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9、 甘さは時に苦さになる

夕飯を食べ終えて片付けをする。

食べている間は智の話を聞くことがほとんどだった。

『それで善ちゃんがね』

『ハルくんって実は』

『瑛太は休憩中ずっと漫画読んでて』

話している間はずっとニコニコしていた。

それほどメンバーが大好きなんだろうと思う。

話を聞いているのは面白いけれど、やっぱり彼は芸能人なんだなと感じる。

「…勘違い、しちゃダメ」

ポツリと呟いた。

チラリと智を見ると楽しそうにテレビを観ている。

もし、あのまま付き合っていたらこんな時間が当たり前だったのかな、とふと思い胸が苦しくなった。


洗い物を終えると冷蔵庫から昨日作った生チョコを取り出す。

「…」

ラッピングもされていない、タッパーに入った生チョコ。

味はビターと抹茶。

ビターには刻んだオレンジピールが入っている。

『俺これ好き!』

洋菓子が苦手な智が好きと言ってくれた唯一作れるお菓子。

由里香の話を聞いたら作りたくなった。

食後のお茶を用意して智に話かける。

「…智、デザート食べる?」

そう聞くと智は嬉しそうに頷いた。

「いいの?」

「…気に入らなければ食べなくていいから」

そう言ってハーブティーと生チョコを持っていく。

ハーブティーが好きかどうかわからないが、夜にコーヒー飲むよりはいいだろう。

「…生チョコ?」

「そう。…昨日作ったの」

別に意味は無い。チョコが安かったから作っただけ。

そう自分に言い聞かせた。

「…そっか、今日バレンタインだね」

「…」

私は何も言わずに座る。

「ありがとう」

「別に…チョコが安かったし、同僚と自分用に作っただけだから」

これは嘘ではない。昨日作った後に由里香から連絡がきて交換しようってなった。

そう言うと智が少しムスッとした。

「同僚って…男?」

「え?」

「男の同僚?」

何でそんなに怒っているんだろう?

「女性だけど…滝の彼女」

そう言うと智はどこか安心した顔をした。


何で、そんな表情をするの?

勘違いしてしまう。


「いただきます」

智が手を合わせて言う。

抹茶チョコを一粒食べると嬉しそうに笑う。

「美味い」

「…そう」

私もビターを一粒食べる。

甘さの中にオレンジピールの苦味が口に広がる。

まるで、今の私の気持ちのようだ。

「俺、蓮華のこのチョコだけは食べられるんだよね」

その言葉に驚く。だって番組で食べてる姿を見ていたから。

「え?仕事で食べることあるでしょ?」

「仕事だから一口は食べるけどね。基本、一口だけであとは善ちゃんにあげちゃう」

「そうなんだ…。芸能人って大変ね」

思わずポロリと呟くと智は少し悲しそうにした。

「やっぱり、蓮華から見ても俺は芸能人?」

「…まあ、毎日のようにTVに映ってたら」

番組だけではない、CMもたくさんしているから毎日見る。

やっぱり彼は違う世界の人なんだなって思う。

「大変な世界にいるなって思うわ」

ハーブティーを飲むとふんわりと柔らかい香りに包まれる。

「プライベートも気を使ったり、体力的にも大変だと思う」

たまに見る密着番組。

移動時間や待機時間が睡眠時間という時期があると聞くと体力と精神の戦いだと思う。

会社員でさえ、辛いと思うことが多々あるのに、きっと彼らはもっとだろう。

「でも、智たちを見て救われてる人が日本、世界中にいるってすごいことだと思う」

番組はもちろん、ライブに行く為に頑張るという人は会社にもいる。

その人の人生の糧になるような存在になれることはほんのわずかだ。

「いろんな規制や背負うのもが多くても、たくさんの人の心の支えになれるのは本当にすごいことだよ」


次の瞬間、智の香水の匂いに包まれた。

懐かしく、安心する香り。


智に抱きしめられていると気づいたのは数秒後のことだった。

「さ、とし?」

「…ごめん、ちょっとこのままでいさせて」

ギュッと更に抱きしめられた。

肩が熱く感じた。


甘いはずなのに、嬉しいはずなのに、胸が苦しいのは自分だけではないのかもしれない。

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