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はじめに。

 

 2038年、それは空より飛来した。1977年に打ち上げられたレコードを持って。

 大いなるそれが近づいたことにより、超電磁パルスが生じ、地球の文明は終わりを迎えた。それを大いなるそれが望んだわけではないけれど、確かに、そう、確かに人類は終焉を迎えたのだ。

 人類にとって最強の武器の一つであった単一エンジンによる大陸間弾道ミサイルも、大いなる存在には意味をなさなかった。それほどまでに、それと、人とはかけ離れた存在だった。


 私には兄がいた。変わった兄だった。

 染色体がXXであるにも関わらず、兄には男性器があった。

 遺伝子欠陥、あるいは突然変異。だから兄は女性のような容姿でありながら、男性であった。母の趣味で伸ばしたストレートの黒髪、さらさら流れて指を通り抜けていく。

 私はそんな兄を見ながら育った。

 否定に過敏でヒステリーになる母と、アニメが好きで押して来る父。そんな両親から溺愛されて育った長兄。母は長兄を溺愛し、長兄はお洒落でルックスも良かった。

 そんな中に生まれた異質な次男。母は長兄を溺愛したけれど、次男は愛した。その愛の質が異なるのを強く感じたのは長兄だと思う。もし父が離婚すると言っても母は抗わなかっただろう。次男の養育権だけは手放さなかっただろうけれど。

 父も兄も母も、自分の好きなものを真っ先に優先する。それ以外には渋々応じてくれるも、顔色に出るので兄も私も、両親や兄の邪魔をしようとは思わなかった。否定に対して過敏で、低評価に対しても過敏な反応を示す。兄と私がそうであったのなら、きっと落胆して、落ち込むところを、逆に噛みついていくようなのが母と兄だった。

 私がアニメに興味が無いと知ると、父の落胆の色は大きかった。そんな父に寄り添ってアニメを一緒に見ていたのが長兄。

 私は両親から放任、長兄からもあまり接せられなかったけれど、祖父母には可愛がられた。

 祖父母は長兄にはほどほど、両親共にもほどほどだったけれど、兄には冷たかった。

 特に父方の祖父は兄をいないもののように扱った。兄の性質を受け入れられなかったのかもしれない。私はそんな祖父から武道を習った。性にはあっていた。


 兄は物静かでいつも一人だった。男子は兄を男子として見れず、女子は兄を男子として見れず、かといって女性でもない。みんなどう接すればいいのか迷って近づけなかった。

 兄が年を取ればとるほど、その異様さは際立っていった。

 興味が無いと思わせつつ、私は兄から目が離せなかった。

 朝起きてから、ベッドから出るまでの間、ぼんやりとした間が五分以上あること。寝起きの顔が一番ぼんやりしていること。母の趣味で髪を伸ばしているが、本人はそれをどうでもいいと思っている事。髪を縛ってあげるとお礼を言ってくること。

 少しだけ微笑むように笑うこと、実は物分かりが良いとこ、箸の持ち方が少し違うところ、いびつなホルモンを安定させるために薬が必要なとこ。

 料理ができるところ、黒髪の端々に少しだけ白髪があるところ。黒の中の僅かな白が何とも言えず綺麗なところ。虫一匹殺さない癖に、実はどうでもいいと思っているところ。


 そんな私を見て母は私にこう言った。

 貴方はちゃんと女の子なんだね、と。

 その答えはきっと母の女性像の中にある。


 偶然だった。それは本当に偶然だった。最新鋭のVR機械。軍事利用への転用を考えて作られた装置だった。核戦争からも守られるカプセル、夢を見ながら長い時を眠ることのできるコールドカプセル。入っていたソフトが母の作った乙女ゲームだというのが、何とも言えない話ではあるけれど、滅びた世界の中で、大いなるものがそれを見つけた。

 それに接続された兄を見つけた。滅んだ世界の中で、それは兄を見つけた。

 星に来たことを後悔していた。悲しんでいた。どうにかして元に戻そうと、しかし自身が超エネルギー体であるがゆえ、触れる機器が壊れていく。それに気づいた時、残っていた記憶媒体はそれだけだった。

 大いなるものがそれに近づいて、母が作った世界を見た。そこに接続して悪役令嬢のデモプレイを体験させられていた兄と私の死骸を見つけた。


 超電磁パルスと、超放射線により生物という生物が滅んだ世界。


 それは自らを裂いて世界を再生した。

 唯一死体の残った兄に、せめてもの罪滅ぼしとして、それは、長い時間をかけて世界を、創造した。

 あとは兄をそっと下ろすだけ。

 そっと、そっと、壊れないように、それは、兄を悪役令嬢として下ろした。

 その世界こそが、地球の元あるべき姿だと、大いなるものの盛大なる勘違い。

 どうしてそれを私が知っているかって。

 だって私は兄と一緒にいたもの。プレイしている兄の体に身を寄せていた。プレイ中は触れても兄は気付かない。膝の上に頭を乗せて、それは至福で、ずるくて、醜くて、浅ましい。

 兄と一つになりたかったのだ。体よりも心よりも、もっともっと深いところで、一つになりたかったのだ。どうしようもないほどに。

 もし魂というものがあるのなら、兄の魂に、私の魂をくっつけたかった。ただそれだけが、私の願い。くっつけるだけでいいのに、その願いは、おそらく未来永劫叶う事は無い。


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