3、 変わらないキミ
昔と同じフニャッとした笑顔。
私が大好きだった笑顔。
「…え?なんで?」
「あ、っと…その」
智が何か言おうとした時、ハッとする。
「と、とりあえず家上がって」
「え?」
「…何かあると困るのは智でしょ」
そう言うと理解したらしく、私についてきた。
芸能人はいつ撮られているかわからない。
それは日々のニュースを見ていればわかる。
彼らにはプライベートはあってないようなものだろう。
家に入ると寒さが少しは和らぐ。
「狭いけど、どうぞ。ソファーに座ってて」
夕方になりかけとはいえ、少しは日光を入れておきたい。
カーテンを開けて暖房を入れる。
お湯を沸かしてお茶の用意。
「緑茶ないから紅茶なんだけど、いいかしら」
「あ、うん」
棚から茶葉を出す。
茶葉とお湯を入れてしばらく蒸す。
いい感じの色になったら茶葉を下に押して出てこないようにする。
アールグレイのいい香りにホッとしながら持って帰ってきたお菓子と一緒に持っていく。
「お待たせ」
智の前にコトンッとマグカップを置いく。
私は自分の分に豆乳を入れた。
「…」
「何?」
ジッと見られて困る。
そんなことを思っていたらふにゃっと彼は笑った。
「ん、蓮華だなーって。豆乳入れて飲むの」
昔から豆乳が好きで、コーヒーや紅茶に豆乳を入れて飲む。
「…そう、ね」
私が困った顔をしていると彼は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、急に来て。困るよね」
「…まあ、なんでって思ってはいるけど。それにどうやってうちの場所知ったの?」
「怒らない?」
コテッと顔を傾ける智。そう言うところ、変わっていない。
「…答えによる」
「だよね。連司に無理言って教えてもらった」
予想はしていたが、やっぱりとため息をつく。
滝は智と仲がいい。今だに連絡を取っていると前いっていた。
「滝、1回しか来たことないのになんで…。ああ、なるほど」
由里香から聞いたのか。心の中でチッと舌打ちをする。
よくうちでご飯をしたりするので、由里香は住所を覚えていると言っていた。
年明け早々に滝にはお叱りをしなければならないな、と考える。
私がムスッとしていると智は申し訳ない顔をしている。
「あの…ごめん」
「え?ああ…うん。どっちかと言うと滝に怒ってるから」
個人情報…と呟く。
智は頭を下げてきた。
「本当、ごめん。今更なんだって思うだろうけど…」
「…」
困った時にする彼の癖。
頭を下げて頭をくしゃっとする。
テレビでもその姿を見ると変わらないなと思っていた。
「でも…ようやく来れたんだ」
「え…?」
顔を上げた智は真剣な目。
「俺、蓮華と一緒にいたい」
『もう好きじゃない』
じゃあ、なぜあの時、私から離れたの?
暗くなる空。
アールグレイの香りが部屋に広がる。
****
タクシーの窓から見える流れる景色をぼんやり眺めながら先ほどのことを思い出す。
最後の記憶から少し背が伸びてさらに綺麗になった彼女。
抱きしめたくなる衝動を抑えた自分を褒めてやりたい。
大好きで、大好きで仕方なかった恋人、蓮華。
高校生の思春期、多感な時期だったからと言われたらそうかもしれない。
でも、それでも俺にとっては全てだった。
『智』
普段大人な雰囲気な彼女が無邪気に笑う、俺だけに見せる甘えた姿。
『なんで俺と付き合ってくれたの?』
高嶺の花と言われていた彼女と付き合えた事が嬉しかった反面、なんでOKをもらえたのかわからなかった。
そう聞くと少し照れた顔で笑った。
『一緒にいて落ち着くし、智の事もっと知りたいって思ったからかな』
その瞬間、この人とずっといるんだろうな、と思った。
そう、思っていた。
『…中倉のやつ、まだ引きずってるっぽいぞ』
連司の言葉を思い出して奥歯をキュッと噛み締める。
守りたかった笑顔を自分が消してしまった。
だから、取り戻すんだ。
「ー…」
ポツリと呟いた言葉は騒音に消えた。
今度こそ守るんだ。ずっと。