猫耳族の里
猫耳族の里へ行く途中、二回ほどドグルートの群れと遭遇し、その排除に成功した。
ドグルートは基本、五~十匹で群れているらしい。
最初に猫耳姉妹を助けた際ははぐれドグルートだったみたいでかなり運が良かったと言える。
しかし、『探知』で群れを把握できる俺は『結界』があるため、直ぐ近くまで移動し『凍結』を連発して倒したため、余裕をもって対処できた。
戦果としては魔石と猫耳族へ手土産のドグルートの肉を持てるだけ。
こちらに気が付いてないドグルートはウニのように丸まっていない姿なので、凍結後の解体も料理人のダリルとサラ、ニーナがサクサクと行ってくれた。
サラとニーナもドグルートの解体は何度も経験済みと言うことだ。
解体後は持ち出す荷物が増えたのでパーティ全員に『恐怖!怪人ブラックさん』を『怪力』にアレンジして付与し、それぞれの筋力を引き上げた。
ま、元々の筋力を魔力でサポートするだけなので怪力と言っても個人差はかなりある。
それでも感覚的に自身の筋力の四~五倍程度にはパワーアップできているはずだ。
俺の悪ふざけなのだが魔術の基本が『恐怖!怪人ブラックさん』である以上、漆黒の姿のままが好ましい。
最初は女性陣が『怖い怖い』とギャーギャー喚いていたが、慣れたのか途中から普通に行動してくれた。
ぶっちゃけ、光すら反射しない大小の漆黒目と口だけ怪人達がぞろぞろ森の中を移動する姿はある意味、魔物よりも怖かった。
◇◇◇
猫耳族の里がもう直ぐだとサラ言うので『怪人ブラックさん。身体強化Ver』の黒色を無色に変更した。
『出来るなら最初からやってよー』とか言う女性陣の非難は耳に入れない。
レイダはこれを無色に出来ることを知っているはずなんだけどね…
「あ、そう言えばこの魔術って色を変えれましたよね。今思い出しました」
やっぱり。
「では、ここで待っていてください。長老に話をしてきますので」
「ああ、お願い」
サラとニーナは猛スピードで走り去る。
相変わらず走るのがめちゃ早い。
しかし、俺達を中心に半径二十メートル辺りを囲むように何者かが潜んでいることに俺は気付いていた。
人数は十五人。
里が近いという事から猫耳族の戦士達の可能性が高い。
「みんな、少し警戒されているようだからここで座って待とう」
「はい、かしこまりました」
三十分くらいだろうか。
二人は表情を崩しながら戻って来た。
久しぶりの故郷なのだ、嬉しいのだろう。
「レオ様。長老の許可が出ましたのでどうそ、付いてきてください」
「歓迎の宴を準備するって言ってたッス!久々に美味しい料理が食べれるッスよー」
「うん、ありがとう。で、この荷物はどうしよう」
流石に彼らの目の前で『怪力』を使って運ぶのも警戒されないか少し不安だった。
しかしサラの言葉の後、薄っすらと感じていた殺気のような気配はスッと消えた。
「あ、里の者が運びますので手荷物だけで結構です」
「わかった」
きっと俺達を囲んでいた人達が後から持ってきてくれるのだろう。
結構重たいけど、ご苦労様です。
サラ達の案内で森を暫く進むと、何かの文字が刻まれた石碑が立っていた。
俺がじろじろと見ていたせいか、サラが教えてくれる。
「これは魔物除けの結界です。里の四方に同じ物があるんですよ。ですからここからは安全です」
おいおい、結界の外で俺達を待たせてたのかよ。
まー、俺の魔術を見てるしな。
大丈夫だと判断したのだろう。
そして結界を越える瞬間、肌にブンッといった感じの違和感。
身体の魔力と少し反発するような感覚。あ、これ魔物を跳ね返すヤツやん。
あー、なるほどね。
こうやって術にすればよいのか。
魔術は理を理解しないと発動しない。
ダグルートの肉をみんなで食べていた時に、魔物を跳ね返す、又は侵入できない結界が作れないのか考えていた。
でも何をトリガーにしてパラメータに組み込めば良いのか全く思い付かなったのだ。
でも今の感覚でスッキリと解明できた。
生き物には大小関わらず必ず魔力が存在する。
空気のように満ち溢れている魔素に触れている以上、魔力が皆無と言うのは基本的にあり得ない。
そして魔力は種族、種類などで微々たる違いがある。
それは大森林に来てから改めて感じていたことだ。
要するに結界を指定するパラメータに対象とする生き物の魔力を登録。
結界が登録した魔力の持ち主に反応した場合は魔力壁に指定した魔術を発動させて進行を妨害する。簡単に言えばそんな感じだ。
使用魔力の量や詳なパラメータを組めば組むほど緻密、かつ求める結果を得ることができる。
だから結界で対象を吹っ飛ばす事や殺してしまう事も理屈的には可能だろう。
ふふふ、またお利口になっちゃった。てへぺろ。
◇◇◇
猫耳族の里は生い茂る木々が間引きされ、多少のうねりはあるものの、平地に近い林のような状態になっていた。
結界により厳しい冬も雪が積もることは無いという。
結界は数百年前、里に訪れた魔族が創ったらしく、猫耳族には高位の魔術師はいないとサラは言う。
住居は大小あるが、基本は丸太を組んだ平屋建て。
イメージとしては林の中に建てたログハウスに近いと思う。
床下の風通しを重視しているのか、床が地面よりも五十センチほど高くなっていた。
床下では複数の鳥や動物達が放し飼いされている。
玄関には簡素な階段が設置されていた。
この里はざっと見渡した感じだが、二百人ほどの人口だろう。
トガの大森林の中ではそこそこ大きな集落なのではなかろうか。
俺達は今、長老の自宅に招かれている。
会議や催しなども出来ような大きな部屋もあり、他の民家より一際大きな家だった。
その一室で長老と会談を始める。
長老はヒッピーのようなボサボサの長髪で白髪頭からニョキッと生えた白い猫耳。
薄汚れた白い貫頭衣を着ており、いびつな木の杖も座った横に置かれている。
眉毛も髭も無駄にボーボーだし、どこかの山に棲む仙人みたいな風貌だ。
プルプルと小刻みに震える手を見ていると、余りにも仙人化し過ぎていて少し違和感がある。
むしろ、仙人に憧れたコスプレじじいだとしか思えない。
「ようこそおいでなされた。儂はこの里の仙人、いや長老のニャンゴと申します」
「え、ニャンコ先生っ!?」
「ふぁっ?」
いかん。思わず口に出してしまった。
なんて紛らわしい名前なんだ。
転生者の俺を狙った釣りだとしか思えんわ。
つい前世で見た古いアニメを思い出してしまった。
「あ、失礼しました。ニャンゴさんですね?俺はレオと言います。この度は俺達を里に受け入れてもらってありがとうございます」
「これはこれはご丁寧に。それにしても随分とお若いご当主様ですな」
まぁ、超若いです。
心は三十歳ですが。
しかし、サラ達が事前に俺達の事を話してくれたのだろう。
ニャンゴは余計なことを尋ねるでも無く話を続けた。
「あなた方はサラとニーナの恩人だと伺いました。また、あのように大量のドグルートの肉をいただき感謝致します」
「いえ、偶然でしたし結果的に助けたような形になっただけですよ」
「ふぉっふぉっふぉっ。レオ様は正直ですな。それにとても聡明でいらっしゃる」
「ありがとうございます。既にご存じかと思いますが、実は…」
なんか仙人ぶってる感が凄いがそこは無視だ。
俺は領地が一夜にして戦場と化し、俺達は焼け出されたこと。
行くあても無く、ここに来たことなどを簡単に伝えた。
ニャンゴは俺の首の痣を何度か見ていたものの、その話題が出てくることは無かった。
「それは大変でしたな。 今晩は食事の用意もさせております。 この里にはお好きなだけ居てくださって結構です。 ごゆっくりとなさってくだされ。ふぉっふぉっふぉっ」
そう言うとニャンゴはすっと立ち上がり『では、また後で』と言い残す。
そして杖も使うことなくスタスタと機敏な動きで退席していった。
んー、なんだか凄く濃ゆ~いキャラと出会ってしまったようだ。
すると後ろに座るエナがぼそりと呟いた。
『よぼよぼと 魅せる工夫はするけれど 所どころで ボロが出るなり』
見事な一句だった。
◇◇◇
サラとニーナは実家へ帰り、俺達には空き家を一軒貸してもらえる事となった。
ダイニングキッチンと他に二部屋ほどあるので、男女で部屋を分けた。
まぁ、建屋が古いのは仕方ない。
俺達はそれぞれの部屋に荷物を置いて夕食へと向かおうとしたところ、レイダとエナから『洗浄』と『洗濯』の要望があった。
これから毎日こんな事を頼まれるのは嫌なのでドグルート産の魔石を利用することにした。
魔石は元々、魔道具の動力源としたり、魔術を封じ込めたりして用いる。
しかし、魔石一個に対して使える魔術は一つだ。
魔石は全部で十二個ほど集めたので、『洗浄』と『洗濯』を各二個づつ作成した。
男女一個づつの計算だ。
夕食会はサラとニーナの両親、長老ニャンゴの家族、司祭や各地区の代表者などで行った。
白く濁った酒やドグルートの肉料理、木の実、川魚、飼育している鳥の肉などが並ぶ。
川魚はお祝いなどでしか食べない貴重品らしい。
池や川が里から遠いのが理由だそうだ。
目の前にある魚は大きな鮭に似た姿だが、胸鰭の替わりに蛙の手のようなものが付いていた。
里の大人たちやナロウやダリルは酒を飲んで談笑している。
レイダやエナもサラやニーナと一緒に居て楽しそうだ。
俺はまだお子ちゃまなのでサラやニーナと同じココナッツのようなジュースを飲んでいる。
この世界の酒は未体験なのだが、それほど飲みたいとは思わない。
身体がまだ子供だからなのか、こちらの酒があまり美味そうじゃないからか。
前世では生ビールが大好きだったのにね。
宴もたけなわって感じになり、人がばらけてグループでわいわいと話が盛り上がる。
そんな時に長老のニャンゴが俺の横にやってきた。
顔が赤いので少し酒に酔っているようだ。
「レオ様、少しよろしいですかな?」
「はい、どうぞ」
ニャンゴは少し言いづらそうな顔つきで言葉を選んでいるような感じだ。
俺は『言いたいことはわかってるよ』って感じでニャンゴに話す。
「俺が忌み子だって事に関係ありますよね?」
ニャンゴは少し驚いたような表情で返事する。
「はい。その通りです」
仙人モードは一時解除するようだ。
気付くと里の人達も猫耳をこちらに向け、会話を気にしている様子だ。
「実は、この里では忌み子の出生比率が非常に高く、各家族に一人や二人は当たり前のように生まれているのです」
衝撃的な話だった。
理由はわからないがこの里では昔からある周期で忌み子の出産が増えるのだそうだ。
そして忌み子は人族と同様、長くは生きられない。
しかし、この里は生活が厳しいため、忌み子を死ぬまで面倒を見れる者はほんの僅かしかおらず、ほとんどは出産と同時に死なせてしまうのだと言う。
そこに関しては人族も一緒だろう。
しかし、その忌み子の出産比率が高いのは異常だ。
忌み子が生まれやすい周期があるのも不思議な話だ。
それに生んだ子供が死ぬ姿は辛いに決まっている。
それが里のあちこちで起こるのだから、この里は地獄だと思う人たちもいるだろう。
今日も見た目は明るくしているが、裏にはそんな事情があったのだ。
そう言えばサラも忌み子の俺が元気な理由を聞いてきた。
今思えばそんな俺に里をなんとかして欲しくてこの里に誘ったのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
「俺が忌み子なのに、こんなに元気なのが不思議ですか?」
「はい。里の呪いを解く鍵があれば。と思っています」
里の呪いか。俺の経験を基になんとか忌み子を助けることは出来ないのだろうか。
ただ、今はどうしたら良いのかはわからない。
俺のように転生した赤ん坊じゃないのだし。
「忌み子には理屈が存在します。 俺はそれを自ら理解して克服しました。 しかし、俺以外の忌み子に対して何ができるのかは正直わかりません。 今日は皆さん楽しんでますので、この話は明日にしませんか?」
俺以外の忌み子に何ができるかわからないと言ったことで、少し残念そうな表情のニャンゴ。
それをじっと聞く里の人達。
重苦しい空気に感じたのは俺だけなのか。
「わかりました。では、明日。よろしくお願いします」
こうして俺はサラ達に猫耳族の里に招かれた本当の理由を知るのだった。