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3 王子の心臓は早鐘を打つ

「亡くなったお母さんが使っていた(かご)です。私は自分用の(かご)を持っていきますので」


 ミリヤムが王子に渡したのは大きな(かご)だ。

(何で王子の僕が(かご)を背負わねばならん)。

 そう思った王子だがミリヤムは自分の(かご)の他に様々な道具を抱えているし、何よりここはうっかり機嫌を損ねて『肉』を食べ損ねたら元も子もない。何も言わずに(かご)を背負った。


 歩いたのは二十分、いや、三十分くらいだろうか。不意に立ち止まったミリヤムは上方を指差した。

「採るのはあれです」


 指差した先にあったのは大木の根元に生える(きのこ)だった。


(きのこ)じゃないか」


「そのとおり。(きのこ)です。ニクアツシイタケ。食味が『肉』によく似ているそうです」


「いやそれは分かったが、どうやって採るんだ。あれ?」


 そう、大木の根元に肉厚そうな(きのこ)が群生しているのは目視できる。但し、その大木があるのは急峻(きゅうしゅん)な崖の上である。


「こうするんですよ」

 ミリヤムはロープの先端を崖上に投げる。投げられた先端は大木の反対側を回って下に落ちてくる。


 そしてミリヤムは二本のロープを掴むとこともなげに崖を登る。


(まるで猿だ)。

 王子はそう思ったが、もちろん口には出さない。


 あっという間に崖を登ったミリヤムはロープをしっかり大木にくくりなおすと、(きのこ)を採取すると思いきや、そのままするすると崖下に下りてきた。


「へ?」

 あっけに取られる王子。


「では王子。このロープを使って崖を登り、ニクアツシイタケを採ってきてください。(かご)いっぱいに」


「まっ、ままま、待てっ! ミリヤム。何でさっき崖を登った時に(きのこ)を採ってこなかった?」


「あっちにもニクアツシイタケが自生していますので、私はそれを採ってきます」


 見ると確かに反対側の崖の上にもニクアツシイタケが生えている。


「何でまたわざわざ崖の上に生えているのを採るんだ?」


「ニクアツシイタケが美味であることは動物たちも知っていますので、採りやすいところに生えるものは大きくなる前に食べられちゃうんです」


「そうなのか」


「そうです。それにある程度大きく育ったものが数ないと、『肉』の食味に近い調理が出来ないんですよ」


「むむむ」


「なので王子のお力が必要なんです。よろしくお願いします」


「うん」

 王子は頷く。何でこんなことしなければならないとも思うが、「肉」の魅力には抗いがたい。


 ◇◇◇


 王子はしっかりとロープを握り、ゆっくりと登っていく。


 王族のたしなみとして、剣術と馬術は教育されていたが、ロープを使った崖登りなどやったことはない。


 それでも半分くらい登った頃だろうか。一息ついて、ミリヤムの様子を(うかが)う。


 驚いた。もう既にミリヤムは反対側の崖にロープを掛け、するすると器用に登っている。


 不意に初めてミリヤムに出会った時に言われた言葉を思い出した。

「あなたは十五歳の女の子一人に勝てないほど弱っちいのですか?」


(くっそう)。

 王子はロープを強く握り直した。

(僕だって十五歳だっ! あんなこと言われたままいられるもんか)。

  

 ◇◇◇


 崖の上が近づくと王子の鼻腔(びこう)にはニクアツシイタケの香りが広がった。


「うほっ」

 思わず声が出る王子。


 今回採取しようとしているのは、あくまで「肉」の代替物だ。「美食」という観点から考えれば、王城にいた頃に食べていたもの、どれよりも劣後するだろう。


 しかし、この香りは何だ? 今までこんな香り嗅いだことがない。何ていい香りなんだろう。


 うっとりした王子だが、何の気なしに見た反対側で、もう既にミリヤムが崖の上に上がり、採取したニクアツシイタケを次々に背中の(かご)に放り込んでいるのを見て、ハッとした。


(ちくしょう。負けてたまるかよう)。

 (かご)の中に入っていた鎌を取り出すと、懸命にニクアツシイタケを採って、(かご)に放り込む。


 ニクアツシイタケは相変わらず良い香りを放っている。それを堪能したい誘惑に駆られた王子だが、それを押さえ込み、採取を続ける。


 ◇◇◇


 どのくらい経ったのだろう。「王子―っ、もう日が傾いてきています。引き上げましょう」

そんなミリヤムの声に我に返る王子。(かご)の中はもうニクアツシイタケでいっぱいになっていた。


「わあ、結構採れましたね。初めてにしては上出来です」


 ミリヤムが自分のことを褒めるなんて初めてではないだろうか。そう思った王子は少し赤面した。


「なっ、なあ」

 王子はその気持ちを抑え込むようにしてから、ミリヤムに声をかけた。

「この(きのこ)、凄くいい香りがするんだが、どうやって調理するんだ?」


「ふふん」

 ミリヤムはドヤ顔だ。


(てっきり、王城にいた頃一番厳しかった妙齢の女性家庭教師のような鉄仮面かと思っていたけど、こんな表情もするんだな。何だか可愛い)。

 ここまで考え、王子はまた赤面した。


「じゃあ王子。調理しているところを見ますか? いえ、何なら一緒に調理します?」


 ミリヤムは笑顔だ。王子の心臓は王城から走って逃走した時は違った種類の早鐘を打った。それが何なのか、王子にはさっぱり分からなかった。


「王子? どうしました?」

 怪訝(けげん)に思ったのかミリヤムが下から王子の顔を見上げる。


次回第4話「追放された聖女の娘は涙ぐむ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに精進料理やヴィーガン食などでも、シイタケは肉の代用品として重宝されていますね。 もしこちらの世界にも大豆があるとしたら、ミリヤムさんは豆腐や卯の花の扱いにも長けていそうです。
[一言] 落ちたな(確信)。
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