6、 時に忙殺に救われる
1月は仕事始めから3日後ぐらいには元の日常に戻る。
そして、それは各部署の繁忙期が順番にくる合図。
「中倉ー!わり、この前依頼した書類なんだけど」
「やっぱり差し替え?」
「そう…お前の言う通りにしとけばよかった」
「しょうがないわよ、先方がそうして欲しいって最初言ってきたんだから」
「くっそー!今日も残業かよ」
私達のプロジェクトは最終段階。
システム部も巻き込んで微調整等々をしている。
ただ、扱っているものが大きい為、みんな悲鳴が止まらない。
内線が鳴って取ると電話の向こうには由里香の声。
【お疲れー。蓮華、ちょっとだけいい?】
「お疲れ様。由里香も疲れた声してるわね」
クスッと小さく笑う。
由里香は珍しくため息。
【年末調整終わったと思ったら年次の締め準備とか、新入社員準備とか始まったからねー】
人事課に人が足りない為、総務課のメンバーも少し手伝っているらしい。由里香曰く、総務課は何でも屋になりつつあるとのこと。
「あらあら。それで、どうしたの?」
【あ、申請された備品なんだけど】
由里香と電話が終わると後ろから雨宮の声。
「課長ー、この納期延ばせません?システムのメンバー干からびますよ」
「担当の滝がクライアントを説得できたらな」
「連司ー!」
「マジでごめんなさい!!」
滝が全力で頭を下げる。ぎゃいぎゃいやってるのも、もはや楽しくなる。滝をあんな風にさせるのは雨宮ぐらいだ。
「…あれ?」
滝に言われた部分を直していると厄介なものを発見してしまった。私も今日残業だな。
「雨宮、ちょっとごめん」
「なんだよ、今システムの行末がかかって…」
「そのシステムが更に干からびるかもしれない事を見つけたとしたら?」
「「それは大問題だ!!!」」
息がぴったりだな、と思いながら話を進めた。
そんなこんなで1ヶ月が経った。
後少しでこのバタバタも落ち着く。
「中倉、もう帰れ」
滝に言われて眉をひそめる。
「はい?」
「もうだいぶ落ち着いたからな。今日は帰って大丈夫だろ?」
「まぁ…そうかも」
「無理させたしな。課長からもOKもらったし。飲んで帰ろうぜ」
滝がバックを持って歩き出した。
私はため息をついてパソコンの電源を落とした。
場所が変わっていつも来る居酒屋へ。
「あー、うめぇ!」
滝も久しぶりだったのだろう。本当に美味しそうに飲んでいる。私もビールに口をつける。
「まぁ、でもそろそろ終わるからよかった」
「それなー…みんなに無理させちまったから、お詫びしないと」
責任感が強いなといつも思う。クライアントに振り回されてるのは滝の方ではないか?
「で、あれからどうだ?」
「え?」
「智と連絡取ってるか?」
驚きで思考が止まる。
「…まぁ、向こうから連絡きたら返してるけど」
「そっか」
「最近は忙しくて見てもないかも」
これは智に限らずだ。
忙しくて、移動や家で携帯を開くことがない。
使うとしたらアラームだけ。
「お前、それ心配されるぞ?」
「別に付き合ってるわけじゃないし、いいじゃない」
そう言いつつも携帯を取り出す。
LINEの数がすごいことになってる。
開くと数少ない友達、家族、メルマガ…。
「…私よりも忙しいはずなのにマメだなって思う」
智から、ほんの数分前に来ていたメッセージ。
【忙しそうだね。無理しないで】
毎日のようにくる連絡は気持ちを押し付けてくる訳でもなく、何でもない日常の報告。
でもそれが急に彼を近くに感じる。
「考えたくないと思っても、思い出しちゃう…」
「それだけアイツはお前を大事にしてるんだよ」
滝は優しく、悲しそうに笑う。
きっと私が知らない事も知っているのだろう。
「…そう」
カタンッと携帯を置く。
「智を思い出すと気持ちが不安定になるの」
「…嬉しいのに喜べないとか?」
「そうね」
一口ビールを飲む。
苦みがいつもより強く感じる気がする。
「そう思うと忙しくて考える暇が無い方が穏やかかもね」
そう言うと滝はまた複雑そうな顔をした。
忙しさは時に心を休ませるのかもしれない。