Dead End ユ キ・サクラ (25)
勢いよくドアを開き、建物の外に出ると、異様な光景が眼前に広がる
街の人々が、最前線を守る人類の守り人達の様子がおかしい…洗脳?催眠?私が知りえる限りでこの様な世界を見たことが無い。
私の大切な人達の異常な様子をつい、観察し分析しようとしてしまう。
虚ろな目をして、足を引きずる様に何処か、何処だろうか?何処かに向かっている?
全員が目指してる方角を確認すると、誰一人として違う方角を見ていない、全員が同じ方角を向いて一斉に向かって歩いている…この方角は、南だ、南に向かって進んでいっている。南にあるのは王都、王都に向かって歩いている?
洗脳状態なのか確認するために、過ぎ去っていく人の肩を叩き声を掛ける。
声が届かないのか、聞こえていないのか、肩を叩かれたことに気が付くことが無い。
一切の反応が無い、せん妄状態なのだろうか?いや、そんなレベルをはるかに超えている。
叩いて反応しないのなら、いっそのこと肩を掴んで此方を見るように声を掛けるが、掴まれている事すら気が付いていない?
何も感じることなく前へと進もうとする、目の前に私が居ようとお構いなしに前へ前へと進もうとする、肩を掴まれてるのに…
掴まれた肩を振りほどくわけでもなく、声を掛けられたことに対して不快感を感じているわけでもない、どんな出来事が起きても、彼らが反応を示すことは無さそうだ…
余りにも無機質、余りにも人らしくない、余りにも…感情が無い、人にとって絶対に必要な物、全てを何処かに置いてきてしまったのだろうか?
この状況に困惑していても、私の事なんて道端の小石の如く、意味をなさない。
次々と、流れていく、せき止めることが出来ない大きな川の流れのように何かに導かれる様に、全ての人々が南…恐らく王都に向かって歩を進めようとしている
思い返してみれば、過去にこれに近い現象が発生したことはあることは、ある。
あの時は、洗脳効果を持つ魔道具を持った人型によって、闘った人々が直ぐに発症せず、徐々に、徐々に精神に異常をきたし、ある日突然、行動を開始した。
魔道具によって洗脳された結果、私が街に駆けつけた時には街が崩壊し全滅した時だ…あれもまた、悲しい結末だった…
あの時の洗脳された人達が行った行動は今回とは大きく違う、推測だけれど洗脳内容は、人が人を殺す様に洗脳されていた。
今回は違う?誰かが誰かを傷つけるような状態じゃない、ってことは、洗脳状態じゃない気がする。
洗脳状態だったら、それを解除するための気付け薬を作ってある、それを用いれば事態は解決できるし、洗脳対策としてレジスト薬を外に出る騎士や戦士達には定期的に飲んでもらっている…つまり、洗脳されているとは考えづらい。
純粋に洗脳している内容が違うのかもしれない、今回の狙いが何か、観察していると何かが伝わってくる。
何かを求めるように、何かを欲する様に、何かに縋りたくなるような…そんな感情が渦巻いている?
洗脳されているのであったら、そんな感情が伝わってこない、洗脳した内容だけを考えて行動する、ってことは、洗脳では無い可能性が高い。うん、違う。
だったら、洗脳では無かったら、何だろう?なにがあ・・る・・・
突如、すとんっと体の芯に何かが落ちたのがわかった…この感覚は、腑に落ちた、だ。
後ろを振り向いた瞬間に…全てを理解した…この現象を引き起こしたのは誰なのか…
獣の先兵…そうか、これが…これが!魅了の魔眼・・・・その極地か!!
俯いたユキが一団と共に南へ向かおうとすり足で動いているのだが、明確に他と違うのは、ユキだけは薄っすらと笑みを浮かべているからだ。
今すぐ、あの首を撥ねればこの現象は収束するだろう…
街の皆には悪いが、敵が尻尾を出したのだ、これ以上は…
っぐ、一瞬だけ目を瞑ると、看病してくれた時に見せてくれた彼の愛らしい笑顔が体を膠着させようとするが、それを振り払う。
これが魅了の魔眼に犯された証拠ってこと!!冷酷で冷静な私が、そんな事で躊躇うわけない!!
これ以上の狼藉は!これ以上の悪行は!これ以上、敵の想うとおりに、この私が許すわけがない!!
素早く術式を組み上げ、目を開き、敵を見据えた瞬間
『観るな!!逃げろ!!』
うっすらとしたえみを・・・くろき・・・ひとみを・・・みたしゅんかんだった・・・
脳内に何か聞こえたような気がしたが遅かった
───── 私の意識は途絶えた
『姫様!!起きれるか!?意識は正常か!?済まない、頼む、声を、声が届いていたら返事をしてくれ!!』
何かに起こされる様に目を覚ますと…眼前に広がる光景に何も入っていない胃の中を全て吐き出そうとしてしまった…
私の愛する人達全てが、無残にも、磔の刑に処されていたから…
そして、私も例外なく磔の刑に処されようとしていた…私の愛した人達の手によって
嗚呼、ここで私も皆と同じように死ぬのだろう…間違えたのだ、私は…未来からの私の言葉を信じ切れなかったのが悪かったのだ…
柳の話を聞く…聞いたが、信じ切れなかった、その愚かな部分がこの結末を招いた…今から過去の私に伝える情報は無い。
だって、今からでは願いを構築する間もなく殺されるから。一手どころか、完全に遅い…詰みだ。
折れてしまった心が死を受け入れようとする…もう、私ではこの先に進めれる自信がなかったから…未来に託そうにも…私では
『あきらめるな!その感じだと、何かあるのだろう?次につながる何かがあるのだろう!?』
ずっと、私ではない何かが語り掛けてくるが、どうしたらいいのか、わからない。どうしたら・・・
『目を閉じるな!全てを受け入れるな!諦めるな!絶望するのはまだ早い!手があるのなら、策があるのなら動け!』
そう、いわれ、ても・・・
『サクラ!それでも一国を背負う立場のものか!?どんな状況であろうと諦めるな!王であるのであれば、膝をつくな!死を願うのは全てを成し遂げた時だけだ!!』
…誰かわからないけれど、もう、詰みだよ、ほおっておいてよ、もう、どうしようもないじゃん
『今を生きるのは君だけなんだ!君以外に絶望を打ち砕く光はいないんだ!頼む!俺はまだあきらめたくない!世界を救えるのは君だけなんだ!!英知を、叡知を!俺にこの状況を打破する術を授けてくれ!サクラ!!』
気安く名前を呼ばないでよ…ああもう、ほら、磔られちゃった、もう無理だよ…魔力も何もない私じゃ
『魔力があればいけるのか?なら、受け取れ!魔力とは何か?魂とは何か?肉体を構成する物とは何か!?魔力とは心!魔力とは魂!魔力とは肉体!!受け取れ!俺の魂…信念!想い!明日を願う心…その全てを溶かし…サクラに全てを託す!!』
突如、流れ込んでくる、感情…
この状況を打破したいと願う心
長年、紡いできた人々を、平和を愛した人が広めた心(教え)を守りたいと願う心
見守ってきた人々の営みを守りたいと、慈しむ心
不遇な魂となり、堕ちていく妹を支え守りたいと願う心
共に見守り闘い、時には拳を交えた異国の戦士が願いを次へと繋げたいと願う想い
彼の…柳が抱く感情が私の中に宿っていく…諦めようとした心にもう一度…
胸の底から、腹の底から、心臓の音と共に燃え広がっていく!!
あつくあつくあつくあつくあつく!!火が灯る、灯が灯る、悲願が灯る!!
歯を食いしばり、目の前にいる人物…ルッタイさんの首を術式で切断する…血が私を染める…込み上げる胃液を飲み込む。
私の方を掴もうとする研究塔の長であるフラさんの首を切断する…血が私にへばりつく、涙をのみ込み、歯を食いしばる、歯が欠けたような音が口内で響いた。
木に括りつけられた体を自由にする為に、縄を術式で断ち切り、すぐにその場から離れるように駆け出す。
道中、虚ろな目をした愛した人たちが私を捕まえようとする…欠けた歯を地面に吐き捨て、再度、歯が欠けるほどに強く食いしばる。
対人戦で私に勝てる人はいない!!っとのみこんだはずの涙が溢れでながら、決意を固める。
一瞬だけ、目を瞑り、死にゆく人々に祈りを込め、自らの手で愛した人々を殺していく
一人殺すたびに、私の心は狂いそうだった…
私を追ってくる人々を殺し、誰も周囲にいない状況になった瞬間に隠蔽術式をフル稼働させ、近くにあった建物に飛び込む。
幸いに家の中に人の気配は一切しない。
そのまま、靴を脱ぐことなく家の中を駆けあがり、屋根裏から屋根に上り、多くの愛した人たちが磔にされた場所に視線を向けると…
殺意が沸き上がり溢れ出す
許せるわけがない
許していいわけがない
あいつは、また、私の愛する人々を快楽の為に殺し、遊びの為に惨殺した…
教会の真上に我が物顔で座り満足したような顔で空を眺めている敵を殺す算段を計算していく…
現状、私に残された魔力を計算する、アレに通用するかはわからないが、私の全てを魔力へ昇華すれば、届く、いや届かせる!!
私は、砲台
私は、魔力の塊
私は、人ですらない
私を構築するもの全てを魔力へと変換する
胃 … 昇華完了 もう、これで吐くことはない
十二指腸 … 昇華完了 吸収する物はない、だって、ここで私は終わるから
小腸 … 昇華完了 痛みが広がっていく、薬がきれたのだろう
大腸 … 昇華完了 明日を捨てた私には…栄養なんて不必要
腎臓!肝臓!脾臓!膵臓!昇華完了!!!
次々と、私を構成するもの全てを魔力の塊へと変えていく…溢れる激情ですら魔力へと変換していく、受け継いだ心も、すべて、すべて、すべて!!!
左目だって要らない!鼓膜だって要らない!足の筋肉も骨も要らない!!内臓を守るための肋骨も要らない!!!!
心臓と、肺と、脳みそさえあれば… いい …
右腕を砲台に見立て、親指で敵との距離を測り…詠唱を唱える…私達が持つ技術ではアレには届かない…私が知りえて、現時点でうてる最大火力をぶつける!!!
「ひかりは・・・しつりょう・・・ひかりは・・・ねつ・・・」
本当の詠唱を私は知らない、研究の末、この段階までは再現できた…
我らが始祖様が伝えたもうた秘術!!!ここに完全ではないが再現する!!!この大陸で、この星で、最大火力はこれしかない!!!
光の屈折を計算しろ!一度しかない!ミスは絶対に許されない!!
狙うは満足げに欠伸をしている糞野郎の眼球!!あの一点に光を集中させ眼球もろとも、敵の脳みそを光の柱で撃ち抜く!!!
失敗は許されない!ぶっつけ本番!過去にこの秘術を使用した状況を思い出し計算する!!!
イメージは出来てる!光の放物線は計算できた!
あとは、ゆうきだけだ
自身の死を、放たれる衝撃を全て受け入れ…私の全てをぶつける!!!
敵の眼球目掛けて、私の全てを解き放つ!!!死にやがれ糞ドラゴンがぁ!!!
「ほぉりぃ!!ばーすと!!!」
一筋の光を放つと照準を合わせる為に前に出していた右腕は熱量に負け弾けるように溶けた
右腕が溶け弾け飛んだ熱量を感じた瞬間、確信に至る…
敵を殺ったと…あの熱量を防げるはずは無いと
激しい光が飛んでいくのを右目で直視してしまったため、視界がぼやけて見えないが…
徐々に徐々に、視界を取り戻していく…私の中にあるイメージでは敵を撃ち抜き、無残に死を晒しているだろうと
イメージは出来ていた
だが、イメージはイメージ、現実は違い、私のイメージは覆させられてしまった
ぼやける視界には敵が動いている映像が伝わってくる、残された魔力の残滓を使って、直ぐに視力を修復強化し、敵を視界にとらえ脳に情報を送る。
送られてきた情報は…
ただの絶望だった
私が放った一撃は防がれたのか逸らされたのか外してしまったのか、敵の目の上が焦げているだけだった…
だが、敵も完全に無傷というわけでは無かった、光によって視界を奪われたのか、何かを探す様に辺りを見回している。
これ以上、私にアレをどうこうする手段は残されていない…っであれば、今の状況を過去の私に送る
残された右目を昇華し、大きく呼吸し、気管支を通して、肺の役割をするための小さな術式を肺が溶けて消える場所に展開してから、肺も昇華する…呼吸が止まる前に最後の祈りを捧げる
願うは狭間
乞う願いはただ一つ
時空への干渉
時への介入、過去に私の思念を飛ばす、時空干渉術式をここに発動する
始祖様が名付けてくれた我が名は『サクラ』寵愛の巫女が願い奉ります
心臓も・・・脳も・・・ありとあらゆる細胞を魔力へと昇華しながら構築した術式に全てを捧げ…
過去の私に祈りを飛ばす…
敵の屈強な鱗には、私の持ちえる全てを使っても焦がすだけっと…
そして、柳の…柳の事を信じてと…
祈りを捧げ終わると私の肉片一つ残すことなく魔力へと昇華され、寵愛の加護へと吸い込まれていく…




