世界で1番情報量の多い夜
「いつまで固まってるんだよ〜、おーい」
その声でハッと我に返った俺は、自分で木に括りつけた縄の目の前で後退りする。
その下には相変わらず、1匹のクロネコが座っている。
そうか...俺は幻聴が聞こえて...
「も〜目覚めるの遅いってば...」
「幻聴じゃない!?!?」
予期せぬ出来事に俺は思わず数年は出していなかったであろう大声で驚いてしまった。
「うわっ!いきなり大きい声出さないでよ〜心臓に悪い...」
あたかもネコが喋るのは当たり前と言わんばかりにネコ本人は、女性のような黄色い声で話している。しかも俺に。
「お前....一体なんなんだ....?」
その声を聞いたクロネコは少し考え、改まった様子で目を輝かせながらこう言った。
「ん〜そうだね...分かりやすく言うと...私は君の"助手さん"だよ」
このネコは何を言ってるんだ......?
そう考えた瞬間、全てを察した。
あ、これ"夢"だな
「あー分かった、"夢"だな。ついにネコが話し出したと思ったが、あるわけないよな...人生最後にこんな夢を見るとは...」
夢だと思った瞬間急に全てがスっと軽くなったかのように思えた。
そうだ、これは夢なんだ。
ある意味自分に言い聞かせるようにして唱える。
が、
「夢じゃないよ!!!!現実だよ!!!!」
黄色い声が"夢"と言う呪文をかき消した。
鼓膜に響くような声で叫ばれたのもあって、この特殊な出来事が、夢ではなく"現実"であるということに気付かされた。
夢じゃないならなんだ....?じゃあなんでネコが喋ってる....?
あ、これ...ドッキリ....
「ドッキリでもないよ!!!!!!」
その可愛い声がツッコミを入れるように、セリフを言う前から否定した。
頭が混乱する俺にネコは、深いため息をついてからこう話し出した。
「君、今私がなんで人間の言葉を話してるのか分からないだろうけど、自分で死を選ぶってことは、今"暇"ってことでしょ?それじゃさ!!私と付き合ってよ!!」
俺は死ぬ日に、初めての経験をした。
クロネコにナンパされたのだ。
「え....?付き合う....?俺とお前が...?」
確かに、最近は多様性が重視されている世の中だ。しかし、動物と"恋人同士"になるってことか....?
困惑する俺に対してクロネコは背を向け、再び明るい口調で話す。
「そうだよ〜キミと私で"放浪旅"するの!」
なんだ笑付き合うってそう言う...
ん....?
放浪旅....?
なんだそれ....?
「えっと...放浪...なんだっけか...俺今から人生終えようとしてるところなんだけど...」
「そんなの関係ないよ!さ!旅しよ!」
俺は今晩であるこの夜、世界で最も情報量の多い夜を過ごしているように思えた。




