなの笑顔を見せて…
見渡す…薄暗い、地下室に集まった私の守りたい人々の笑顔…
なんて、暖かく、そして、美しいのだろう…私が求めていた美はここにある。私が求めていた世界はここにある。
この尊い景色を忘れない様に魂に刻み込み…魔石が置かれている部屋へと足を踏み入れる。
薄暗い部屋の中心に向かう。
陣の真ん中にぺたんっと座る。
封印術式を解除する…
私を封印していた血と魔力によって陣が起動する…
背中に繋がっている先から、魔力を全力で吸い込む…絶望の祈りが脳を搔き乱す。
嗚呼、そうか、教会の陣が暴走してしまったのか。
断末魔が永遠と脳を搔き乱していく…
絶望の声によって、己の内側が浸食され汚染されていく…
私を触媒として嘆きの声を天に届けようとする…
アレを呼んではいけない、アレに救いを求めてはいけない…
迂闊だった、この陣は…魔力を集約させるだけの陣じゃない、まだ、残されているトリガーがあった…
それは、人々の絶望・悲鳴・明日を呪う言葉だ…
残滓たちにそれらを抑えつけるか浄化するための手伝いを願う…
返事が返ってこない。
残滓たちに、願う!お願いだから答えて…
返事が返ってこない。
このままだと、儀式がもう一度…この大地で、天に届く…届いてしまう。異界の門が開く…
それだけは避けるべきだ…なら、ケーブルをカットして、私が持てる魔力だけ、それだけでも過去の、次代の私に繋げれば…
ごめん、ごめんなさい…次代の私も…犠牲になる…最後の最後…私がこの罠に気が付かなかったのがいけない。
全てが水の泡になる、全てが無駄になる、そうなる前に、私の全てを捧げ
『貴女は絶対に守る』
声が聞こえた…瞬時に世界が浄化される。
これは、そっか、これってそういう使い方が出来るんだ。
浄化の力…破邪の力、私、てっきり、敵の干渉を防ぐだけかと思っていた。だけど、違った。
不浄なるものを清める破邪…そっか、そうか、そういう…ありがとう、私の愛する人、ありがとう、叔母様。
祈りを捧げる。
暖かく、皆に見守られながら、私の周囲を囲む、私の家族たちと共に
祈りを捧げる
一つの大型魔石から光が消える
一人の気配が消えた気がする
『姫様のおかげで、あたいは、女として最高の人生を送れた気がする』
祈りを捧げる
一つの大型魔石から光が消える
一人の気配が消えた気がする
『わがは…俺は、自分が弱いのが嫌いだった、でも、俺よりも弱い人達が命を賭けて戦う姿を見て、弱いのもまた、いいのだとわかった』
祈りを捧げる
一つの大型魔石から光が消える
三人の気配が消えた気がする
『私達は…何もできなかった、悔しい、何もできなかった、でも、希望と言う光はまだ先にあるのだとこれをみてわかった悔いはない…今度こそ、二人で姫様を支えてみせる』
『次こそは、俺は…光へと至る…次は、もう…君を守るさ』
祈りを捧げる
一つの大型魔石から光が消える
一人の気配が消えた気がする
『ダーリンを…救って。私、やっと気が付いた、だーりんは…だーりんを…解放してあげて』
祈りを捧げる
一つの大型魔石から光が消える
一人の気配が消えた気がする
『僕…俺も、彼女と共に付いて行くよ。大丈夫、彼女もまた、家族だから』
祈りを捧げる
一つの大型魔石から光が消える
一人の気配が消えた気がする
『ありがとう、次こそは、皆と一緒に幸せになりましょう…貴女は私の大事な娘、貴女も、幸せになるのよ?ううん、なりなさい』
全ての魔石から光が消える。
ノイズの声はもう、聞こえてこない。全てが終わった。この星の運命も、今代の私も…
陣から立ち上がる。僅かな祈りがまだ私に伝わってくる。
喉からは何も出てこない、声…声は何か月出していないのだろうか?
滲む視界から薄っすらと見える一人の小さな影…ごめんなさい、貴方を形作る魔力は、もう残されていないの。
頷いてくれたように見える。
歩こうとするが、背中のケーブルが重たいので、念動力で強引に外す。
背中の何かが一緒に持って行かれたような感覚があったけれど、痛みを感じることはもうない。
足元に向かって何かが流れていく、熱くも冷たくも無い。
ぺちゃ、ぺた、っと小さな粘り気のある音を出しながら、陣の外へ向かって歩いていく。小さな影が私を支えようと近づいてくれる。
名も無き弟に力を分けてもらい、歩いていく。
ゆっくりと、灯りが消えている部屋を歩いていく。
何年も過ごした場所だもの、何があるのか、覚えているので問題なく歩ける。
ゆっくりと階段を登っていく。
手を前に出すと、手に壁が触れる。
手を滑らせていき、ドアノブに触れる。
ドアノブを捻り、前へ押し出そうとするが、動く気配がない。
きっと、最後の最後、誰かがこの部屋のドアを封鎖したのだろう。
わかってる。お母さんだろう。
体の臓器を魔力へ変換する、魔力を一点に集め、力場へと変換し、ドアを吹き飛ばす。
ゴンっと豪快な音と共にドアが吹き飛び、外からの光が全身を突き刺す。
いこうっと手を差し伸べると…小さな影はいなくなっていた。
彼が居たであろう場所に手が触れると、彼の声が聞こえてきたような気がした。
『いつか、どこかで…今度こそ、遊んでね』
うん、貴方の願いもいつか、叶えてあげる。
見えなくなった小さな影とさようならをして、光の中進んでいく。
行く当てもない、会いたい人は皆…いない
私の最後は…誰にも看取られない。
なら、最後の場所くらいは…自分で決めたい。
願わくば、もう、何年も踏み込んでいない、自分の部屋。
願わくば、お母さんと一緒に過ごした部屋
願わくば、戦士達と共に訓練をした施設
願わくば…
皆と笑った場所
音も光も、何も感じない。暖かいはずなのに、熱を感じない。風も感じない…
ただただ、足を引きずって歩いていく…
草木が生い茂る場所に辿り着く、見覚えのあるベンチ。
その先へと歩こうとしても、足が動く気配がない。
どうやら、ここが私の終着点だ
最後の力を振り絞り、ベンチの上に茂っている草木を吹き飛ばし、ゆっくりと座る。
背もたれに体重を預けるとべちゃっとした変な音がした、水気が含まれている様な音が聞こえた気がした。
視線を下げると、いつの間にか、私の白い服が、赤へと変わっていた。
紅白か、死に装束としてはいいんじゃないの?そんな風に何処か遠い世界を見ている様に自分の状態を受け止めてから、滲む視界の中、最後くらい、空を見たくなり上を見上げる。
天は高く、青い、薄っすらと月が見える。
その裏側には皆が居る。私も、もう少しで向かう。
体が揺れる、ゆっくりと空が近くなる
視線を下に下げる。
見た事も無い造形の人型が居る、羊の角…目も羊。鼻先は馬の様、そして、体毛は猿。体型も猿、いや、ゴリラかな?
大きさは2メートルを軽く超えている。
私を見てにやけるな、とっとと殺せ
ぺっと、唾を相手の顔に吐き捨てる…当たると嫌悪感を示したような目をする…っは、それはいかんぞ、その反応は
人だ
お前…獣じゃないな、魂があるだろう?お前は誰だ?
お前の情報、死に際だとしても過去に飛ばして見せる、祈りを捧げようと魔力を得るために臓器を溶かそうと、意識を向けて思い出す。
嗚呼、心臓と肺と脳しかない…
自立型の術式は試したことが無い、ぶっつけ本番だがやってみるか…
術式を構築しようとした瞬間だった
視界が天から大地へと変わっていく…
ごんっと一瞬だけ、跳ねると、視界は真っ暗、地面に突っ伏して何も見えなくなった…
だけど、ころりと、大地のへこみかわからないがほんの少しだけ、視界が開ける、眼球を動かして視界の先を見る。
視界の端に見えるのは影…
敵の足裏が見える…次は…お前を同じ目にあわせてやる…私は忘れない、絶対に…絶対に!!
次は、こっちが打って出る番だ!お前たちを、お前たちを!!絶対にぜったいに!!
殺しつくてやる!!鏖だ!!!
視界が真っ暗になると同時に、今代の私は…終わりを迎えた。




