2、 現実は突然に変わる
バタバタした年末の締め作業も無事に終わり、自分の家も大掃除をした。
元々そんなに物がないから掃除はラクだ。
一息ついてコーヒーを飲んでいると携帯が鳴った。
「?啓太?」
それは弟の啓太から。
「もしもし?どうしたの?」
「姉ちゃん、いつ帰ってくるのかって母さんが」
「あー。連絡してなかったっけ。明日帰るよ」
「おっけー。姉ちゃん明日帰ってくるって」
近くに母さんがいるのだろう。電話の向こうで何か話しているのが聞こえる。
「お土産に美味しいケーキ買ってきてだって」
「ケーキなんてクリスマスで食べてそうじゃない」
「まあまあ、うちは甘党一家じゃん。俺はプリンがいいけど」
「はいはい」
そんな会話をして電話を切った。
近所のプリンケーキを買って帰ろう。そんなことを思いながら帰省の準備を始めた。
帰省当日。
賑やかな街を少しフラフラして、お土産のプリンケーキを手に実家に向かう。
1人暮らしの家から実家までは1時間ぐらいの距離。
実家から通勤すればいいと言われたが、寝る方を優先した。
あとは1人の方が気楽といえば気楽だ。
夏ぶりの風景に帰ってきたなーと思いながら歩く。
夕方の時間はどの家からも楽しそうな声と美味しそうな香り。
学生時代はこの感じが好きだった。
『美味そうな匂いだなー』
『ね、美味しそうだよね』
ふと思い出す淡い記憶。
くすぐったい気持ちと同時に胸がズキンと小さく痛む。
「…今年も忙しいんだろうなー」
小さく、ぽつりと呟く。
大好きだった。ずっと一緒にいれると思った。
そう、本気で思ってた。
あの頃の自分は若かった、と思いなら帰路に着く。
最初で最後の恋だと思った、そう思える人と出会った。
彼との思い出は色褪せることはなく、ずっと私の中にいる。
「早く、忘れないと」
彼はもう、画面の向こう側の人。
見上げた空には小さく星が輝いてた。
実家に帰ると両親と啓太が待っていてくれた。
「おかえり。今日は春巻きよ。好きでしょ」
「ただいま。春巻き嬉しい!」
昔から変わらない温かい家庭。
私は幸せ者だといつも思わせてくれる。
夕飯時にTVに映ったのは今人気アイドルグループ。
「今、すごい売れてるよなー」
啓太が言う。私は苦笑する。
「そうね、毎日観るものね」
「あ…ごめん」
「いいよ。いい思い出よ」
私が言うと家族が少し悲しそうな顔をした。
TVには今人気の「Rune」が映っている。
そのリーダーをしている彼は高校時代を共にした、初恋の人。
今でも、忘れらないのは私が我儘だからなのかもしれない。
そう言われたとしても、私はそれだけ本気だったのだろう。
『蓮華』
彼の暖かい、優しい声が今だに忘れられないのは、私が未練しかないからなのかもしれない。
年が明けて、2日には一人暮らしの家に帰る。
長くいても食べて寝てを繰り返してしまうし、4日からの出勤前に予備日が欲しい。
母親に持たせてもらった料理の袋を抱えながら自分の家に向かう。
今日はご飯を炊いて、持って帰ったおかずでご飯を済まそう、そんなことを考えていた。
電車の液晶広告でRuneが映る。そこには楽しそうに笑う彼ら。
「…よかった」
あの笑顔は本当に楽しい時の笑顔。
彼はそんなに世渡りが上手い方ではない。だから、心許せる仲間がいることに安心する。
最寄り駅について我が家に向かう。
もう夕方だから暗い。
「寒いなー」
マフラーに顔を埋める。
家のマンション前に着くと誰かが立っていた。
待ち合わせかと思ってスルーして中に入ろうとした。
「あの!」
声をかけられて驚いて顔を向ける。
そこには先ほど立っていた男性。
「…?はい?」
「中倉蓮華さん…ですよね」
名前を言われて驚く。なんで名前を知っているんだろう。
「え…どなたですか?」
警察を呼べるように携帯を取り出す。
相手は慌てて帽子を取る。
「お、俺だよ!!…久しぶり」
目の前の人に目を見開く。
昔よりは大人になったが、優しい雰囲気とフニャッと笑った顔は変わらない。
TVの彼とはまた違う。
「…さ、とし」
「そう。智だよ、蓮華」
目の前にはずっとずっと忘れられない人。