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4 追放された聖女の娘は涙ぐむ

(いっ、いかんいかん)。

 王子は両手のひらで両方の頬を叩くと気合いを入れ直した。 

「こっ、このいい香りがする(きのこ)がどんな調理をされるのか見てみたい。でっ、でも、僕は調理される場所に入ったこともないんだ。王族は厨房に入るもんじゃないと言われてて。大丈夫なんだろうか」


「大丈夫です」

 ミリヤムは笑顔のままだ。

「ここは『王城』じゃありません。私が許します。何事も経験。誰もが初めての時はあります。一緒に調理しましょう」


 ◇◇◇


 ぐりぐりぐりぐり


 王子はミリヤムに言われ。すり鉢の中に入れたサンショウの実と岩塩をすりこぎで潰している。力のいる作業だが、サンショウの実が砕けた時に発する香りが心地よい。


 ミリヤムはと見れば、かまどに火をつけている。(まき)と言う木を切ったものを燃やすのだそうだ。いや、(まき)自体は知っていた。使い方と作り方を知らなかっただけだ。


 更にミリヤムは火にフライパンをかけ、その中にナタネから絞った油を入れる。香ばしい匂いが漂う。


 フライパンも食用油も知識として知ってはいた。でも実際に使われているのを見るのは初めてだった。


「王子。そちらの準備は出来ましたか?」


 ミリヤムの問いに王子は我に返る。すっかりミリヤムに見とれてしまっていたらしい。

「あっ、ああ。出来てるよ」


「では、持ってきてください。焼いたニクアツシイタケにかけます」


 すり鉢に入った調味料をミリヤムのところに持って行くと、ミリヤムは器用に広げたニクアツシイタケをフライパンに入れる。


 ジュウウウ


 ニクアツシイタケの水分に反応したナタネ油がはねる。ミリヤムがニクアツシイタケに調味料を振りかけると、更に良い香りが広がる。


 ミリヤムは何度もフライパンの中のニクアツシイタケをひっくり返す。全体に満遍なく火が通っていく。


 王子はその様子を後ろからじっと見つめる。だんだんと自分でも見つめているのはフライパンの中のニクアツシイタケなのだかミリヤムなのだか分からなくなっていった。


「王子」


 ◇◇◇


「うん?」


「何をボーッとしているんです。焼き上がりましたよ。一緒に食べましょう」


「あっ、ああ」


 ミリヤムがいつものようにテーブルの上に皿を並べる。


王子は皿に目が釘付けになった。さっきは多分ミリヤムの方に目が行っていたが、よく見ると、かさを広げ、念入りに焼いて、調味料を振ったニクアツシイタケは見た目も「肉」だ。そして、その香りはかつて王城で食した「肉」に劣るものではない。


ミリヤムが着席したのを見た王子は両手を合わせ「いただきます」と言うが早いか皿の上の「肉」にかぶりついた。


「うまいっ!」

 思わず声が出る。

「『肉』とは似て非なるものなのは確かだけど、食味も香りも負けていないっ! うまいっ!」


「ふふ」

 ミリヤムは微笑んだ。

「良かったです。喜んでもらえて」


 そして、祈りを捧げる。

「我らを見守りし大いなる神よ。今日も日々の恵みをありがとうございます。いただきます」


 ミリヤムは王子のようにかぶりつくこともなく、ニクアツシイタケの一部を切り分けてから口に運ぶ。


 ゆっくりと噛んでいく。そして、声が漏れる。

「あ……あっ、あ」


 ミリヤムの分厚い眼鏡の下からたくさんの涙が流れてくる。


 ◇◇◇


「どっ、どうしたというのだっ?」

 王子は慌てる。ここへきてやっと笑顔を見えてくれるようになったが、会ってからというもの、殆どの時間が「鉄仮面」だった。


 そのミリヤムが涙を流しているのだ。慌てない方がおかしいだろう。


「失礼しました」

 ミリヤムは眼鏡を外さずにハンカチで涙をぬぐった。

「このニクアツシイタケは亡くなった母の大好物だったんですよ。でも、思うことがあって、母が死んでからは食べていなかったんです」


「何?」

 王子は慌てる。

「ひょっとして僕が『肉』が食べたいと言ったばかりに辛いことを思い出させちゃったのか?」


「いえ、王子は悪くないですよ」

 ミリヤムは涙をぬぐいながら続ける。

「王子。王子は『追放された聖女』をご存じですよね」


「あっ、ああ」

 王子は頷く。

「今の『聖女』の前の『聖女』。聖職者なのに『肉』を食べた(とが)で王城を追放されたと聞いている。僕が生まれる前の出来事だそうだから、会ったことはないが」


「私の母がその『追放された聖女』なんです。そして、食べていた『肉』というのが、この『ニクアツシイタケ』なんですよ」


「何だって?」

 王子は色めき出す。

「それではミリヤムの母上は、はめられたのではないかっ! 告発したのは誰だっ? 何故反論しなかった?」


「告発したのは母の後任になった今の『聖女』と王室の遠縁に当たるハーゲンベック公爵。反論せずに、ここの家に落ち延びた理由は『私』です」


「ミリヤムが理由? どういうことだ?」

  

「母は私を身籠もっていたのですよ。『肉食』は冤罪でしたが、もう一つの聖職者の禁忌『性行為』は犯していたのです」


「!」


「だから母が禁忌を犯したのは事実です。そして、私は『追放された聖女の娘』なのです」


「……すまん。何と言ったらいいのか分からない。だけど、僕はミリヤムが糾弾されなければならない存在とは思えない」


次回第5話「王子に危機迫る」

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