6 追放された聖女の娘は封印の眼鏡を外す
後方の王子は息をのむ。
(ミリヤムの言ったとおりだ。魔物だった。くそっ、こんなところにまで)。
「小娘。我らを甘く見た罪、高くつくぞ。王子共々、その首切り落として、王妃様に献上させてもらう」
もはやその正体を隠す気も消え失せた魔物たちは叫ぶ。
「よろしい」
ミリヤムは常時着用していた分厚い眼鏡を外す。今まで見たことがなかった綺麗なトパーズ色の瞳。王子はドキリとする。
「ではこちらも本性を見せましょう。『追放された聖女』には『冤罪だった肉食』『性行為』の他にもう一つの顔があるのですよ」
ミリヤムは右手を高く差し上げると叫ぶ。
「ビッグより大きいメイスッ!」
その声と共に、ミリヤムの右手には「メイス」というには余りに大きい、鬼がもつ棍棒のような「メイス」が現れる。
どよめく魔物たち。
「我が母の持っていたもう一つの顔。それは『聖女』であるにもかかわらず『魔法』より『物理的攻撃』をはるかに得意としていたこと。そして、それは私に引き継がれました。ふふ。『封印の眼鏡』を外し、持てる力を全て出せるのは初めてのこと。どうなるかは私自身にも分かりません」
ミルヤムは言い終わるが早いかメイスを振りかぶり、魔物たちに向かって突進する。呆然としてそれを見ていた魔物たちのうち一体に強烈な一撃を加え、打ち倒した。
魔物たちはミリヤムを取り囲む態勢を取らんとするが、もちろんミリヤムはそんな猶予を与える気はなく、一体、また一体と打ち倒していく。
それでも何とかミリヤムを包囲した魔物たちは後方からその爪でミリヤムを切り裂かんとその手を伸ばす。
しかし、その攻撃は簡単にミリヤムのメイスに阻まれた上、そのまま打ち倒される。
残った魔物たちのうち二体が王子のところに走る。人質に取ってミリヤムの攻撃を止めさせる算段なのだ。
それを見ても一向に慌てることのないミリアム。
「王子。あなた様のお力をもってすればどうということのない相手です。お任せします。倒しちゃってください」
「ああ」
そうはいわれても緊張する王子。剣の柄を強く握りしめる。何しろ剣術の稽古は何度も受けていても実戦は初めてなのだ。
(とは言え、同い年の僧侶の女の子にああまで活躍されては、こっちも頑張らねば)。
「ギーッ」
一体目の魔物が腕を伸ばし、その爪で切りかかってくる。
「おりゃあ」
王子は真正面に構えた剣を真っ直ぐ振り下ろす。
「ギイイイイ」
魔物は真っ二つに切られ、その場に倒れる。
もう一体の魔物はその場で立ちすくむが、王子はすぐに駆け寄り、それも切り倒した。
パチパチパチ
ミリヤムが拍手をしながら歩み寄る。どうやら残りの魔物は全部倒してくれたようだ。
「王子。お見事です」
「あ、ありがとう。でも驚いた。こんなにうまく切れるなんて」
「ふふ。毎日の薪割りの効果が出ましたね。ここへ来た時よりずっと強くなっているんですよ。王子は」
何だかとてつもなく嬉しかった。そして、王子は分かっていた。それは他ならぬミリヤムに褒められたからだからということを。自分はもうミリヤムが好きで、かけがえのない存在になっていることに。
◇◇◇
しかし、王子のその思いはすぐに中断した。
先ほどとは別の男たちが現れたからだ。しかも、今度は五十人以上いそうだ。
王子はまたも剣の柄を強く握りしめるが、ミリヤムは先頭の馬上の男に淡々と言った。
「お久しぶりです。ゲルハルト将軍」
「久しぶりだな。ミリヤム。まだ私のことを『父』とは呼んでくれぬか」
「あなたと聖女であった母が愛し合ったことを否定しようとは思いません。またあなたが何かと私たちに母娘のことを気にかけ、陰ながら援助してくれたことも聞いています。ただ、私の気持ちもすぐに整理がつくものではないのです。ご容赦を。それよりここにはフリードリヒ王子がおられます。下馬をされたほうがよろしいかと」
「これは失礼した」
ゲルハルト将軍は慌てて下馬し、跪く。
「お初にお目にかかります。フリードリヒ王子殿下。私は将軍ゲルハルト」
王子は黙ったまま頷く。伝説の将軍ゲルハルト。その名は王子自身の耳にも何度も入ってきていた。
「こたびの戦乱。僧侶に偽装し、我が妻を聖女の座から追い落とし、後任の聖女に収まった魔物が引き起こしたもの。十五年かけ国中の要職にある者を偽装した魔物に入れ替えられていたことに気づかなかったのは我が不覚」
王子は黙ったまま聞き入っている。
「それがため王城はあっけなく魔物の手に落ち、我が国は魔物である王妃とその傀儡である国王ハーゲンベックの支配下になり申した。しかも、そればかりでなく」
「……」
「魔物に入れ替わっていた領主や代官はそれから一斉に本性を見せ、領内に圧政を敷きだしたのです。領民は塗炭の苦しみを味わっております」
「……」
「私は国王陛下や他の王族の方を探し出し、奉じて、この国を取り戻さんと努めて参りました。しかし、残念なことにフリードリヒ王子殿下。あなた以外の方はもう既にこの世にはおられぬようになっておりました」
「! 父上に母上、兄上に姉上、みな死んだのかっ?」
「はっ」
「そうか……」
覚悟していたとは言え、改めて突きつけられた現実に王子は言葉を失うしかなかった。
次回完結第7話「成就した恋の象徴はニクアツシイタケ」