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全5話の連載です。よろしくお願いします。
砂漠化の進む荒野の真ん中に、ドーム型の結界に守られた国がある。一番近い隣国でも、旅慣れた商人の馬車で一月は掛かるという、大陸の最端にあるこの世の神界とまで謳われる国だ。まるで御伽噺のような常春の国で、命を脅かすものは何も無いと聞く。
ソラビア王国は結界で守られた魔法王国だ。
気象を操る第一王子レオポルド、時間を操る第二王子ウォレス、空間を操る第三王子コンラッド。三王子とも優秀で、自然を凌駕する王国は未来永劫安泰だと思われていた。
王国には固有魔法を使用するにあたって厳しい掟がある。その魔力と魔法を個人の欲のために使ってはならない。全ては国民のため、国のために善行としてのみ、そしてどうしても避けられない国の危機の時のみ使わなければならない。
天の恵みを自分の望む通りに変えては自然災害につながるかもしれないし、時間を勝手に巻き戻しては歴史を大きく変えてしまう可能性もある。空間魔法もまた然り。聖女が守るこの国は、慎ましやかに生きる事を美徳とする。
それは何百年と続いており、未来永劫続くはずだった。
第一王子には国母に相応しく結界を張れる守りの聖女が妻に、第二王子は彼らの嫡子が産まれるまでは予備として据え置かれ、第三王子は諸外国からの姫を迎え入れることになっていた。当然三王子が国外に出ることはない。
この度、第一王子と聖女の間に健康な嫡子が生まれ、第一王子はめでたく王太子になり、将来は約束された。
そこで、第二王子のお相手を探すことになったわけだが、コレがなかなかうまくいかなかった。
第二王子は三王子の中で、国民に最も人気がある。それというのも、彼が東南地区の国境を取り締まる第一騎士団をまとめており、公平で誰にも気安く手を差し延べるからだ。銀に近い金髪に、空を反映させたような青い瞳はまるで戦神のように神々しく、どんな娘も恋に落ちると言われたほどだったのだが、つい最近までスペアとして生かされてきたウォレスは、女性を近くに置かず恋愛などに興味がなかったのだ。
「せっかく自由になれたんだ。もう少し自由を満喫させてほしい。押し付けがましい目で見られるのも鬱陶しいし、香水臭くて敵わない」
というのが二十歳を過ぎた王子の言い分だった。
*****
「殿下!」
馬のいななきと共に、馬上にいたウォレスは振り落とされ路面に叩きつけられた。衝撃で呼吸が詰まるがそれ以上に現状を理解する為、とっさに剣を抜き周囲を見渡した。
「…っ!?」
興奮する馬を宥めながら、部下のフィンが慌てたようにウォレスに声をかける。目の前には馬に蹴り上げられて頭を打ちつけた不憫な少女が転がっていた。頭の向きが不自然に曲がっておりピクリとも動かず、石畳みに滲み出る血の量からも即死は間違いなかった。
その日、ウォレスは仲の良い騎士たち十数人と馬に乗り優雅に市井を闊歩していた。皆が困ったことがないか、悪さをしている者はいないか、と国境付近で目を光らせてる立派な王子だ。王族という立場をひけらかさず、騎士として街を見回る様子は王国民からも好ましく映り、王国の三王子の中で一番親しみやすいと人気を誇っている。
数ヶ月前に誕生した第一王子と聖女様の長男キングスリーのお披露目が済み、臣籍降下の目処がようやく立ったのを祝い、少々羽目を外そうかと考えていた矢先の事故だった。
「ダメです…。首の骨が折れて…」
「突然飛び出して来て、馬が驚いたのでしょう」
夕方の既に忙しい時間帯が過ぎた頃だったため、気を抜いていたのもまずかった。人はまばらで、夜の店がボチボチと開き始めた頃だ。見れば、少女はまだ年端も行かない娘のようだった。
「エヴリンだ」
見物していた一人がぽつりと呟いた。
「そこの。この娘を知っているのか」
「は、はい。あの、エヴリンは花売りの娘です。最近、具合の悪い母親の面倒を見ながら四苦八苦していたようで。この時間こんなところにいる子ではないのですけど」
「母親…。この娘の家を知っているか」
「いえ、そこまでは。路上で花売りをしているので…」
具合の悪い母親がいるのに、この娘を亡くしてしまってはその母親も大変なことになる。ウォレスは眉を顰めた。
「あの子、お母さんが倒れたけど治療費がないって言ってたよね」
「そう言えば、この娘、食堂の野菜クズをもらってたよな」
「ああ、そうだ。『子馬の蹄』でも見たことがあるぞ」
「かわいそうに」
「これじゃあ、母親もダメかもな」
ざわざわとささやく周囲の言葉を拾い、ウォレスは益々眉を顰めた。時間を戻せばこの子は助かり、母親も長らえるかもしれない。それでも生活は苦しそうではあるが、そこまでウォレスは面倒は見切れない。生きていればなんとかなるだろう。
投げ出された小さな体は肉付きが悪く、たっぷりした長い黒髪がべっとりと血を含んで小さな痩せた顔をより細く見せている。騎士たちが少女を抱き上げて己のマントで包むのを見ながらウォレスは唇を噛み締めた。せっかく自由になった晴れの日にケチをつけられた気分になり、一人の命を奪ってしまったことに罪悪感が頭を擡げる。
時間魔法は勝手気ままに使ってはいけない。つまらない些時に見えても、長い目で見て大きく歴史が変わることもある。王国で認められた事案のみ使うことが許された固有魔法。
だがウォレスは、今までにも些細なことに時間魔法を使ってきた。
例えば、お気に入りの羽ペンをうっかり壊してしまった時。
言い間違えて、恥ずかしい思いをした時。
弟にゲームで負けて悔しかった時。
ほんの数秒時を戻し、なかったことにした。だが、だからと言って何かが変わったわけではない。日常はあいも変わらず流れていくし、自分の行動が国や国民を脅かしたこともない。何も政敵を暗殺しようとか、他国の問題に口を挟もうと言うわけではないのだ。もちろん王国を脅かすような事件も反発も、ウォレスが知る限り起こった事は無いのだが。
余談であるが、過去に一度だけ国の大事に使ったのは、兄であるレオポルドの魔力暴走で気象異常になった時だ。あの時は王城が半壊し、巻き込まれた侍女や官吏たちが竜巻で吹き飛ばされ、結界がなくなってしまった。あわや国の崩壊かと言ったところで時間を戻したのだ。レオポルドの思春期における感情の乱れが原因だとされていたため、以降情緒教育が強化された。その反動もあって、ウォレスは異性に興味を持たず、ただひたすら肉体酷使の道へまっしぐらに進んだのだ。
平民の花売りの少女の命を助けたからといって、この国に大きな問題が降りかかるはずがない。それどころか、命を助けるのだから高尚な理由と言ってもいいはずだ。
まあ、時間が戻れば無かったことにされて、誰も何も覚えていないのだけど。
戻す時間はわずか数分だ。誰かに気が付かれることもない。
『 』
ウォレスは誰にも聞こえないほどの声で、呪文を唱えた。思った以上に魔力を奪われ、一瞬の目眩と吐き気を催したと同時に少女が路地から飛び出してきた。
「誰か、誰か助けて!お医者様を…っ!」
巻き戻し前には聞けなかった少女の必死の声。
「危ないっ!」
「きゃあ!」
間一髪でウォレスは手綱を引き、少女は馬に蹴られることはなかったが、驚いて脇にそれたことで少女は酒樽を運ぶ運搬人にぶつかった。前回では、かわいそうにと眉を顰めていた男だ。
運悪く、荷馬車から荷物を運び入れている最中だった男は、葡萄酒のたっぷり入った樽を担ぎ上げたところで少女とぶつかり、バランスを崩して樽を落としてしまったのだ。
石畳に落ちた樽はバカンと音を立てて壊れてしまった。黄金色の葡萄酒が路面に溢れ、安物の酒精のつんとした匂いがウォレスの鼻をついた。
「な、何しやがる!」
声を荒げた男は、ぶつかって来たエヴリンに振り返り怒鳴り上げるが、その騒動に荷馬車の馬が驚き駆け出してしまった。あおりを下げていたこともあり、荷馬車に積まれてあった葡萄酒の樽はゴロゴロと転がり落ちて、坂を降っていった。
「あぁっ!?商品が!」
荷台から転がり落ちた樽の一つは、道を横切ろうとしていた杖をついた老婆を巻き込んで街角にぶつかり大破、もう一つは店じまいを始めていた商人のテントを支える支柱を薙ぎ倒し露店はメチャクチャになり、中にいた夫人が支柱の下敷きになった。更にもう一つは赤子を抱えた買い物客に体当たりをして、赤子が石畳に放り出された。
突然の惨事にあたりは大騒動になり、騎士団が大慌てで事態の収拾に努めている間、ウォレスは呆然として動けなかった。
「殿下、報告します。樽の一つに巻き込まれた老婆は、腰を強打し意識不明。町医者に運びましたが背骨を折り、助かる見込みは薄いとの事。もう一つの樽は露店にぶつかって大破。露店商の夫人は腕の骨折と足の捻挫でこちらも町医者に運ばれました。残念ながら、最後の樽に押しつぶされた女性と赤子は打ちどころが悪く…死亡しました」
愕然と報告を聞くウォレスの横では、荷馬車の男が狂ったように元凶のエヴリンに殴りかかり、騎士に羽交い締めにされており、エヴリンは顔の形が分からなくなるほど殴られ、血を流しながら気を失っていた。
「こ、こんなはずではなかった…」
我に戻ったウォレスは、こんな事なら最初の、少女の命を無くすだけで済んだ方がマシだったと考え、間を置かず即座に逆行魔法を再度唱えた。
読んでいただきありがとうございます。
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