Dead End ユ キ・サクラ (29)
彼を見送った後、不思議な結界のようなものは消えた。
その直後に張り巡らされた索敵術式の反応が返ってくるのを感じる。
うん、問題なく探知できる、っていっても、人以外の何かが索敵範囲に入らない限り私に警告を出さない術式だから、今は何もないけどね。
誰もいない空間になると、張り詰めていた心を解きほぐす様に伸ばしていた背も曲がり猫のように丸くしながら、ベンチの背もたれに体重を預け、空に浮かぶ見えないお月様を探してしまう。
数々の星の煌めきの下、月が見えない暗い夜なのに、何も不安を感じることが無い、私の心は真っ暗な世界で悠々と燦然と輝く星々と同じように輝いているような気がしてくる。
…私は独りじゃない これからも 独りじゃない
永遠に表れないと思っていた、私と同じ世界を歩んでくれる人物に出会えたことに自然と涙が、歓喜の声が溢れ出てくる。
彼と同じように歓喜の声は頬を伝い、地面を濡らす、きっと、その地面からは新しい生命が芽吹く様な気がする程に、その雫は明日を望んでいる。
ひとしきり感情を吐露した後は、清々しい気持ちで自室へ向かって歩いていく。
明確なやるべきこと、すべきことが見えている時ほど、楽しいことはない。
私には、頼れる仲間がいる、頼れる家族がいる、頼れる志を共有する人が居る…
この瞬間こそ、私が最も生きていてよかったと思えれる瞬間じゃないかと感じるほどに、私は満たされていた。
ってなわけで翌日!!朝早く起きて!っていうか、殆ど寝てない気がする!調べものしてたからね!
そんなテンションでぴゃぴゃっと仕事を終わらせてお母さんの部屋に突撃すると、一瞬驚いたような顔でこっちを見て、ふぅっと軽く背筋を伸ばした後、机から立ち上がって
「今度はなーに?何の仕事を押し付けに来たの?」
肩をグルグルと回しながら、ソファーとテーブルがある席に向かって歩いていくので私も同じようにソファーに向かう
お母さんがソファーの上に身を任せると、私もお母さんと同じようにお母さんが座った隣で、柔らかいクッションに身を任せて、間髪入れずにここに来た目的を話す
「魔力ちょうだい!」
子供がお母さんにお小遣いをせびる様に抱き着いてお願いすると
「昨日あげたような気がするけれど…何か実験でもしたの?まぁ、良いわよ、そういうお願いなら幾らでもね~…」
ぎゅっと抱きしめられたと思ったら、体に魔力が注がれていく感覚がくる。
この、何とも言えない、満たされるような感覚が好き…
お母さんに甘える様に大きな胸に顔を埋めるようにじっとしていると
「ふぅ…二日連続ってのは久しぶりねー、歳かしら少々堪えるわね~久しぶりにまっずいアレを飲んだ方がいいかもしれないわね~」
温もりを感じながら魔力の流れていく感覚を堪能していたら、思っていた以上に早くに終わってしまった…
個人的にもっと欲しかったけれど、しょうがないか、医療班の人達にお母さんに魔力を渡してもらえないか後で打診しておこっと。
魔力譲渡法を終えた後も、私は敢えてそのまま抱き着いていると、お母さんも何か察したのか私の頭を撫でながらその場に留まってくれる…
こういうお願いってしたことが無いから、搦め手も無く誘導する術も無くお願いする時ってどうやってお願いしていたっけ?っと考えていると
「珍しいわね、貴女が無策で何かをお願いしに来るなんてね、それとも今何か搦め手でも考えているのかしら~?」
ぽんぽんっと背中を優しく、まるで子供をあやすかの様に叩かれる。
長い付き合いなだけあって私の考えはある程度、読まれてしまう。
無駄な時間を省くのがもっとう!信条だっていうのをお母さんは良ーく知っているから、こうやって何も言わずに甘えてくる状況がどういう意味を成すのかしっかりと見抜かれてしまう。
こういう時は何も考えず思ったことを言おう、その方がジラさんにとっても都合がいいのかもしれない
「えっとね、うん、と、ね?すっごく突拍子もない話してもいいかな?」
この話は凄くデリケートで医療に携わるお母さんでもそう言った事象があることを知らないと思う。
それとね、不安要素があるんだよね、この発言によってお母さんが私を変なことを言う人だと思われてしまったら、その時点で突破口が塞がってしまう。
言い淀んでいると、気にしないで言いなさいっと背中をぽんっと叩く感覚で真っすぐに相談するっと言う決断が湧く
「…お母さんの想い人、偉大なる戦士長…シヨウさん」
その名前を言うと少しだけお母さんの体がぴくっと、反応する、わかってる、この話題を出せば叔母様も水面下で起きるという事も…
だからこそ、真っすぐに話したい、叔母様にも伝わる様に
「その、息子さんの事なんだけどね…」
お母さんも何か思い当たることがあるのか、私の背中に置かれた手の指先に力が込められたのが伝わってくる。
「…あの人ってね、その、体は男性なんだけどね…心は女性なんじゃないかなって思うの」
まずは、断定しないで憶測を伝える、お母さんは知っている…私が基本的に何かを語る時はしっかりと裏打ちをとってから、真実に近い状況になってから報告することが多いっとうことを。
けれども、こうやって断定できない状況で話すという事は、独りでは抱えきれない問題を抱えている時が多いという事を長年の経験で知ってくれている。
背中に置かれた手のひらが握られたような感覚が伝わってきたと思ったら、再度開かれ、私の背中に触れ優しく摩ってくる…どうやら、お母さんの中でも答えがでたみたい
「…そう、やっぱり、そうなのね、私だけがその違和感を感じていたわけじゃないのね…」
やっぱり、お母さんは医療人としての目をしっかりと持っている、違和感を感じたら絶対に忘れないようにしている。
魅了の魔眼に精神を汚染されていても、長年培ったものまでは消えることは無いのだろう
「実はね…その違和感を感じてから、密かに色んな文献を探しては読み漁っていたのよ…過去にこういった事例が無いかって」
これは、予想外、まさか、お母さんが既に動いていたなんて知らなかった…
仕事に追われているのだとばっかり思っていた、自室から滅多に出てこないし、医療班の仕事も忙しそうにしていたから…
お母さんにしか出来ない仕事を割り振っている、当然、その仕事量も把握している、仕事量的にも、最近は辛いのだろうってのいうのは、わかっていたから、深くは話を聞かなかったから、気が付かなかったな…
「悪魔付きって言う文献を教会から取り寄せた時に、それに近いモノが書かれていた、女性の体なのに、宿した心は男性なのではないかっていう…世継ぎが欲しくて迎え入れた妻が極度の男性嫌いで、その事を教会の人に相談したら、男性の悪魔が憑りついているみたいな話で…最後は胸糞悪い結末になった話に辿り着いたのよね…」
ぎゅっと力強く抱きしめられる…その結末が相当なモノだったみたい、思い出して辛くなったのかな?
恐らく、教会にそういった資料があるのを叔母様は知っていたから水面下で意識化に影響を与えてその本を取り寄せるように仕向けたんだろうなぁ…
「かれも あいする むすこも そうなるのではないかって まいにちが ふあんだったの」
この声は叔母様だ…叔母様の心とお母さんの心が重なっている…
この二人を安心させるには知識が浅い私では説得力に欠ける、昨夜、こういった事が地球でもあるのか調べてみたらある言葉を見つけた…
始祖様って本当に本を読むのが好きみたい、始祖様が地球で得た知識をメモ書きみたいに共有してくれることに有難味しか湧いてこない。
「…始祖様が遺してくれた知識の中にね、トランスジェンダーっていう言葉あるの…」
この発言に二人の心が重なり小さな声が漏れる、その声はまさに救いを求める迷える鳴き声そのものだった。
始祖様が調べたトランスジェンダーというものについて説明していくと、お母さん達はそういう風に生まれてくる存在があるのだと安堵するような声が漏れてくる。
二人にとって始祖様と言う存在は大きなファクター、私にとってもね、その人が調べていた言葉ってなれば二人は自然と受け止める。
私だって受け止める。それに、地球の化学っていうのも、医療っていうのも、私達に比べたら物凄く先を進んでいる、その技術が導き出した答えに疑問は…出来る限り持ちたくない。
「彼が、彼女だという可能性があるのであれば…私達はどの様に接すればいいのかしらね?」
叔母様の気配が消える、そっか、叔母様ってけっこう、自分本位だから、息子にしか興味が無いのかもしれない?勇気の事は絶対に秘密にした方がいいかもしれない…
「本人がどうしたいのかって意思確認をした方がいいと思うんだよね、っで、それを打ち明けてくれるまで私達はそれとなく彼の事を…ううん、彼女の事を見守って相談役に徹するのがいいんじゃないかな?」
現状、私もどうするのが正解なんてわからないもん…
こういった心の問題は押し付けてはいけない気がする、から。
私の考えを伝えると、後は答えを出すまで待つだけ、今日の私のすることは完了、かな?
そんな風に考えながら、私は流れに身を任せる…お母さんは、私を抱きしめたまま長考する…
うーん、久しぶりのお母さんの温もりの影響で眠くなってきちゃったかも…
ぁ、ちがう、じゅんすいに…ねぶそくだ…った…それ、に…あさはやく…がんば…って…おきて、しご…とした…から…
熟考する人に抱きしめられながら私の意識は出航するのだった…まーる…すぅ…




