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2 王子は「肉」に情熱を燃やす

「何だとっ!」

 王子は反射的に立ち上がった。

「それは『雑草』ではないかっ! 王子であるこの僕に『雑草』を食わせたのかっ! この無礼者っ!」


「その『雑草』をうまいうまいと三杯もお代わりしたのは王子じゃないですか。それとも王子の誇りにかけて、今まで食べたものを全部吐き出します? やるんならこの家の外にやってくださいね」


「ぐぬぬぬ。まあ今回は緊急だしやむをえない。次回は畑で穫れた野菜のスープにするように」


「ここには『畑』というものはないですよ」


 ◇◇◇


「何? 『畑』がないっ? 今まで何を食べてきたのだ?」


「この山には豊かな恵みがあります。このあいだまで、二人で暮らしてくるには十分過ぎるほどでしたね」


「二人? もう一人いるのか?」


「もう一人というのは私の母です。もう半年くらい前に天上の大いなる神に召されました」


「そうか」

 さすがの王子も神妙になる。

「こう言ったことを聞くのも何だが、その、半年間一人だけだったのか。寂しくはなかったのか」


「寂しくなかったと言うと嘘になりますね」

 少女はちょっと涙ぐんだ自分に気づき、そっとまなじりを()いた。

「でも私は生きていかねばなりません。自分しかいない以上、いくらこの山の恵みが豊かでも自分で採ってこなければいけない。また採ってきただけでは駄目で、それを調理しなければ食べられない」


「……」


「そうこうしているうちに寂しさは紛れていきました。それはそれで哀しいことではありますが」


 神妙に聞いていた王子だが、改めて気づいた。

「今更だが、その服装。聖女なのか?」


「ふふ」

 少女は初めて微笑んだ。

「王子。あなたは王族なのにご存じないのですか。『聖女』というものは国に一人しかいてはいけないのです。私はただの僧侶(クレリック)です」


僧侶(クレリック)か」

 だが、王子はどこか腑に落ちなかった。「聖女」も「僧侶(クレリック)」も王城で何度も見たことがある。しかし、少女からはどこかそれらとは違った凜とした誇り高さのようなものを感じるのだ。これは一体何なのだ?


 気がつけば少女の顔をじっと見つめていた。


「ふふ」

 少女はまた微笑んだ。

「王子。私の顔に何か付いていますか?」


「いや」

 そう言ってから王子は赤面し、目をそらした。


 そして、その疑問はそのまま放置された。


 ◇◇◇


 王子は初日の「野草のスープ」はおいしく食べたが、これから毎日野草を出されたら飽きるのではと懸念した。


 しかし、それは杞憂(きゆう)だった。


 茹でたもの、煮たもの、ナタネ油で揚げたもの。調理法も多種多様。

 

一口に野草と言っても、少女から「アザミ、イラクサ、ヨシナ、タンポポ、アサツキ、ノビル、ヨモギ、ツクシ、スギナ、フキ、ワラビ、ゼンマイ、ミツバ、フキノトウ、コゴミ、ウド、ユキノシタ、カタクリ、ウワバミソウ」とたくさんの種類があることを教わった。


 また調味料としても野草の「サンショウ」。山で採れる岩塩。ドングリの実を砕いたもの。


 それらを上手に組み合わせた少女、自らの名をミリヤムと名乗った、その調理の腕は王城の料理長と比しても遜色(そんしょく)ない、いや、素材が限定されている以上、凌駕していると言っていい状況にあった。


 ◇◇◇


 しかし、それでも王子には一つ大きな不満があった。

「なあ、ミリヤム。僕は『肉』を食べたいんだが」


「『肉』?」

 ミリヤムは怪訝(けげん)そうな顔を隠そうとしない。


「僕は『男』だぞ。『女』のおまえはそれでいいかもしれないが、草や木の実ばっかり食べてたんじゃ力が出ないんだよ」


「私が聖職者であることをお忘れのようですね。聖職者にとって『肉食』は禁忌です。素材としての『肉』などこの家にはありません」


「この山の恵みは豊かだってミリヤムは言ってたじゃないか。獲ってきてくれよ」


「私は聖職者です。自らが食することを目的とした殺生は禁忌です。どうしても『肉』を食べたいと言うのなら、王子がご自分で狩猟して、外で調理してください。細かい肉片が混ざると困るので、この家の調理道具は一切使わせませんからねっ!」


 一気にミリヤムにまくし立てられ、下を向く王子。

「そんな……『肉』が食べられないなんて。『肉』を食べたいよ。僕は」


 それを見たミリヤムは小さく溜息を吐いた。そして、何やら考え込み、やがて、顔を上げた。

「仕方ないですね。『肉』そのものはどうしても禁忌ですが、『肉』に近いものなら採れますがそれでいいですか?」


「何!」

 王子の顔は一転して明るくなる。

「それは『肉』と同じ味なのか?」


「私は聖職者だから『肉』を食べたことがないので分かりませんが、両方食べた人のお話だとよく似ているとのことですね」


「よしっ! それだっ! それを作ってくれよ。ミリヤム」


「但し、それを作るには素材を採ってくる必要があります。それも多めに。そうなると王子にも採取を手伝ってほしいのですが」


「おうっ! やるっ! やるぞっ! 『肉』食えるならやるっ!」


「ではご一緒しましょう。私もこの問題にはそろそろ向き合わねばなりませんしね」

 気持ちが舞い上がる王子には、このミリヤムの最後の言葉はまるで聞こえていなかった。


 ◇◇◇


「王子。これを背負ってください」


「へ?」


次回第3話「王子の心臓は早鐘を打つ」

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