8、 無意識の怖さ
バレンタイン当日のお昼。
由里香がウキウキしているのは一目瞭然。
微笑ましい。
「結局何にしたの?」
「手帳カバー!そろそろ新しいの欲しかったんだって」
実は由里香が悩んでいると聞いた後に滝に説教をした。
『可愛い彼女からもらうものが全部嬉しいのはわかるけど、欲しい物のヒントぐらいあげてよ』
『すんません…悩んでるのも可愛くてつい…』
説教なのに惚気られたけど、いいでしょう。
「へー。確かにこの間サイドポケット崩壊してメモ落としてたわ」
取引先に同行した時に盛大にメモを落として笑われていた。
そんなところも愛嬌で許されるから滝はすごい。
「あ、それ蓮華が一緒だったんだ」
「うん。ちょっとクセのあるお客さんだから書類の作り方が特殊で。最初から担当しているからって」
あ、嫌な気分にさせた?
「そうなんだ。蓮華でよかった」
「え?」
「だって、連司のそんな可愛いところ見たらまたモテちゃう」
少しむくれた由里香。
滝は確かに人気者。だけど由里香と付き合ってるのは公認。
それでもモテるんだろう。
「やきもち?」
「違うもん」
プイッとそっぽを向く由里香。思わずクスッと笑う。
これが無意識だから怖い。
午後の仕事も落ち着いて緑茶を買いに休憩室へ。
「お、中倉」
振り返ると雨宮がいた。手には可愛い箱がいくつか。
「お疲れ。人気者ね」
「嫌味か?」
「本音よ」
自販機のホット緑茶を押す。ガコンッと落ちてきて取ると雨宮が不思議そうな顔をした。
「お前、最近緑茶だよな」
「そう?」
「いつもコーヒーか紅茶だったのに」
そういう雨宮はコーヒーを買った。
甘いものにはコーヒーだ!と前語っていた。
「…いつから緑茶飲んでるかしら」
「年明けからじゃね?」
年明けは智と会ってからだ。
「…無意識って怖い」
「お前がそういうから無意識なんだろうな」
ため息をつくと小分けのチョコを渡された。
「ほい。これでも食って落ち着け」
「もらったチョコでしょ」
「義理チョコでご自由にどうぞのやつ。これ取りに行ったらもらっちゃったからやるよ」
「自慢?彼女と今日会うんでしょ?」
雨宮は大学時代からの彼女がいる。
別の会社で働いてるそうだ。これも公認情報。
「一緒に食うし、自分の彼氏が素敵な証拠って嬉しそうだからいいんだよ」
「…惚気」
「いいだろたまには」
じゃあな、と部署に戻る雨宮。
「たまには、ねえ」
4人で飲んでる時はいつも惚気てますけどね、と思いつつ戻る。
【今日とか空いてるかな】
仕事が終わり、家に着いたら通知が来たと思ったら驚きを隠せない。
今日が何の日かわかってるのかしら?
【空いてるけど、もう家にいるから】
携帯をテーブルに置いて着替える。
そのまま夕飯を作ろうとした時、インターフォンが鳴った。
「え?」
カメラを見ると智がいた。
「…嘘でしょ」
とりあえずオートロックを開け、家に入れる。
「お疲れ様」
「…お疲れ様。なんでここに?」
「あれ?家にいるって来たから今から行くねって送ったけど」
慌てて携帯を見ると【じゃあ、今から行くね】と来ていた。
「…本当ね」
ため息をついて緑茶を用意する。
「ご飯は食べてる?」
「まだ」
「…食べてく?」
そう聞くと智の目が輝いた。
「いいの?」
「…そのつもりだったくせ」
私はキッチンに戻っておかずを増やすことにした。
智の好きなナスの煮浸しを追加しようかな。
****
キッチンで楽しそうに料理をする蓮華。
【中倉、今あがったぞ】
連司と連絡をしている時にきたメッセージ。
考えるよりも先に連絡をしていた。
【もう家にいるから】
今日の現場は蓮華の家から15分ぐらいの場所。
マネージャーに用事があるからと適当におろしてもらって来てしまった。
蓮華は困った顔をしていたけど。
緑茶を一口飲む。
「緑茶、前無いって言ってなかった?」
そう聞くと蓮華は固まった。
「…」
「蓮華?」
「…だって、いつ来るかわからないじゃない」
その言葉だけで嬉しくなる。
俺がいつ来ても出せるようにしてくれている。
それが嬉しい。
「ありがとう」
「別に」
プイッと横を向く蓮華。
出てきた夕飯は煮魚となすの煮浸し。
どっちも俺が好きな料理。
蓮華は無意識に俺を喜ばせる。
それが嬉しいし、もどかしいんだ。
無意識にあなたを思い描いて行動してしまうのだ。
仕事が忙しすぎて更新が遅れました…。
今月からは定期的に更新できるように頑張ります。