Dead End ユ キ・サクラ (33)
改めて名前を尋ねられたので、姿勢を正して
「あ、ユキです、女将さんの名前は、えっと、えっとぉ?」
名前を名乗ったのは、いいんだけど、焦った表情で視線を泳がせている。
あ、ユキさんも同じ感じの人なのかも?それとも、お互いの自己紹介の時からかなり時間が経ってるパターンかな?
それだったらしょうがないよね?一度しか会ってない知人が10年ぶりにあったら、名前なんて忘れちゃうよね?
「ああ!そうそう!ユキだ!思い出したーねー!あたしはマリンさ!気軽に親しみを込めて女将って呼んでおくれ!」
お互いの初々しい自己紹介を肴に、二口目は普段なら不味いビールを喉に流し込む、こういう状況下で初々しい肴だったら、二口目は美味しく感じるかと思ったけれど~…
やっぱり二口目のビールはちょっと苦手かも?にがーい…
始祖様の情報だとさー、地球だとさー、これが大ヒットして超人気商品、居酒屋度定番商品ってことでさ、優先して作ったけれどさー、私はやっぱり、得意ってわけじゃないかな~。
王都とか、女将のお店だとさ、確かに、売れ行きがすんごいし儲けも凄く出てるから、いいけどさー…
もっとこう、私好みのお酒も増やさないといけないなって感じるわけなんだよね~私的にはさ、甘めですっきりとした飲みやすいやつの方が好きかなー。
しぶーいワインは嫌い!
あまめのワインがいいなぁ~、お酒の開発もどんどん進めて行っているから私好みのお酒が増えてくれるといいんだけどなー。増やさないとな~…
そう感じながらも、グラスに残されたビールがかわいそうなので、口をつける。
まぁ、この苦みが絶対的に嫌い!ってわけじゃないんだけどね、一口目は美味しいって感じるのにさ、二口目から、ちょっと遠慮気味になるこの苦みがなー
うーんっと思いながらもグラスを空っぽにし、胃から溢れ出ようとする空気をけぷっと音を殺す様に口の中で出す。
「っで、だねー、ユキは、勘違いしてるさーねー」
「なにを?」
女将の言葉が何を意味しているのか未だに理解できていないのか不思議そうにしている、やっぱりユキさんはちょっと変わっているのかもしれない。
「さっきの苦い飲み物はお酒さーねー、お酒に酔いやすいって部分じゃー飲みなれたワインよりも、まわり易いから、一気飲みとかしちゃーだめさーねー」
この言葉と同時に直ぐに視線を私に向けてくる、ううん、私じゃないね、空っぽになった私のグラスを見てるね
「ぁあー!そうなの!?お酒だったの!?だったら、ダメじゃないか姫様!子供がお酒を飲んだら!大人に怒られるよ!?」
指さして注意してくる大きなリアクションに驚いてしまい、音を殺して出していた空気をついつい、ケプっと音を出しながら吐き出してしまう。
「もうひとつ、ユキは勘違いしてるさーねー」
声を荒げるユキさんを宥めようとしている女将に向けて、カウンターをトントンっと叩くと女将はユキさんを宥めながらも、すぐに私が何を求めているのか察してくれて新しいグラスを取り出し、ワインを注いで私の前に置いてくれる。
渡されたワインをぐいーっと飲むと
「それってワインじゃないの!?ダメだって女将さん!子供にお酒を渡すのはよくないことじゃないの!?」
さらに、慌てふためいて、今の状況を良識ある大人に見つかったら一蓮托生で怒られるのではないかと想像してしまったのかユキさんの表情は曇り、青ざめている。
きっと、品行方正、清廉潔白、白から何色にも染まらず純真無垢で育って来たんだろーなー悪い事なんて一つもしたことないんじゃないの?
ついつい、慌てふためく人物を鼻で笑いそうになりながら、私は何も言わない、この状況を何とかしてくれると頷いてくれた人物を信頼しているから。
っていうか、私だとこの状況だとからかい過ぎて恥迄かかせてしまいそうだから、女将が傍にいてくれてよかったかも?
「落ち着くさーねー、勘違いしてるっていってるだろ?話をきくさー」
女将が立ち上がってユキの肩を叩くとユキはどうしたらいいのかわからず、私と女将をいったりきたりと視線を泳がせている
困惑した人を落ち着かせるように何度も何度も肩を叩き、ユキさんの目を見ながら真実を伝える。
「姫様は、大人さーねー、年齢で言えば…いえば?…えっと…」
何歳だっけっとこっちを見てくるので指をVの字をイメージして、人差し指と中指だけ広げ真実を宣言する!勝利を歌う様に!
「19歳!今年でね!」
ブイブイっとワインに口をつけながら自慢げにユキさんにアピールすると
「…ぇ?」
私の言葉が信じられないのか私の姿を上下たっぷりと舐めるように見てくる
うんうん、久しくなかったこの感覚、懐かしいね!
年齢と見た目が=にならない問題!封印術式の副作用で肉体の成長が遅れてるからね、こればっかりはしょうがない、致し方ない問題なんだよね。
私だってさ、お母様みたいにぼんきゅぼんになりたかったよ?…ぼんきゅっぼんになりたいけれども、お母さんほど、大きな胸はいらないけどね!おもそうだもん!肩こりやーや!
私の言葉が信じられないみたいで、言葉を失っているユキさんに女将は、真剣な表情に声色で追撃してくれる。
「嘘じゃないさーねー、外見だけで判断するのはよくないことさ」
言葉だけで説明すると絶対にそんな大きな女性がいるわけないって言われ続けている女将が言うと説得力が段違いだろーにゃー
同じような勘違いをしていたユキさんも、その言葉にはぐうの音も出ず、口を開く様子が無い。
この状況下であれば、私の言葉は何を言っても信じてもらえるだろう。
勝ち誇った表情でユキさんを見つめ
どや?私って若く見えるでしょ?っと胸を張って小声で言うと、今までの流れに小さな違和感を覚えていたのか、漸く今の状況が腑に落ちたのか、一切何も言わずにすっと席に座り、女将が用意してくれた牛乳をコクコクと飲み始める、気持ち良いの飲みっぷりだね~、色々と焦った影響もあって喉が渇いていたんだろうね。
全部飲み切ってコンっとカウンターにグラスを置くと
「うん、ごめんなさい早とちりしました」
私の目を見た後、深々と頭を下げてくる。
偉いじゃん、ちゃんと自分の非を認めて謝れるなんてね~、子供だろうが大人だろうが馬鹿みたいにプライドの高い人達は絶対に謝ろうとせずに言い訳ばーっかりするんだけどね~。
この素直な謝罪に色々とおちょくろうかと考えていた邪な部分はすっと消えてしまう。
「いいんだよー?お姉ちゃんだから許してあげるー」
にっしっしっと笑いながらユキさんの頭を撫でてあげる、これくらいなら別に怒られたりしないでしょ?可愛いもんだよね?
悔しがっているであろう相手の顔を煽る様に覗き込んだら、見せてくれた表情は、ちょっと膨れっ面になっている。
からかわれているってわかっているのか、ちょっと涙目になってるのが芸術点が高く私の嗜虐心を掻き立ててくるので背筋がゾクッとしてしまう。
私の良くない感情が膨れ上がっていくのを女将は感じ取ったのかユキさんを助ける為なのか、話題を切り替えるように新しい会話の流れを作ろうとする
「それにしてもさ、月日の流れってのは、驚く様に早いもんさぁねー…姫様がこの街に来てから、もう何年経つのかねー?」
しみじみとした会話のパス、自然な流れで助け舟を出した女将に視線を向けると、女将は気恥ずかしいのかビールをぐいっと飲みながら質問をしてくる。
この流れに乗っかるのが自然だよね、ユキさんをからかって遊ぶのは初対面の人がすることじゃない、ましてや上役がそんな風に下の人を肴にして酒を飲むのは非常に意地が悪い最悪な上司って印象を与えてしまう。何事もほどほどにってことだね。
「そうだねー、驚くことにさ、もうすぐ、7年くらいじゃない?確か~12のときくらいにお父様に勘当同然っていうか、勘当されたんだよねーこの街で」
この街での私ってさ、周りからは貴族の捨て子って形になっているんだよね、まぁ、あながち間違いではない。
それにさ、私としてはこの街に来たかったから願ったりかなったりなんだけどね?
お父様も命短い私の願いを汲み取ってくれたのかもしれない、お母様を亡くしてから私は閉じこもる様に術式の勉強ばかりしていたから…
貴族の務め?んなもんシラン!って噛みついてばっかりだったものなぁ…
外を知らないお父様が不憫に感じたのか、貴族の務めを果たすべきだと考えて用意してくれたのか知らないけどさ、押し付けるように色んな講師を用意して来たんだよね!
講師陣の方達は私の事を腫れもの扱いする人もいたもんなー特に運動系統、参加するのめんどくさくてどうやってサボるのかばっかり考えていた気がする。
戦略関係とか頭を使う講義は好きだったんだけどね~…唯一、尊敬できた先生は長生きして欲しかったな~なんてね…
当時の思い出したくない実家での出来事を思い返していると、私の境遇が捨て子というか勘当というか憐れまれる様な悲惨な過去があるのだと知ったユキさんは驚きの表情をしてさらには、悲しみの目?ううん、よく見たよ、12歳で死の大地に捨てられてしまった可哀相な人だという憐みの瞳だ。
「ぇ?…えぇえ!?」
突然の状況にある程度の事情が飲み込めつつも飲み込めきれないのか感情が声によって溢れ出ている。
そりゃぁ、こんなにもあっさりとあっけらかんに凄い境遇を話し始めたってことに驚くのは当然だとして、ユキさんが驚き信じられないのか此方を二度見してくるんだけど?
良いリアクションを目の当たりにしてちょっとほっこりする、先の一瞬だけ見せた憐みの瞳については見なかったことにしましょう。
でもなぁ、当時の状況をしる私としてはさ、私のような境遇の人って、左程、珍しくないと思うんだけどなぁ?
当時の、この街ってさ、各国っていうか、各町でさ、人身御供のようにさ、街の人達から捨てられるようにやってくる人が多かったじゃん?
っていうか、そういう制度があるくらいだしなー、最近は志願兵ばっかりでそういった制度は廃止しても良いと思ってるんだけど~
マンパワーは何時だって欲しいからさ~
悲しみを背負ってこっちに来たとしても!
しっかりと明日を見る為の希望を見せてあげて!
ガッツリと稼げるように仕事を与えまくって!
技術と知識を叩きこんで!
それでも、村に帰りたいって希望を出されたとしても!
立派に育てて返す!って、流れを作ってるから、別にいいんだけどね?
そのおかげでさ、こっちで稼いで技術を身に着けて立派な人に育ってから、ふと村に帰りたいって言う人も居たんだよね。
いいよって許可を出したら、数日後に帰ってきた人も居たんだよね、帰ってこなかった人も勿論いるよ?
なんでも、色々と村での心残りを清算してきて、こっちに戻ってきて気持ちよく働いている人もいるんだよね~。
この街では戦士が多く欲しいけれども、その戦士を支える為の産業っていうのも当然大事なわけでね~
この街と王都を繋ぐ途中にある畜産エリアや、そこから西や東にちょっとそれると用意してある工場エリアでガンガン働いてもらってるんだよね~
希望してくれたら他の仕事も幾らでも斡旋してるからね?
王都での勤務もあるし、地方での勤務もあるし!この近くにある近隣諸国にも、仕事はあります!色街とかお酒とかそういうのがいっぱいだけどね!
私が管理するカンパニーは何時だって人手不足なんだよね!
…この大地が死の大地と呼ばれる原因を駆逐しきったら、この街を王都以上の街にするっていうのも、私の夢の一つだもん。
生きてるうちに実現しないと、ね…
この後はさ、お互いの身の上話をしてるうちにさ、ユキさんが私に抱いていた勘違いは全部!きれいさっぱり解消できたみたい。
話してみてわかったけれどさ、うん、勇気が言っていた言葉の通り、彼女の心は女性だし、年齢も低く感じる…
よっぽど、周りに愛されていたのか、全然、擦れていない…
そりゃ、悪い事とか、王都での暗い事も多少は覚えがあるみたいだけれどさ、当事者じゃないからこそ、何処か遠い世界での話で自分とは関係が無いと思っていたのかもしれない。
平民の殆どがそう言った思想を持っているって言われたらそうだよねぇって印象を私も持っているから、彼女の姿勢は間違いでは無いと思うけれど…
彼女の生まれ境遇、背景を知ると、それを誰も修正しなかったのが問題だと感じてしまう。
誰も修正訂正できなかったのも彼女が持つ魔眼の影響なのかもしれないね。
魅了の魔眼
確かにさ、私も多少は中和されているから完全に魅了されたりしないけれども、それでも、彼女に嫌われたくないって常に心の何処かで訴えかけてくるのを感じてしまう。
中和されていない人達だったら自然と彼女の事を贔屓してしまうのだろう、彼女に嫌われたくないから。
相手の心に沁み込む様に影響を及ぼす類の魔眼っていうか、そういった洗脳系統の術式に、それらの魔道具は本当に厄介…
耐性を付ける為の魔道具なんて全員に用意できたもんじゃない、予算が膨らみ過ぎて流石に、傾いちゃう…
そんな事を考えながらユキさんと女将の昔話を聞いてるふりをしていると、女将がそろそろ良い時間だけれど、まだいるのかい?っと心配してくれるので、ユキさんに今日はもうお開きにしましょうっと声を掛けると名残惜しそうにうんっと頷くので
「時間がある時にまた来ようよ!次は、ユキさんでも楽しめるお酒も用意して持ってくるから」
次の約束を取り付けると、嬉しそうな笑顔で頷いてくれる。
彼女の屈託のない純真無垢な姿に心が洗われるような気分になってしまう…いや!私の心濁ってねぇから!汚れてねぇから!私だって純真無垢でキレイキレイだからね?
女将に支払いのカードを渡すといっつも突っぱねてくるんだけど?
女将からすれば店の道具も場所も何もかも用意してくれた人にお金なんて請求できないって言うから、強引に支払って(多めに)問答無用でお店を出ていく
お店の外に出ると涼しい風が通り抜けていく
ほんの少しだけど、お酒を飲んだからか、女将が用意してるつまみが香辛料多めでピリっと辛いからか、体が火照っているので、本当に心地よく感じる。
ユキさんも同じみたいで、ううーんっと背筋を伸ばして吹き抜けていく涼しい風を堪能している。
お互い顔を見合わせてへへっと笑った後、無言で自分たちの部屋に向かって歩いていく。
無言で、だけれど、孤独感を感じることが無く、私の部屋がある建物の前に到着したのでユキさんの方に振り返り
「またね!明日もお仕事がんばろ!お休み!」
っと、笑顔で手を振って別れる、ユキさんも嬉しそうに笑顔で手を振ってくれ、うんっと頷いてくれたのが凄く嬉しかった。
きっと、友達ってこういう感じなのだろうなって感じると勇気に頼まれたとかそういうのを関係なしに、私は彼女の事を友人として認め、友人として、隣人として、共に歩んで生きたいと感じていた。




