夢へ向かって
滑り止めの私立のS大学を受けに行ったら、ニットカフェ(編み物ができる喫茶店)併設の有名毛糸専門店の近くだった。おずおずと
「S大学に行きたいな。」
と切り出すと、母はさらっと
「あそこだったら、奨学金を貰わないといけないし、バイト頑張ってもらわないと。下宿は無理だから2時間かけて通ってね。あら、編み物遠ざかるわね。」
答えてきた。
粛々《しゅくしゅく》と当初の予定通り、地元のTU大学を頑張って受験し合格した。
合格してから凍結していた俺の編み物アカウントを復活させたけど、弓タコさんは消えていた。合格報告に塾に行くと武原先生は辞めていた。もう会うこともないんだなと思った。そんな薄い関係の人の事にどうしてあんなに悩んだのかと馬鹿らしくなった。それでいて胸に鈍い痛みが残った。
大学を卒業するとカフェを運営する会社に就職した。ノウハウを得て将来はニットカフェを開くためだが、両親は俺が普通に正社員として就職したとびっくりしていた。失礼なもんである。大体、普通ってなんだ?
研修の後は、まず現場を知らなくてはと、カフェ勤務だ。仕事とはじめての1人暮らしでバタバタしてる。でも、夢があるから大丈夫だ。
今日もピシッとカフェの制服を着てエプロンを締める。
「いらっしゃいませ」
夜は編み物アカウントをチェックしつつ次の作品を考える。最近は俺の作品のファンが増えてきて、新作の編み図がちょっとしたヒットでいいねが増え続けている。作る時、脳内に弓タコさんのウサギの編みぐるみが浮かんだ。
『私オリジナル編みぐるみのゆみうさちゃん!初めて見せた時、私に似てると言ってくれました。これ見せたら、私を思い出してくれるかしら?』
彼は思い出してくれたのだろうか?
ゆみうさちゃんをもっと明るい感じにパステルカラーの虹をベースにして抱きつきたくなるようなフォルムに、どうせだから肌触りの良いベビー用毛糸を。そんな感じで生まれた作品だった。その名もレインボーうさうさ。
できれば弓タコさんと編み物についてリアルで話してみたかった。脳内では勝手に弓タコさんは武原先生だ。もしかしたら、全くの別人かもしれないのに。
そうあれから何年も経ってやっと分かった。あれは誰にも言えなかったけど俺の初恋だったんだって。