忠誠とは絆
俺は里の外れにある忌み子達が住む小屋に来ていた。
治療を施した子供の体調確認だ。
長老ニャンゴやドルー夫妻、子供をここに預けた両親も緊張した面持ちで俺の診察を見守っている。
予想通り、朱色だった魔石は赤黒く変色しており、魔力が溜まっている事がわかる。
子供の身体の浮腫みも取れ、熱も下がったようだ。
まだ体力が回復してないので子供は寝たままだが、しっかり食事を取れば明日には動けるようになるだろう。
うん、治療は成功だ。
「治療の効果はあったようですね」
「はい、そのようですな。本当にありがとうございました。ふぉっふぉっふぉっ」
ニャンゴは仙人モードに戻っている。
見るからに症状は改善されているのだが、緊張した面持ちだったのはやはり一抹の不安があったからだろう。
俺のはっきりした言葉を待っていたようだ。
「ニャンゴさん、お願いした魔石は用意できましたか?」
「はい、ナロウさんから言われた通り、魔力が無くなった魔石を十個ほど用意してあります」
俺は差し出された魔石全てに治療の魔術を施す。
「元々魔石は魔力量に応じて変色する特性がありますよね。しかし、この魔術は更にはっきりと魔力量を目で見てわかるようにしてあります」
「はい」
「魔力量が空に近い魔石の色は今までと同じ灰色ですが、魔力が溜まってくると徐々に赤みを帯びてきます。 そしてこの魔石のように赤黒くなれば、ほぼ九十パーセント近く溜まったことになります」
俺は今治療を終えたばかりの魔石を皆に見せた。
「完全に溜まった場合は真っ黒になりますので、そこからは魔力の吸い上げは止まってしまいます。 ですから赤黒くなった時点で交換時期だと考えてください」
「はい、わかりました」
集まった忌み子の親達は俺の話を全て聞かず、早速我が子の治療をしようと動き出す。
気持ちはわかるが未だ大事なことを伝えていない。
「あ、ちょっと待ってください。これは大事なので聞いてくださいね」
忌み子の両親たちの動きが止まり、俺の方を見る。
「まず一つ。治療の魔石は魔力を吸い続けます。 元気なのに治療を続けてしまうと本人の魔力が枯渇し、体調を崩しますので注意してください」
間髪入れずドルーが質問してきた。
「えと、では実際どのようにして毎日を過ごせば良いのですか?」
「はい、忌み子の症状は熱と身体の浮腫みです。 身体の浮腫みは毎日見ているとわかりづらいので、毎日熱を確認してください。 熱が上がったら治療を開始、熱が下がったら治療を中断。といった感じです」
熱を確認すると言っても、手のひらで額に手を当てて感覚的に診るのがこの世界の通常だ。
体温計などはこちらの世界で見たことは無いし、普及していない。
しかし、そんな道具は魔術で簡単に作れる。
「これをニャンゴさんにいくつか渡しておきます」
俺はここに来る前にドウルートの魔石を使った簡易体温計をニャンゴに渡した。
「おお、これの使い方は?」
「熱があるかどうか心配な時はこの魔石を子供の脇に挟ませて五分程度じっとさせてください。 この魔石は温度で色が変わります。 低い温度は灰色、それから順に朱色、赤、赤黒、黒に変化します。 お子さんが元気な時に一度色を確認してもらい、次の色に変化した時は熱が出だしたと考えてよいはずです」
体感的に言えば灰色三十五度以下、赤が三十六度、赤黒が三十七度、黒が三十八度以上と考えて魔術を施した。
自分やナロウ達何人かの体温の感覚と比較して作ったのでまぁまぁの精度だと思う。
「治療の魔石は魔力が溜まったら魔道具などで消費してください。そうすれば繰り返し治療の魔術が使えます」
「とてもありがたい。これからは街に魔石を持っていって魔力の補充をしなくても済みそうだ。 だからみんな、治療の魔石と体温の魔石は里の財産として扱う。 だから溜まった魔力も個人で消費しないようにして欲しい」
さらっとこの言葉が出るのはニャンゴが以前から考えていた事なのだろう。
里の為政を担う長老としては及第点だと言える。
ニャンゴに聞いたところ、現在の忌み子は全部で九人。
里で必要な魔力全てが賄えるかと言えばまだ少ない。
特に結界用の魔力は毎月補充するほど大きな魔力が必要らしく、頻繁に街へ魔石を持って魔力の補充に行くそうだ。
確かにこれだけの範囲の結界となれば魔力消費も大きく、経済的にも負担は大きいのは頷ける。
俺なら周囲の魔素を吸収して魔力に変える魔術を魔石に付与して結界に使うけどね。
そう思うと、当初心配した魔力の悪用は今のところ心配しなくて済むだろう。
ただ、今後も一定確率で忌み子が生まれてその数が増えた場合はいつか里の魔力に余裕が出てくるのは間違いない。
その時、里は忌み子をどんな扱いをするのか。
そのためにも忌み子に魔力の圧縮、整流化、魔術自体を教えるのは暫くは控えようと俺は思った。
魔力の圧縮、整流化を覚えれば魔石に頼らずとも体内の魔力を制御できる。
しかし、それは一般の魔術師にとっては涎が出るほどのスキルである。
とにかく忌み子は魔力が多いのだ。
『忌み子は神子』
そんな自分が言った言葉を思い出して俺は少しだけ身震いした。
◇◇◇
俺はこの一件で里の人達から『レオ様』と誰からも言われる存在になった。
『やっとレオ様の偉大さが愚民どもに理解されて、大変嬉しく思います』
などと、エナが部屋で言ったときは飲んでいたレモン水もどきを盛大に噴き出した。
エナが忠誠心の高いメイド長なのは知っていたが、正直これほどとは思っていなかった。
元々俺の世話係はエナ以外のメイドなのでこんな性格だったのは全く気づけなかったのだ。
エナは誇り高いと言われるエルフ族だ。
表情が薄く、眼鏡を多用していることからかなり理知的に見える。
以前、屋敷でレイダが『メイド長の眼鏡は老眼鏡なのですか?』と聞いた時、高速鳩尾パンチを放っていたところを見て畏怖したことがある。
その強さから武力も中々だと思っていたが、今回の事件で一緒に行動してみるとそうでもなさそうだった。
「レオ様、エナがどうかしましたか?」
メイド完璧超人エナが部屋を掃除する姿を遠目で眺めていると、ナロウが不思議に思ったのか質問をしてきた。
「うん。エナって強そうだけど、ドグルートと戦っても離れて見ているだけだし不思議だなって思ってね」
「ああ、なるほど。私を含めて魔物と戦うような武力が無い事に悲観されているのでしょうか?」
「いや、そんな事はないんだけどね。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ」
ナロウは申し訳なさそうに俺に話す。
「私やエナの戦闘力は対人専門でして、魔物と戦うような術がございません。 今回の事件で冒険者のような対魔物戦が得意な武術も習得が必要だったと、先日エナと反省していたところでございます」
え?対人専門て。
「レイダやダリルはそのような能力はありませんが、兵士以外にも筆頭執事である私やメイド長のエナなどの使用人の一部は対人戦の訓練を受けています。 私も以前は王の近衛隊長だった事もあり、その任を解かれてからは屋敷に何かあった場合の備えも兼ねて務めてまいりました」
マジかよ。ナロウが元近衛隊長だなんて全く知らなかった……
「バンナ族の襲撃の際もレオ様を守るために私もエナもかなりの敵を倒しました。 目的はレオ様の安全ですから逃げ延びるための最低限の戦闘です」
ナロウによると屋敷の警備は敷地内は門番などの兵士、屋敷内はナロウを中心とした使用人が基本的に敵の襲撃に対処する事が約束事だったそうだ。
俺の場合は忌み子なので要人警護の体制は無いに等しく、屋敷の警備程度の兵力。
使用人達は俺を助けようとバンナ族の兵士と戦い、逃がそうとしてくれたのだ。
「レオ様をレイダに任せ、屋敷を出るまでの時間稼ぎが私達使用人の役割でした。 レイダが屋敷を出たのを確認し我々も撤収したのですが私は腹を切られ、結局エナとダリルの三人だけが脱出できました」
「う、そうだったのか……」
「そしてレオ様を背負って走るレイダを追いかけたのですが、長城の門が開いてレイダは大森林に逃げ込みました。 腹を怪我している私はそのまま追いつくことなく、レオ様達と逸れてまったのです」
大森林でナロウ達は俺とレイダに偶然出会ったような顔をしていたのを思い出し訝しむ。
俺はレイダだけに助けられ、ナロウ達は自分を守るために逃げていたと思っていたのだ。
俺のために命を張ってくれていたことを、今まで気付かなかった自分にも怒りがこみ上げる。
「もっと早くそういうことは教えてよ。森で会ったときは何も言わなかったじゃないか!」
「レイダもすぐ後ろを私達が追いかけている事を知りませんでしたし、私達は結局レオ様を大森林でお守りすることも出来ませんでいた。 合流できたのもレオ様の魔術のおかげです。 決して私達が探し出したわけでは無いのです。 それなのに、どの顔でレオ様と接すれば良かったのでしょう」
ナロウは薄っすらと悔しさを滲ませる。
ぐっ、忌み子の俺にこんな忠臣達が居たのか……。
先日、ナロウは改めて俺に忠誠を誓うと言った。
でも、本当は生まれた頃から俺に変わらぬ忠誠を尽くしてくれていたのだ。
「俺は忌み子だ。だからそんな俺の面倒を見るのは迷惑しているとしか思えなかったんだ……」
「レオ様……」
ナロウは今にも泣き出しそうな俺の肩に優しい顔でそっと手をのせた。
「主が居て、家臣が居る。 レオ様は主、私達は家臣。 それはレオ様がお生まれになって、王の命令であの屋敷に来られた。 その瞬間からなのです。 そして、それはどちらかが没するまで続く絆だと私は考えております」
『私達の忠誠とはそう言うものでございます』
その言葉を聞いた途端に涙がブワッと溢れ出す。
自分の意識の低さを悔いた。
使用人の事など考えず、好き勝手やってきた記憶がいくつも甦る。
「ぐっ、うっ、ぅぅぅぅ…」
俺は声を出して泣いた。
エナやレイダ、ダリルも心配そうにこちらを見ている。
単なる子供への心配ではなく、俺への忠誠心の表れだと今更ながらに気付く。
俺は彼らを本気で信用して良かったんだ……
『忠誠とは絆』
この世界に転移して、嗚咽するほど泣いたのはこれが初めてだった。