7(完結)成就した恋の象徴はニクアツシイタケ
「哀しみをお察しいたします。しかし、こうしている間にも理不尽な死を強いられる領民が出ているのです。どうかどうか、お力をお貸しいただきたいのです」
王子は目を閉じ、腕組みをして、しばらく黙考した。しかし、すぐに口を開いた。
「分かった。微力ながら力を尽くさせてもらおう。しかし、その前に一つだけどうしてもやっておきたいことがあるのだ」
「それはどのようなことでしょう?」
跪いたまま問うゲルハルトに王子は小さく頷くとミリヤムの方を振り返る。
「ミリヤム。僕はゲルハルト将軍の要請を入れ、我が領民を救うため旅立とうと思う。ついては……」
ここで大きく息を吐く王子。緊張しているのだろう。
「ミリヤム。僕と一緒に来てくれないか? もうミリヤムは僕にとってかけがえのない存在なんだ。どこでどんな暮らしをするにしろミリヤムのいない暮らしは考えられない。頼むっ! 僕と一緒に来てくれっ! そして、この戦いが終わったら……」
また大きく息を吐く。
「結婚して僕の妻になってくれっ! もうミリヤム以外の相手は考えられないんだ。この思い受け止めてくれっ!」
場に緊張感が走る。ゲルハルトも彼が率いてきた五十人の兵たちも固唾を飲んで見守る中、ミリヤムはゆっくりと王子に歩み寄り、その前で跪いた。
「ありがとうございます。フリードリヒ王子殿下。今までの数々のご無礼お許しのほどを。私もあなた様のことをお慕いしておりました。どうかずっとおそばにいることをお許しください」
「ありがとう。ミリヤム」
王子は笑顔でミリヤムの手を取る。
「ミリヤム。僕と並んで立ってくれ。そして、共に我が領民を救うため戦ってくれ」
「はい」
ミリヤムは手を握ったまま立つ。王子はその手を握り返したまま、ゲルハルトの方を向き直す。
「ゲルハルト将軍っ!」
「はっ!」
「先王ハインリヒが一子フリードリヒの名において命ずるっ! 僕いや余と『追放された聖女の娘』ミリヤムを奉じ、我が領民を苦しめる魔物どもを駆逐せよっ!」
「はっ!」
ゲルハルトは跪いたまま一礼し、五十人の兵たちの方を振り返って叫ぶ。
「皆の者っ! 王子の命は下ったっ! これから共に王国を取り戻すぞっ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
王子はゲルハルトの乗ってきた馬に乗る。後ろに乗るのはミリヤムだ。ゲルハルトは手綱を取る。
部隊が山を下ると、更に数百人の兵が合流する。そして、伝説の将軍ゲルハルトが「亡国の王子」フリードリヒと「追放された聖女の娘」ミリヤムを奉じ決起したとの報は瞬く間に王国全土に広がった。
それに呼応し、虐げられし領民たちは次々に蜂起。更に「亡国の王子」フリードリヒと「追放された聖女の娘」ミリヤム自身が優れた武勇の持ち主と知れたことがそのことに拍車をかけた。
雪だるま式に増強されていったゲルハルトの軍は各地で魔物の軍を打ち破り、僅か三年で王国全土は奪還されたのだった。
◇◇◇
一時は「亡国の王子」フリードリヒ一人になってしまった王族だが、今は四人にまで回復していた。
すなわち国王に即位したフリードリヒ。その王妃ミリヤム。そして、八歳の第一王子ルードヴィヒ、五歳の第一王女エミーリアである。
夕食の後、久しぶりに四人が揃い、くつろぎの時を迎えていた。
「ねえ、お母さま」
五歳になったばかりのエミーリアが椅子にかけるミリヤムの膝にもたれかかる。
「何かしら? エミーリア」
「あのね料理長さんに言われたの。お父さまもお母さまも料理を自由に作らせてくれて、なんでも『おいしい。おいしい』と食べてくれて、とても助かるって」
「そう。それは良かった」
「でもね、『ニクアツシイタケ』だけはお母さまが『これだけは自分が料理したい』って言っていつも料理しちゃうのは何でだろうって言ってたの」
「ふふ」
ミリヤムは微笑む。
「それはね、エミーリア。『ニクアツシイタケ』はあなたのお父さまとお母さまにとって、とても大切な思い出の食べ物だからなの」