7、 素直に憧れる日
忙しい日々が過ぎ、少し落ち着いた2月。
街はバレンタイン一色だ。
「バレンタイン、どうしよう」
由里香が呟く。滝は甘い物が得意ではないから悩むらしい。
でもそれも楽しそうで微笑ましい。
「去年は何だっけ?」
「財布をあげたの。一緒に買いに行って」
欲しい物をあげたいからと、プレゼントはいつも一緒に買いに行くらしい。
滝からも同じような話をホワイトデーと誕生日に聞くから毎回微笑ましくなる。
「デートの後は由里香の家でお手製のご飯でしょ?」
「そうなの。それもどうしようって。今年は平日だし」
今年は金曜日がバレンタインデー。
多くの恋人達は土曜日からデートだろう。
だけどこの二人は「当日にやることに意味がある!」とちゃんと当日にデートをする。
律儀だな、と思う。
「由里香が作った物ならなんでも喜びそうだけど」
「だから困ってるの。リクエストぐらい出して欲しい…」
世の中の我儘彼氏を持つ彼女達から羨ましがられるセリフだな、と思う。
『蓮華の作るものは何でも好きだよ!』
ふと智を思い出す。
あの頃はそれが嬉しかったな、と思う。
「蓮華は誰かにあげたりしないの?」
その言葉に思考が止まる。
「いないよ」
「そっかー」
由里香が再び携帯でプレゼント候補を検索する。
私はペットボトルの緑茶をコクンッと飲んだ。
「蓮華、最近緑茶だね。紅茶好きなのに」
由里香に言われてドキッとする。
「冬だからね」
「何それー」
クスクス笑う由里香に苦笑いをする。
【2月、どこかで会えないかな?】
智から来ていたメッセージを眺める。
TVにはその送り主のグループの番組。
「…これは、どういうことかしらね」
はあ、とため息。
なんだかんだ続いている連絡。
それを楽しみにしている自分も事実。
だからと言ってどうこうしようとは思わない。
『お前、嫌い』
初めて彼に”お前”と言われた。尚且つ”嫌い”まで。
そんなことを言われて気軽に会える訳がない。
でも、恨むことすらもできない程好きだった。
「…厄介だな」
いつまでもあの頃の思い出から離れられない自分。
これほど厄介なものはない。
「…嫌いなくせに、なんで連絡してくるのよ」
うれしい。
やめてほしい。
その両方が心と頭を支配する。
「…由里香が羨ましい」
あんなに素直になれる。
私にはもうできないことだ。
****
【タイミングが合えば】
そのメッセージに心が躍る。
楽屋に置いてあった緑茶のペットボトルを飲む。
「智くん、嬉しそうだね!」
善ちゃんに言われて頷く。
「もしかして彼女できた?」
俺は首を横に振る。
「違うよー」
なーんだ、と呟く善ちゃん。
彼女にできたらどんなに嬉しいだろう。
でもその可能性は限りなく低い。
だって自分で彼女を突き放したんだから。
「…自分勝手だよね」
「そうかもね」
隣にハルくんが座る。手には台本。
今、ドラマ撮影中だから大忙しだろうな。
「智くんがしたことは彼女さんは許せないだろうね。…それをさせた原因が言うことではないかもしれないけど」
ハルくんの言葉に苦しくなる。
不器用な俺はたくさんの人を傷つけた。
一番傷つけたのは蓮華。
「…そう、だよね」
「でも智くんは今度こそ、ちゃんと向き合おうとしてるんでしょ?」
優しい声のハルくん。
見ると優しい笑顔。この笑顔に何度救われたんだろう。
「俺が言う資格は無いけど、智くんと彼女さんには幸せになってほしいよ。俺たちも守れるぐらいの力はついたと思うし」
ハルくんの言葉に泣きそうになる。
彼は本当に年下なんだろうか、と何度思ったことか。
「…ありがとう」
「こちらこそ、大事なものを手放してまで俺たちを守ってくれてありがとう」
グッと涙を堪える。
ハルくんの素直に言葉を伝えられるところが羨ましい。
どうしたら素直になれるのだろうか。